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夕陽亭そば勝負  作者: 杉下栄吉
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初めての蕎麦打ち

5、初めての蕎麦打ち 

杉下が結婚したのは29歳の時だった。父親の知り合いがお見合いの話を持ってきてくれて、喫茶店で会ってその後はなんとなく話がまとまって結婚することになった。奥越の勝山市の女性で豊田やまねという。結婚して1年目の年末、義理の兄の豊田憲明さんからお誘いがあった。

「栄吉さん、蕎麦打ちしてみたくないですか。年末、うちでそばを打つから一緒にやろうよ。12月31日の午前9時ごろからするから勝山においで。」

という電話であった。森六の蕎麦との出会いから越前おろし蕎麦に対する興味もあったし、やってみたいという思いが湧いてきたので、2つ返事でお願いして、教えてもらう事を約束した。

12月31日、朝から準備をして杉下は勝山の豊田家を目指した。家を出てくるときやまねには

「年越しそばを打ってくるから、蕎麦は買わなくていいよ。」

と言って出てきた。その年は雪も少ないいい天気だったが、寒さは厳しかった。20分ほどで豊田家に着き、玄関でご両親に挨拶をすると

「憲明は蔵にいる」

とお父さんが言うので蔵をのぞくと、エプロンに三角巾を頭に巻いて麺棒を持って1回目の麺うちをしていた。

「おはようございます。お義兄さん、今日はよろしくお願いします。」と挨拶すると憲明さんは

「次にやり方を説明しながらやって見せるのでその後自分のうちの分は自分で作って帰ってくださいよ。」

と言ってくれた。1回目の残りを仕上げた後、いよいよ説明しながら始めることになった。

「道具の名前から説明します。四角い形の大きな板が麺うち台、麺をこねるこの漆塗りの器がこね鉢、この長い木の棒が麺棒、延ばしたそばを細く切るときに抑えながら包丁をあてるのが駒板、この大きな包丁が麺きり包丁です。

次に粉ですがこの少し緑色した粉が蕎麦粉、福井県産の最高級品です。こっちが小麦粉、強力粉を使用します。もう一つの粉は蕎麦玉が台にくっついたりしないようにまぶす打ち粉です。蕎麦粉と小麦粉の2つの粉を8対2で混ぜます。二八そばというのはこの割合から来ています。江戸時代、江戸の町で大流行した割合の蕎麦です。

 それでは混ぜていきます。正確にグラム数を測ります。今日は1キロ球にしますから800gの蕎麦粉と200gの小麦粉でいきましょう。」

と言って計量器の上に小さなボールを乗せて、その状態でリセットボタンを押してボール以外の粉だけの重さを測れるような状態にした。

「次に蕎麦粉をボールに入れていきます。お玉を使って入れていきます。」

と言ってお玉で袋の中の蕎麦粉を3杯くらい入れたところで計量器が752gを指した。あとは少しずつ入れてちょうど800g正確に測った。

「次はこれをふるいにかけながらこね鉢に入れていきます。そして次は小麦粉を200g正確に測って同じようにふるいにかけながらこね鉢に入れます。2種類の粉だけが入っているこの段階で手を使ってしっかりと混ぜます。

混ぜ終わったら次は水回しです。水の量は粉の総重量の48%から50%です。気温や湿度にもよりますが、柔らかいほうが延ばしやすいので50%でいいと思いますよ。」

と言って正確に測って計量コップに入れた水を2回に分けて入れて、両手の指の腹の部分を使って混ぜ始めた。

「この時に指の間に粉がこびりついてしまわないように指の第1関節までの腹の部分を使ってあまり手に粉をくっつけないようにするのが大切です。」

と言いながら混ぜていくと細かい粒がたくさんできてきた。

「ここからは手の指の裏側全体を使いながら強く抑えて混ぜていきます。するとだんだん粉の粒が大きくなってきます。最後にはピンポン玉くらいの大きさの玉になってきます。ここまで来たら全部を集めてくっつけていきます。」

と言って全体を一つにまとめて次の段階に入った。

「全体が一つにまとまったら体重をかけて上から下へ押さえつけます。前に伸びた部分を手前に引きつけて2つ重ねにしたら再び上から下へ押さえつけます。この繰り返しを何回も何回も続け、全体の硬さが耳たぶくらいになるまで続けます。」

