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夕陽亭そば勝負  作者: 杉下栄吉
20/28

開店以来の危機

19、開店以来の危機

 朝、電話で勝山の様子を聞いてから、蕎麦屋夕陽亭の雰囲気は最悪になった。開店前だと言うのに何も手につかず、2人は座り込んでいた。

「とりあえず今日は店どうする。」

杉下が妻に聞くと、妻は

「今日は臨時休業にしようか。気持ち的にめげてるから。」

といって表の看板を「臨時休業」にしてきた。

 杉下は

「蕎麦粉だけど、とりあえずあと100kgは残っている。平均的に考えて50日分はあるということ。週に5日営業だから10週間分、11月の中旬までという事だよ。11月には本来なら新蕎麦ができてきて、よりおいしくなるところだったんだけど。この後の営業方針についてどうしたらいいと思う。」

と妻に意見を聞いた。妻は

「創業以来最大の危機ね。11月中旬までは今までのまま営業したとして、その後ね。夕陽亭の最大の売りは永平寺固有の在来品種の的川蕎麦を食べさせるという事でしょ。でも、その蕎麦がないんだから営業を休止して、営業再開は1年後ということかな。」

杉下は

「1年後にできるかどうかはわからないよ。種が十分残っていれば1年後の再開は可能かもしれないけど、種が少ししか残っていなかったら、2年後にようやく営業再開かも知れないよ。」

豊田家でどれくらいの種が残されているか電話して聞いてみることにした。

「もしもし、兄貴、蕎麦の畑が全滅したことは聞いたんだけど、来年に向けて種はどれくらい残っているの?」

と聞くと、豊田さんは

「こんなことになるなんて考えていなかったから、少ししか残していなかったよ。たしか10kgくらいだったかな。最初に種をもらった時は20kgだったよね。20kgから600kgになったから、10kgなら300kg程度の収量が予想できるよ。ちょっと足りないね。どこかにあと10kgないかな。」

と教えてくれた。

「それじゃ、こっちでどこかほかの家に種が残ってないか探してみるわ。」

と言って電話を切った。最初、東村家の蔵から出て来たときは1kgもらったけど、あれですべてだった。

「とりあえず、東村君に電話してみるか」

と言って電話をかけてみた。

「東村君ですか。あの蕎麦の種ありがとうね。実はあの種をもとにしてここ3年かけて今では600kg収穫出来ていたんだ。でも昨日の雨で勝山の蕎麦を栽培していた農場が土石流でやられてしまって、来年用の種がわずかしかないんだ。君の知り合いであの種を持ってるような人はいないかな。」

と問いかけると、

「ないと思うよ。うちに残っていたのも奇跡だから。それにお前のとこの蕎麦屋で使い始めたっていうのは浄法寺ではみんな知ってるけど、うちにもあるという話はどこからも聞いてないよ。持ってたら栽培してみようとするだろ。」

彼の言っていることには説得力があった。おそらく望み薄だ。

「そうなると来年は300kgだけ収穫して充分に種を残して、使える分だけを使って、1年の半分くらいは休養に当てましょう。」

と妻が言うと杉下もその意見に賛同した。今年の11月に休業に入り、1年間休み、来年の11月から営業するが再来年の5月ごろで再び休業に入り、その年の11月に営業再開と言うスケジュールになりそうであった。

「せっかく開業して営業も軌道に乗ってきたのに残念だな。」そう考えた杉下が店は休みだし、音楽でもかけて気分転換と思い、携帯の音楽ソフトを立ち上げようとした。曲のリストを見ていると、中に第9を歌った時に練習した第9(バスパート)があった。

「そういえば第9、今年はできるかな。合唱団のみんなは無事だったのかな」

とぼんやりと考えていた。その時

「あ、町田先生、県立大学の生物資源学部で最初、栽培してもらって発芽した600本のうち、50本だけ置いてきたんだ。あの50本どうなったかな。」

と町田先生のことを思い出したのですぐに電話してみた。

「もしもし町田先生ですか。昨日の台風大丈夫でしたか。実は先生に栽培に協力いただいた蕎麦の種なんですが、あれから毎年600kg収穫してきたんですが、昨日の台風で勝山で栽培していた畑が土石流に飲み込まれてしまい、今年の収穫は望めなくなってしまったんです。しかも、来年用の種が10kgしかなくて、困っています。先生のところで栽培していただいた50本の苗は今どれくらいの種になってますか。」

とストレートに聞いてみた。都合のいい話である。1年目には栽培方法を教わっただけでなく、発芽をほとんどやってもらいわずかばかりの苗を譲っておいて、種がなくなるとまた返してくれと言うのである。町田先生は

「ありますよ。あれから50本の苗を畑に植え替えて、2kgくらい種が取れたと思います。それで、次の年に2kgを種まきして60kg収穫しました。それから品種改良や学生の蕎麦栽培の実習なんかで10kgくらいは使ったかな。だから50kgくらい残ってると思いますよ。10kgくらいなら差し上げますよ。今、学校にいますから来てください。準備しておきますよ。」

と言ってくれた。

「10kg手に入った。県立大学までもらいに行ってくるよ。」

妻にそう言い残してすぐに県立大学に向かって車を走らせた。妻は勝山の豊田家に10kgの種が手に入ったことを伝えた。

 なんとか20kgの種が準備できて来年の11月からの営業は目途がついたが、それまでの1年間をどうするか。2人は改めて話し合った。杉下は

「今年の11月までは通常営業を続け、そこからだけど休んでしまってもいいんだけど、在来品種の蕎麦でなくてもいいと言う人は食べに来てくれるかもしれない。嘘をつくのはよくないから『令和2年豪雨で的川蕎麦の畑が被災、在来品種の蕎麦は1年間お待ちください。』と正直に書いたものを店内に表示すればいいかな。」

と妻に提案した。すると、

「ないものは仕方ないもんね。しばらくお待ちくださいって正直に言うことが大切よね。」

と賛成してくれた。とりあえず、11月までの3か月、通常営業を続けてそのあいだに、11月から1年間、どんな蕎麦にするのかを考えようという事になった。


 主人の話に聞きいるご婦人たちからは

「ピンチに次ぐピンチをかろうじて乗り越えられそうね。それにしてもご主人は運がいいのね。県立大学の先生が種を増やして持っていてくれたなんて。友達は大切にしなければいけないわね。」

と言うと主人は

「的川蕎麦のピンチは何とかくぐり抜けたと思うんですが、店のピンチは1年間続いたわけです。的川蕎麦が収穫できるのは次の年の秋、それまで1年間は店を畳むか、ほかの蕎麦を使うか、選択をせまられたわけです。」

というとご婦人たちは

「1年間、店を閉めてじっと待ってたほうがいい気がするけど、どうしたんですか。」

と聞かれたのでまた話しを続けた。


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