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夕陽亭そば勝負  作者: 杉下栄吉
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究極の1杯

27、究極の1杯 

 今年収穫された的川蕎麦の実が豊田家から運ばれてきた。700kg収穫されたが600kgが運ばれ、100kgは来年用の種として保存するそうだ。

「来年なんですけど、800kgくらいまで収穫量を増やせないかと思っているんですけど、どうでしょうか。毎日の蕎麦の注文を30杯平均から40杯平均くらいまで増やせないかと考えています。土日が60杯、平日が30杯にして、土日はパート従業員として姉や娘を正式に雇いたいなと思っているんです」

と提案すると

「それはありがたいね。機械の稼働率を上げるためにも蕎麦をもう少し増やせないかと考えていたんです。」

といい返事をいただいた。

「来年の今頃には800kgの蕎麦の実をいただけるんですね。体鍛えないと蕎麦を打つ量も200kg増えるわけだから大変だね。」と妻に言うと

「ビールばっかり飲んでいたらダメよ。タバコもやめてちょうだい。でも体力増強にはこれから肉料理を多くするわ。これまでは退職してお金がないからと言って畑の野菜中心の食事だったもんね。」

と言ってくれた。

 せっかくなのでその足で高橋製粉へ行って1週間分の10kgの製粉をしてきた。豊田のお義兄さんもいっしょに来てくれたので、最初の一杯を食べて行ってもらおうということになり、製粉したての粉を500g玉で麺にして素早く茹でて妻とお兄さんと杉下の分を3杯、手早く作った。新蕎麦、一杯目、白山ワサビもしっかりと入れて味わった。これまでいろいろチャレンジしてきた。大根は自家製として様々な品種を試し、季節ごとに収穫できるように夏大根、秋大根、春大根と分けて作ってきた。辛み大根にもチャレンジしご要望があれば提供できるようにした。ネギも品種を何種類も試した。1年じゅう収穫できるようにするというのは実に難しいことだった。唐辛子も夏野菜として何種類か栽培して手作りの一味を店で提供してきた。自分たちの努力の結晶のおろしそば一杯をいただきながら「お父さん、そろそろ野菜の栽培は専門家に任せたらどうかしら。大根もネギも町内の専業農家さんに任せて作ってもらえばお父さんは蕎麦つくりに専念できるんじゃない。」

と言ってくれた。1年じゅう朝から畑に行き、畑仕事をして収穫物を持って帰り、それから蕎麦屋をやってきたが、64歳である。体力に限界がある。妻のいう事を聞いて蕎麦つくりに専念すべきだろうと気持ちが傾いてきた。お義兄さんも

「そのほうがいいと思うよ。この近くの御陵地区にはネギを専門にやっている専業農家があるって聞いたことあるよ。大根だってきっとやってくれるよ。」

とアドバイスしてくれた。

「わかりました。そうします。」

と言いながら自分で作った蕎麦を食べてみるとやっぱり挽きたて、打ちたて、茹でたての3たてにオリジナルワサビが効いている。これまで作った蕎麦で最高傑作かもしれないと思った。妻も食べながら

「今日の蕎麦は究極の味かもしれないわね。最高の蕎麦粉、最高のワサビ、最高の大根、そして3たて、これぞ究極のおろし蕎麦ね」2人が行きついた究極がここに完成したのかもしれない。杉下は

「やまね、ありがとう。僕がここまでやってこられたのは君のおかげだ。最初は大反対だったけど途中からは弱気になりそうな僕を強く後押ししてくれたからやってこられたんだ。わかりやすく言うとずっと君に褒めてもらいたくて頑張ってのかもしれない。」

お義兄さんは2人を見ながら

「2人で頑張った成果だよ。これからも頑張ってくださいよ。」

と言って店を後にした。もうすぐ開店時間である。大急ぎで今日の仕込みを終え、11時を迎えると今日も大忙しの1日が始まった。


 厨房のテーブルで話を聞いていたご婦人たちは

「専業農家も大型化していくけど、こちらの蕎麦屋も人数を増やしてやや大型化を目指していくわけね。究極の一杯にたどり着いたこの店の味を大事にしていってくださいね。」

と言ってくれた。また隣のご婦人は

「究極の一杯なんて言うと普通、料理の世界では30年かけてたどり着いた究極とか至高の一品とか言うのにみなさんは意外と早くたどり着いたのね。」と言ってくれた。

「もちろん、究極の味だなんて思っていません。これからも学び続け、さらにおいしいおろし蕎麦にするために、新たなこだわりを持って取り込む食材を求めていきたいと思っています。たかがおろし蕎麦、されどおろし蕎麦 奥が深い蕎麦の道だと考えていますのでまたご指導をお願いいたします。」

と主人が言うとご婦人たちは

「今日はいい話をお聞きできたわ。急いで帰らなくても大丈夫な私たちだったから、閉店後のお店で8時まで居座ってしまってごめんなさいね。でも、ご主人の話を聞けて私たちも元気をもらったし、明日から私たちも何かできるんじゃないかって気がしてきたわ。それから奥さん、どうもありがとうございます。これからもご主人を支えてあげてね。くどいようだけどお店はおかみさんで持ってるんだからね」

と言ってようやく腰を上げた。3人が帰っていったのは夜8時を回っていた。閉店から2時間以上たっていた。杉下はこれまでの人生を振り返るチャンスが突然やってきて思いもよらぬ感覚になった。妻への感謝。周りの皆さんへの感謝。そして自分の行いへの反省。自分が話すことで振り返り、自分を顧みることができたのである。妻は

「もう遅いし忙しくて疲れちゃったから外食に出ない?」

と言ってきた。大賛成である。

「いいね。天山で中華料理でビールでも飲みたいな。」

と言うと妻も

「私も飲みたいわ。」

と言うので車で行くが、帰りは教え子の岩本君に送ってもらえないかを事前に電話で確認した。岩本君は杉下が中学校にいたときの担任したクラスの生徒で、天山と言う繁盛店の店主である。ゴルフのコンペの後の反省会はいつも天山でやっているが、帰りによく岩本君が車を出して送ってくれていたのである。

「わかりました先生。送りますよ。すぐ近くじゃないですか。いつも御贔屓にありがとうございます。」

と快諾してくれた。1時間ほどではあるが妻への慰労会をささやかにできたことはよかった。あのご婦人たちに言われた

「繁盛店はおかみさんで持ってるのよ。」

が心にしみ込んだ。

「これからもよろしくね。あと何年出来るかわからないけど、できる範囲でやっていこう」

自分自身に言うように妻に話した。その夜の慰労会、妻がとっても喜んでくれたことは言うまでもない。

 

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 蕎麦について克明に書いているので蕎麦好きの人にはたまらないと思います。夫婦愛や親戚の人や友人の優しさがよく伝わってきました。 [気になる点] 文章がやや説明的なので佳境になる部分が弱いです…
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