と言って強い練りをして見せてくれた。

「ある程度柔らかくなったら菊練りと言って全体の形を整えながらへその部分を中に押さえ込んでいきます。真ん中のへその部分がすべて中に押し込まれ、真ん中に切れ目がなくなったら逆さにして板に押さえつければ蕎麦玉の出来上がりです。」

と言って出来上がった蕎麦玉を麺うち台において、打ち粉をまぶした。

「ここからが延ばしの行程です。まず右手を拡げて手のひらの親指近くで蕎麦玉の半分ほどのところを押さえつけ抑えるごとに蕎麦玉を30度くらい回して回転させながら円盤状に伸ばします。押しては回し、押しては回しを繰り返します。ピザくらいの大きさになったら麺棒を使います。麺棒を両手で持ってピザのように平べったくなった蕎麦を手前から麺棒で押さえ徐々に奥へ位置を変えながら何回かに分けて抑えていきます。すると円形だった蕎麦が奥に向かって広がり楕円形になります。

次にその蕎麦を90度回転させます。横に伸びた形の蕎麦をまた両手で持った麺棒で手前から何回かに分けて下に押し付け少しずつ位置をずらして奥へ変えていきます。すると楕円だったものが円形に近づいていきます。これを何回かすると円が大きくなっていきます。大型のピザになってきましたね。

今度はいよいよ蕎麦を打ちます。まずくっつかないように麺棒にも広がった蕎麦にも打ち粉をしっかりとまぶしておきます。手前から麺棒で蕎麦を巻いていきます。麺棒に5層くらいに巻き付くと思いますが、手前から奥に向かって麺棒を転がしながら両端の蕎麦が巻き付いていない部分を両手でぽんぽんとたたきながら軽く力を加えながら奥に転がしていきます。向こうまで行ったら手前に戻して再び両手でたたきながら押して回転させます。回転しながら幾重にも重なった蕎麦の内側で力がかかり、麺棒の内側ほど伸びているわけです。

この作業を5回ほど繰り返したら次に麺棒を90度回転させて縦に向けたら台の端の方から蕎麦を拡げます。すると丸かった蕎麦が右側だけ舌のように伸びたのがわかりますか。今度はまた、手前から麺棒に巻いていきます。巻き終えたら手前から奥に向かってたたきながら奥に回転させて向こうまで行ったら手前に戻してたたきながら回転させて奥へ行く動作を5回繰り返します。また麺棒を90度回転させ縦にしたら麺を拡げて伸びた部分を確認するとまた右側が伸びています。このような動きを4回繰り返すことで4方向とも伸びてだんだんひし形になっていきます。僕はこれを4の倍数回の12回くらいやります。」

といって黙々と麺棒を優しくたたきながら回転させる動きを続け、さらに広げて角度を変えながら伸ばしていく作業を続けていった。

「これで12回終わったんだけど、拡げてみるよ。どうですか。」と言って最後は45度ずらして麺棒を置き、斜めに蕎麦を広げていった。すると麺うち台いっぱいに大きく広がった正方形になった。

「ここからは仕上げです。横からじっくりと見ながらまだ厚い部分を麺棒を使って伸ばしていきます。ここからは麺棒は短いほうが使いやすいから短い麺棒に代えます。」

と言ってすりこ木程度の30cmくらいの白木の麺棒に持ち代えた。

「あとで麺に切るときに正方形に近いほうが折りたたみやすいので正方形に近づくように伸ばしていきます。このとき麺棒を持つ手は猫手と言って親指以外の指を曲げて麺棒の向こう側に添え、親指も麺棒の上に乗せ、手のひらの中央で軽く抑える程度にしながら手のひらの下で麺棒を回転させて前後に滑らせます。もう麺はかなり薄くなっていますからそんなに力を入れてしまうと破れてしまうので、軽い力で伸ばします。」

そう言いながら猫手で前後左右に器用に動かしながら薄く伸びた正方形に仕上げていった。

「こんなもんかな。では切りの行程に入ります。まず正方形の半分に打ち粉をしっかりと打ちます。そして打ち粉を打ってないほうの半分を軽く持って打ち粉を打った半分の上に重ねます。長方形になった蕎麦のまた半分に打ち粉を打ち同じように半分にします。4分の1になった蕎麦を今度は横におるので右半分に打ち粉を打ち右に折ります。全体で8分の1になったわけです。」

