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夕陽亭そば勝負  作者: 杉下栄吉
27/28

新蕎麦

26、新蕎麦

 11月から始めた新しい営業は翌年に入り、もうすぐ1年。今年の新蕎麦の時期が近付いてきた。勝山の豊田家の蕎麦畑は土砂に埋まってしまった畑は改修工事が間に合わなかったが、別の畑で種を撒いてくれていた。10月下旬、豊田家のお義兄さんから電話があった。

「杉下さんですか。豊田です。畑の蕎麦ですが今年はいい感じですよ。去年の水害でほとんどの田んぼや畑は土砂が入ったんですが、それがかえって良かったのか、作物の育ちはよかったんです。悪いことばかりではないですね。昔からエジプトはナイルの賜物と言うけど、川の氾濫は大きな恵みも運ぶんでしょうね。」

と言っていた。土砂に埋まってしまった去年の畑はどうなったかと聞くと、

「行政が災害被害を認定してくれて、土を除去する費用を補助してくれて、夏の間に土木作業が終わったので、来年はまた作物を作れることになったよ。」

と言っていた。後日、収穫の日にはお手伝いに行くことを約束して電話を切った。

 1週間後、収穫するという事で、朝から夫婦で店を閉めて勝山に来た。家の前の駐車場に車を止めると、お義兄さんはもうすでに農機具倉庫で準備しているという事なので、すぐに家の裏の農機具倉庫に向かった。倉庫の中でお義兄さんはコンバインの調整を行っていた。普段は米の収穫に使われるものだが、アタッチメントを調整して蕎麦収穫用に変更している。

「おはようございます。今日は手伝いに来ました。どんなことをしたらよろしいですか。」と聞くと、

「コンバインは僕がやるから、軽トラックに乗って収穫袋を積んで一緒に来てください。」

と言われた。改めて農機具小屋を見るとトラクターとコンバイン、田植え機の3台の車両と乾燥機などの据え置きの機械が何台かおかれている。見たことがないので何に使うかわからないが、全部でいくらするのか考えるだけで、目まいがしそうだ。軽トラックに畳まれた大きな袋を何枚か乗せて農機具倉庫まで運転していくと、すでにコンバインは倉庫から出ていた。お義兄さんはガラス張りの運転席に乗っていてエンジン音が激しいので話しかけても聞こえそうもない。お義兄さんは手招きをして「着いてこい」と合図した。農道をふさいでしまうくらいの幅のコンバインは轟音を上げながらゆっくりと進んでいき、その後を軽トラックが追尾していく光景は、戦時中ならば戦車と装甲車と言ったところだろう。100mほど進んだところで、大きな蕎麦畑が見えてきた。エンジンを止めて運転室から出てきたお義兄さんは

「収穫を始めるからコンバインの中に蕎麦がいっぱいになったらこの軽トラックに吐き出すので、袋を広げてこのあたりで待っててください。」

と言うとまた運転席に飛び乗りドアを閉めて運転を始め、コンバインは畑に向けて傾斜をつけてある坂をゆっくりと下りて行った。蕎麦が植えてある部分に到達すると前の部分のアタッチメントを地表近くまで下げて前進し始めると、エンジン音は轟音となり、収穫が始まった。杉下達は見ているだけだが、コンバインの後ろから茎や葉などいらない部分が吐き出されて捨てられていく光景は、近代的な機械だなと言う印象を大きくした。外周を一回りしたところでコンバインはストップして、お義兄さんが運転席で何やら操作すると、コンバインの上部に設置されていたアームが旋回して軽トラックの方を向くと、道路の方まで伸びてきた。アームは筒状になっており、先端は下方に向けてノズルが伸びている。おそらくここからそばの実が出てくるのだろう。収穫されたそばの実はコンバインのおなかの中に蓄積されていて、お腹がいっぱいになったから外に出したがっているのかもしれない。そんなことを考えながら軽トラックの荷台に登り、アームの先を確認し、ノズルの口が軽トラックの荷台の上の大きな袋の真上にきちんと設置されたことを確認すると、お義兄さんにOKマークを送った。するとまた運転席で何やら操作してエンジン音は違った音に変わった。5秒ほどするとアームの先端から予想通りそばの実が勢いよく出てきた。あっという間に袋の半分がいっぱいになった。ノズルを引っ込め、アームが縮み再び旋回して元に戻ると、再び収穫を始めた。軽トラックの上では次の吐き出しに備えなくてはいけない。軽トラックの荷台には大きな袋が2つは乗りそうである。一つ目を荷台の真ん中に置いたままでは二つ目を広げることができそうもないので、今のうちに一つ目の袋を前に寄せて、二つ目のスペースを空けておくことが必要だと考え、半分入った一つ目の袋を前の方に押してみた。100kgは入っていそうである。これ以上入ったらびくともしないかもしれない。妻と二人で必死に押したら、何とか滑って動いてくれた。二つ目の袋を広げられるかどうかをやってみると何とか入りそうである。再び外周を一周してきたコンバインはまた、アームを伸ばしてきた。先ほどと同じように荷台に登った杉下はノズルの先を確認してOKマークを送り、そばの実を受け取った。一つ目の袋はほぼいっぱいになった。また、アームが縮み収穫を再開した。結局同じことを4回繰り返したところで軽トラックの荷台の袋は2つともいっぱいになった。ここでお義兄さんはコンバインの運転席から降りてきて、杉下のところへ来ると、

