蕎麦会の実施
7、蕎麦会の実施
家での蕎麦づくりも15年くらいたって、蕎麦づくりが板についてきた。二本松中学校に勤務していたころだが、12月28日の仕事納めの日、日ごろ忙しく働いているので職員のレクレーションもかねて何かやろうという事になった。杉下は3年生の学年主任だったが、ほかの学年の先生方に受験に向けた補習学習などでお世話になっていることもあり、何か感謝の気持ちを示そうと同じ3年生の担任をしている林教諭と相談して、お昼ご飯におろしそばを年越しそばとして提供しようという事になった。
家庭科室を貸し切り、11時ごろから準備に入った。用意した蕎麦粉は2キロ、小麦粉は500g、合計2.5kg水分を計算すると3.75kg 40杯分くらいを用意した。家庭科室なので麺棒以外はほとんど棚の中にある。蕎麦をこねて延ばして切って、いつでも食べれるようにして、予定時間の13時を待った。生徒が部活動などで来ていたので、生徒が帰る時間からお店は開店としていた。大根とネギは家の畑から持ってきた。家庭科の先生も協力してくれて、ねぎを刻んだり大根をおろしたり、つゆを作ったりしてくれた。
13時になると、生徒を下校させた先生から順番にやってきた。大きな鍋にお湯を沸かして来店した先生から順に出していった。中学校なので若い先生が多く
「どんどん食べてくれ。」
というと、多い人は5杯くらい食べてくれた。20人ほどいた先生方のうち年内最終日に出勤していた15人近くが来店してくれた。「先生、この蕎麦うまい。なんでこんなにおいしいんですか。」
と若い先生が言ってくれた。杉下は
「蕎麦は誰が打ってもそう変わらないと思うんだ。でも違うのは打ち立て、茹でたてが命なんだ。蕎麦粉は福井県産の最高級品だし、おいしいのは当然なんだよ。」
と答えた。校長先生も教頭先生もこの蕎麦会には大賛成してくれて資金的な援助もしてくれた。これを機会に年末蕎麦会は毎年の恒例行事になり、夏休みには流しそうめん大会をするようになっていった。その頃の二本松中学校の先生方の連帯感が強かったのもこんな行事をできた要因だと思った。
厨房のご婦人たちは学校での蕎麦会に少し驚いた感じだったが、「学校の年末仕事納めで蕎麦会を開くなんて最高ですね。1年の激務をねぎらっていただけるようなそんな感じがしますね。きっとみんな、喜んだでしょうね。」
と言ってくれた。主人は
「そうですね。また来年もやりましょうとか、僕も蕎麦打ちしたいから教えてくださいとか言ってくれる人が増えました。しかし、最近は難しい問題が多いです。食中毒の問題や勤務時間の問題。良かれと思ったことが大きな問題を引き起こすこともあるので、だんだん職場で食べ物を共有することは給食と調理実習だけと言うところが増えてきました。でも、同じ釜の飯を食べた仲間と言う言葉がありますが、仕事を一緒にする人たちが食べたり飲んだりするものを共有することで強い連帯感が生まれるのは昔も今も変わらないと思うんですけどね。」
と言うと老人たちの回顧主義のような雰囲気になってきた。