といって8層になった蕎麦を麺うち台の手前に持ってきて駒板と包丁を取り出した。

「ここからは切りの行程です。切りは繊細な作業で細いのが好きな人と太いごつごつした感じが好きな人とここからは好みの問題です。勝山では細い蕎麦が主流です。僕もできるだけ細く切ろうと思います。」

と言って駒板を蕎麦の上に乗せると端の方をじっくりと確認して、麺きり包丁の第一刀を入れた。

「次からは微妙に包丁の角度を左に傾けて駒板を動かし、1mm程度の細さで次の麺を切るために包丁を駒板に沿わせて持ち上げ、真上から真下にまっすぐにおろします。これがリズミカルにできるようになるにはだいぶ練習が必要です。一人分100gくらいを切ったら包丁の刃ではない部分を利用してすくい上げてもろびたにきれいに並べていきます。」

と言って台の上に用意した木製のきれいなもろびたにキッチンペーパーを敷いて、1人分の出来上がった蕎麦を包丁の腹から右手の手のひらに乗せ、蕎麦の端を左手の手のひらで軽く持ち、左手を半回転絞りながらもろびたの左端に丁寧に置いた。ここからはベテランの豊田憲明さんのスピードは一気だった。1キロ玉だが水を入れれば1.5kgの蕎麦を100gずつにわけて15杯分くらいに切り分けた。出来上がった蕎麦はきれいに並べられ、美しさを感じる芸術品になった。端材の切り落とし部分は次の回の粉の中に混ぜてしまえばいいらしい。

 いよいよ杉下の番だ。憲明さんは

「では杉下さんやってみましょう。最初は小さめの500g玉にしたほうが簡単ですよ。」

と言ってくれた。エプロンをかけ帽子をかぶり、まずは手をきれいに石鹸で洗った。

「まずは粉の計量ですね。」

と言って蕎麦粉を400g計量しふるいにかけてこね鉢に入れ小麦粉も100g同様に入れた。しっかりと両手の指を開いて指のひらを使って混ぜ合わした後、水も計量して50%250gを2回に分けて混ぜ込んだ。手の指のはらを使いながら手につかないようにしたつもりだが、指と指の間にべっとりとついてしまった。途中で手を洗うこともできず、右手の粉は左手でとり、左手の粉は右手でとって何とか乗り切っていった。手のひらで抑えながらこね鉢の中で小さな塊が少しづつ大きくなってきたが、どの辺まですればいいのかがわからない。憲明さんに

「こんなもんですかね。」

と聞くと

「もう少しやったほうがいいよ。自然にピンポン玉くらいになるから。」

とアドバイスをくれた。米粒状の塊から混ぜていくうちに大豆のような大きさになり、そら豆程度から一気にピンポン玉になった。その頃にはこね鉢の内側もきれいにくっついていた粉が全部取り込まれ、きれいになっていた。

「そろそろいいと思うよ。全体を一つにまとめてください。」

と言われ10個のピンポン玉を一つにまとめ押さえつけるとくっつきあって一つになった。そこからは教わった通り肘を伸ばして手のひらの手首近くを利用して強い力で上から下へ押して、伸びた部分を手前に引いて重ねてまた押し返すを繰り返した。やりながら、昔子供のころ、家の玄関の板の間で餅を作っていたころのことを思い出した。

「小学高学年のころから僕が杵を持ってついたんだけど、母が臼取りをしてくれて、杵でついて横に伸びた餅の端を持って真ん中に持ってきて、そこにまた杵を打つの繰り返しだったんです。その時と同じですね。」

というと憲明さんは

「基本的には粉物はみんな同じだと思うね。餅も広い意味で粉物かも知れない。形を崩して食べるからね。」

と言ってくれた。その間も手を動かし続け、少しずつ柔らかくなってきた。蕎麦粉の中の水分が全体に均等に回ってきて、耳たぶと同じくらいの柔らかさになってきたように思う。次は菊練りだがそこでも餅を作ったときのことを思い出した。

