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夕陽亭そば勝負  作者: 杉下栄吉
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池田一福しお蕎麦との出会い

4、池田一福しお蕎麦との出会い

 今立郡は奈良平安時代以来の越前の中心地で、今でも文化面で福井市には負けないという自負が強い。蕎麦屋も数でも質でも福井市を圧倒しているかもしれない。杉下が今立の小学校に勤務している間にもう一軒忘れられないお店に出会った。

 7月末だったと思うが、小学校教育研究会という組織があり、毎年どこかの学校で教科ごとに研究した内容を郡内の先生に発表するのだが、その年は隣の池田第1小学校でその研究会が開かれた。どの部会に出たのか、どんな発表だったのか、誰が発表したのかは杉下の記憶には全く残っていない。しかし、その学校からの帰り道、同僚の30台の女性教諭が帰り際の玄関で

「せっかく池田に来たんだから、何か食べていかない。」

と同じ同僚の30代の女性教諭に話していたところ、すぐそばにたまたま杉下も靴をはこうとしゃがんでいた。

「杉下先生も一緒に行く?」

その場にいたから声をかけないのも悪いかなという思いやりから誘ってくれたのだが

「有難うございます。ご一緒させてください。」

といって車は別々だったが、ついて行った。

車は池田第1小学校から500mも離れていない川沿いの小さなお店の駐車場についた。杉下の車もその駐車場に入れ後について店に入ると10人も入るといっぱいの小さな店だった。どうも蕎麦屋のようである。先輩女性教諭は

「杉下さん、ここは一福といって塩だしのおろし蕎麦が有名なのよ。」と教えてくれた。丸テーブルの椅子に座るとすぐに優しそうなおじいさんがお茶を持って出てきた。

「何にしますか。」

と聞いてくれたが、壁にはってあるメニューらしきものには

「おろしそば(しょうゆ)おろしそば(しお)」

の2つしかない。森六での注文を思い出し、どうせ小さいんだからと思い「塩と醤油一つずつ」と頼んだ。3人とも両方頼んだので6杯分になった。ご主人は店の奥に入っていき、作業に入った。しばらくすると同じ学校の先生たちがまた3人入ってきた。

「やっぱりここに来てたんですね。車があったからすぐわかりましたよ。」

と言ってみんな集まってきた。

「私たちも塩おろし蕎麦3つ」

と注文して丸テーブルはいっぱいになった。しばらく今日の発表会の話もしていたが、最初にしお蕎麦が合計6個出てきた。ここはだしに大根おろしもいれてあり、唐辛子さえかければすぐい食べれるタイプだった。さっそく箸を突っ込み混ぜた後、麺を2,3本すくって口に入れた。

「なんじゃこれは、うますぎる。」

第1印象である。感動モノの味である。塩を研究しつくしているのだろう。どこの塩を使うとこんな味になるのか、どんなだしと調合するのか、さらに塩なので白濁の透明感のあるつゆなのである。どうやったらこんな透明感のあるだしでおいしくできるのだろう。すすりながらいろいろ考えたが、蕎麦でこんなに感動させられた経験は一度もなかった。6人の中で杉下だけが初めてだが、ほかの先輩たちはこの店の常連の様で、変わらぬ味に安心しきって堪能している様子だった。

ほんの3分ほどで1杯目の塩そばを食べ終わり、幸せそうな笑顔でボーとしていると2杯目の醤油味が出てきた。これは森六の蕎麦と同じような歴史を感じさせる味でこれもおいしかった。しかし、塩そばほどの感動はなかった。この店を出るとき、先輩の女性教諭がお金を払ってくれたことは学校に帰ってほかの若い先生たちには内緒にしておいた。しかし、その後も池田に来るたびにこの店によって帰ったことは間違いない。


 店の台所でお客さんにこれまでの蕎麦との出会いを話していたが、夕陽は沈みきり、辺りは暗くなっていた。しかし、ご婦人のお客さんは帰る様子もなくさらに主人の話に聞き入っていた。ご婦人は

「その池田の一福の蕎麦との出会いが蕎麦屋をやろうという原因になったんですか。」

と聞かれたが、

「蕎麦に感動したのは一福でしたが、蕎麦屋をやろうとは思いませんでした。蕎麦屋をやろうという気持ちになったきっかけは、結婚した妻のお義兄さんとの出会いですかね。」

と言って勝山のお義兄さんとの出会いに話が進んでいった。


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