「倉庫まで運ぶので一緒にお願いします。」

と言って軽トラックに乗り込んできた。妻を荷台に乗せたまま100mほど走り、倉庫まで戻って、先ほどの乾燥機と思われる機械の前に軽トラックを直付けした。お義兄さんと杉下の二人で軽トラックの荷台の大きな袋を滑らせて乾燥機の投入口に近づけ、ファスナーを開くと一気に蕎麦の実は入っていった。同様に二袋目も蕎麦の実を投入した。お義兄さんは機械のスイッチを入れて作動させてから再び軽トラックで元の畑に戻ることにした。

「やまねはここに残ってくれ。この機械が変な音を出したらスイッチを止めてくれ。」

と言って妻を倉庫に残らせた。再び畑に着くと、収穫作業を再開した。大きな畑を2枚収穫し、軽トラックは3回往復した。袋で言うと6袋で全部収穫を終えた。半日の作業だった。

 その日の夜は豊田家で夕飯をごちそうになった。帰りの車があるのでやまねはお酒を飲まなかったが、杉下はお義兄さんにすすめられるままにビールをごちそうになった。酔いが回ってきたところでワサビの話になった。

「お義姉さんにご紹介いただいた白山わさび、お客様に好評です。何と言っても市場に流通しているどのワサビとも違う品種で、系統が違う事はオンリーワンを目指す夕陽亭のポリシーと合致してナイスでした。お義姉さんにお世話になってますと生産組合の人たちが言ってましたが、どんなご関係なんですか。」

と聞くとお義姉さんが

「大したお世話はしてないんですけど、福井県JAとして白山わさび開発に協力したんです。白山わさびは流通しているどの品種ともDNAの型が違っていて独自の品種なんだけど、福井県の大野市に自生する野生のワサビのDNA配列がよく似ているという研究結果が出ているんです。研究過程で大野の野生種を採取するときに関係者を紹介したっていう程度です。」

と言ってビールを注いでくれた。杉下は

「それにしてもあのワサビは香りが強いです。的川蕎麦や出雲蕎麦の強い香りに負けずに主張してきます。日本人って蕎麦やワサビの香りが好きなんでしょうね。わびさびの文化ですから。」

と言って笑った。

「今日はお手伝いをして、たくさん機械を見せてもらいましたが、農業機械ってすごいですね。あのコンバインはいくらくらいするんですか。」と聞くと

「値段のことは聞かないほうがいいよ。それに定価は定価であって補助金はあるし値下げは大きいし」

と言って笑っているが杉下が

「1000万くらいするんですか。」と言うと

「大型のものは定価だとそれくらいするね。でも農業の近代化に向けて役所の補助金があるし、農協からも補助があるからそこまでかからないよ。」

と言っていた。だからいくらかかるんだろうと下世話な心配をしていた杉下だったが、

「機械がないととてもやってられないからね。トラクターと田植え機とコンバインは必需品だね。最近は生産組合組織にして集団で機械を共同利用しているところも多いね。機械の稼働率を上げることが大切だから米だけでなく小麦や蕎麦や大豆など収穫期をずらして数種類の作物をそれぞれまとめて生産することで機械の稼働率を上げる努力をしているよ。」

という事だった。多角経営で農業も近代化していくのだろう。現在は豊田家では経営面積を徐々に広げていき、20ha近くを作付けしているという事だ。広いのか狭いのかもわからないが米で換算すると数千万円単位の収穫らしい。そんな大きな農業をやっている豊田家にわずかな蕎麦栽培をお願いしているのは心もとない気もしたのでできるだけ高い価格で買い取らなくてはいけないような気がした。

 帰り際になってから今年の収量を聞いてみたが

「6袋あったけど乾燥機にかけて籾摺り機でごみを取り除くと600kgから700kgくらいだと思うよ。」

とお聞きして安心して帰路についた。帰りの車の中で妻は

「農業は大変なのよ。天候が勝負だし、せっかく作っても買い取り価格が安定しないし、父の時代には私たちは学校から帰ると手伝いばっかりさせられていたんだから。」と恨み節を言っていた。


 厨房で話を聞いていたご婦人たちは

「収穫の様子を聞いて、農業機械ってすごいのね。そういえば『下町ロケット』というドラマでトラクターやコンバインが出てきていたわね。すごい値段だけど開発競争が激しかったわ。日本の農業は近代化しなくてはいけないけど、農業機械メーカーだけが儲かるような仕組みになってる気がするんだけどそんなことないのかしら。」と言っていた。主人は

「農業のことは詳しくはわかりませんが、農業の担い手が少なくなってしまい、今後米や麦、蕎麦など日本の穀物はどうなるかが心配です。でも逆に耕作放棄地が増えれば専業でやる農家にとっては耕作面積を増やすチャンスでもあるわけです。今の専業農家はどんどん耕作面積を増やして大型の農業に転換しているみたいですよ。」というと「頑張ってほしいものね。」

と言って納得していた。


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