「餅をきれいな形に丸めるとき、祖母が切った切り口がさけたようになる場合があったけど、おばあちゃんがその対処法としてさけた切り口を内側にして、中に埋め込んでしまい、周りから餅を引っ張ってきてどうしても出来てしまう切り口を餅の底にして手のひらに乗せ、周りから成型して床に置くことできれいになることを教えてくれたんですが、その時の感じが応用できますかね。」

と言うと、

「空気が中に入らないようにしないといけないけど、蕎麦も最後に抑えた部分に切り口はできてしまいます。その部分を丁寧に中に隠してあげることができればいいので、ほぼ同じだと思いますよ。」

と言ってくれた。さっそく最後に伸ばした時のさけたような切り口を内側に少しずつ入れ込んで菊の花のように跡ができたところで真ん中にできるおへそは蕎麦をこまのように回転させながら小さくしていき、最後はひっくり返して板の上にのせて、重みで完全になくしてしまった。

ここからは伸ばし作業である。憲明さんは

「蕎麦屋では全部の行程を一人でやるところも多いけど、村の蕎麦会とかではそれぞれが得意な分野をやったりします。僕は切ることが得意なので切師、コネが得意な人はコネ師、延ばすのが得意な人は伸ばし師、ゆでるのが得意な人はゆで師というわけです。」

と言っていた。まずは手のひらを使って伸ばすのだが、これがなかなか力がいる。肘を伸ばして体重をかけながら押さえ、回転させて押さえ、ピザのような形に何とかなっていった。そこからは麺棒を使いながら両手に持って押さえ、麺棒に巻き付けながらたたいて伸ばし、ひし形になった蕎麦を正方形に近づけていった。最終工程の猫手は難しいので憲明さんの手を借りながらなんとか満足のいく仕上がりになった。

「次は切りですね。熟練が必要だけど自分で切ったほうが家で食べるときも話題ができて面白いから極力自分で切ってください。」

と言われ、丁寧に時間をかけて切ることにした。駒板をあてて切り、駒板に沿わせながら麺の太さの分だけ少し斜めにして引き上げるのだが、ついつい斜めにしすぎて、1mmどころではない麺ができてしまう。どうみても5mmくらいありそうな麺が混じり、ゆでるとそれ以上に膨れ上がってしまうだろう。でも最初なんだから仕方がないと思いなおして、継続していった。しかし、一番困るのは麺がくっついてしまう事だ。駒板を持つ手に力が入りすぎると上から押さえつけすぎて5層に重なった麺がその段階で粘性を持ってしまい、切り出した麺が何本もくっついていて、茹でても取れないのだ。憲明さんからそのことを説明してもらい、駒板にあてた手を軽くそえるように気を付けて切り作業を続けた。細いのやら太いのやらいろいろあったけど、何とか出来上がり、持っていったお菓子の空き箱にきれいに納まった。きれいに並べるとそう不揃いな感じは目立たなかった。続けて2回目も500g玉で作った。2回目はかなり慣れてきて、特に切りがうまくいったように思う。細さがそろってきたように思う。合計1kg、水が500gで1.5kg、100gで1杯分と考えれば15杯以上になる。家で食べる分にはたくさん入れるので12杯くらいになるだろう。4人家族に兄弟が帰ってきても十分な量である。憲明さんはもう1キロだけ打つと言って手際よく1kg玉を麺にした。

「それじゃ食べようか。」

と言って母屋へ連れて行ってくれた。義姉の秋子さんが台所で大きな鍋にお湯を沸かし、大根をおろして待っていてくれた。憲明さんは

「打ち立て、ゆでたてが命だから、たくさん食べて行ってね」

と言って自分が打った麺の細さの整ったものを茹でてくれた。茹でにも大切なポイントがあるそうで

「茹でるときはたっぷりのお湯で茹でるけど、麺を入れると温度が下がってしまうから、あまりたくさん入れてはいけない。お店の大鍋だったら5人前入れても温度は下がらないけど、家の鍋とガスの火力では一気に温度が下がって、鍋の中のぐらぐらがなくなって、麺が鍋の底でくっついてしまうんだ。だから僕は一人分ずつゆでるようにしているんだ。そして、お湯の中で麺を踊らせることを気を付けています。途中出来るだけ箸はささない。麺を切らないようにするんです。茹で時間は1分ほど」

と言っているうちに最初の1杯が出来上がった。手持ちのついた蕎麦専用のざるを使ってすくい上げると手早く水道水で洗い、ぬめりを取って〆ると蕎麦ざらに入れて杉下のところへ出してくれた。

「どうぞ、最初の1杯」

といって大根おろしの皿と刻みネギの皿もテーブル中央に差し出してくれた。杉下は

「申し訳ありません、最初の一杯をいただいて」

と言って蕎麦をいただくと、大根おろしをスプーン1杯、刻みネギを少々入れて、カップに入っただし汁を底にしたる程度に遠慮しながら入れた。せっかくなので唐辛子は入れずに大根の辛さだけでいただこうと思い、そのまま食べてみた。

「う、すごい」

細くそろえて切られた麺がだし汁を十分に絡ませ、おいしい。大根の辛さはさすが冬の大根。この家の外の畑で今朝まで土の中に埋まっていたものだ。実に瑞々しく辛さも際立っていて、今まで食べたどの店の蕎麦にも引けを取らないおいしさだと思った。あっという間に食べきってしまったが、豊田家の家族もみんな食べるのでしばらく待って2杯目をいただき、今度は七味唐辛子も入れて食べてみた。

「実にうまい。」

やはり目の前で打って、目の前で茹でてその場で食べる。その味にはかなわない。そんな感想を持って、その昼はあっという間に5杯食べた。嫁の実家で嫁はいないのに遠慮することなくたらふく蕎麦をご馳走になった。満腹になって満足した状態で、自分が作った蕎麦を車に積んで意気揚々と家に帰った。

 家に着くとみんなにそばを打ってきたことを告げ、和菓子の箱の中にある蕎麦を見せた。やまねは

「なかなかやるじゃない。太さもそろっているし。きれいに並べてあるからおいしそうに見えるわ。」

と言ってくれた。父も母も

「なかなかやるね。夜が楽しみだ。」

と言ってくれた。

いよいよ夕方、蕎麦の茹で方の教えもうけてきた杉下は妻や母に茹でを任せず、自分で大きな鍋を用意して茹で始めた。「森六」の蕎麦をお持ち帰りした時の経験があったので、大鍋がどこにあるかもよく知っていた。勝山で習ってきたように1人分ずつゆっくりとやることにした。ぐらぐらと煮立つお湯の中に1人分の生そばをパラパラとほぐいしながら入れると、すぐに対流するお湯の流れに乗り、鍋の中央から上昇し円状に広がり、鍋のふちで下に沈み、また中央から上昇してくる。そんな動きを繰り返して約1分で茹での行程が終わると手持ちの柄のついたざるで麺をすくいあげる。すぐに流しに運び流水でぬめりを取り冷たい水でしめると蕎麦ざらに入れて一人ずつ順番に食べさせた。みんなの反応は

「これはうまいな。お店の味と何ら変わらない。」

という父。妻は

「おいしいけど、私はもっと太いごつごつした田舎風「森六」みたいな蕎麦が好きなの。今度作るときはもう少し太くしてみない。」

などと勝手なことを言っていた。しかし相当おいしかったのか3杯もお替りした。杉下自身は昼に5杯も食べてきたが、みんなを食べさせながら結局4杯食べた。それでもまだ余っていたので、年越しに紅白歌合戦が終わったくらいにまた食べた。


 厨房のテーブルに座って話を聞くご婦人たちは蕎麦の打ち方には興味深々の様子だったが、

「勝山のお義兄さんはどこで蕎麦打ちを習得なさったのかしら。」

と質問してきた。そのことはあまり詮索したことがなかったが、

「ご近所に蕎麦愛好家の方が数名いて、村で蕎麦打ち会を開催してから、その方から村の中の壮年集団に広がっていったと言ってましたね。だから今でも村の蕎麦会があって何人かで集落センターで蕎麦を用意して、子供から大人まで集まって蕎麦を食べるそうですよ。」とお義兄さんから聞いた話を受け売りした。

「勝山のご親戚で教わりながら作っていたのが、独立してご自身で作ろうと思うようになったのは何かきっかけがあったんですか?」と聞かれたが、回答が思いつかなかった。強いて言うならば材料費などが申し訳なくなったからだろうか。毎年高級蕎麦粉をただで使わせていただいたからと言うのが本音だったと思う。じっくり考えながら話を続けた。


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