そば店開店に向けて
13、そば店開店に向けて
高橋製粉での製粉作業を終え、蕎麦粉6.4kg 小麦粉1.6kg 打ち粉1.6kgができた。家で蕎麦を打ってみることにした。500g玉が16回できる量である。妻は
「高橋さんのところにいたときから思っていたんだけど、この蕎麦、香りが強いわね。車の中でもずーといい香りにうっとりしていたわ。」妻の言っていることは間違いない。杉下も車の中にいるときから、そのことは感じていた。すぐ使う事を前提に紙袋に入れてくれているので、蕎麦の香りが車の中に漂い、早く食べたいという気持ちにさせてくれていた。
台所に入るなり、すぐに押し入れからブルーシートを出してきてテーブルの下に敷き、テーブル自体をブルーシートの上にのせて、粉じん対策をした。蕎麦打ち道具は一式隣の納戸に入れてあるのでごっそり出してきた。いつものようにステンレスの大きなボールに計量した400gの小麦粉をふるいにかけて入れた。新蕎麦なのでミドリがかった色のパウダーが底に広がった。小麦粉も同様にふるいにかけながら入れると薄緑のパウダーを白いパウダーが覆っていく。美しささえ感じる。しっかりと混ぜ込んでから水回し。指先を立てながら両手を交互にボールの底面を這わせてかき混ぜていく。米粒状の小さな粒ができてから徐々にお互いにくっつきながら大きな粒に成長していく。しばらくするとピンポン玉くらいの大きさになって前半戦は終了。10個ほどのピンポン玉を集めて、一つにして練っていく。新蕎麦の感覚は毎年のことながら手触りもいいし、しっとりしていて気持ちがいい。絶妙の水分加減でボールの底には粉の残りなど一切残らず美しいままである。蕎麦打ち名人コンクールなどでは蕎麦の出来上がりも重要だが、途中蕎麦粉をこぼさないとか、道具に蕎麦がくっついていないなどの審査基準も重要であると出場した経験のある人から聞いたことがある。そうこうしているうちに菊練りも終わり切り作業に入った。何回やっても勝山の蕎麦のようにはなかなかうまくいかない。細さを一定の水準に揃えないと商売として提供するには心もとない。昨日の蕎麦は細かったけど、今日はなんでこんなに太いの?と聞かれるようでは蕎麦屋ではない。切り方については勝山の豊田憲明さんに教えてもらう必要がありそうだ。とりあえず一定の細さになるように包丁をおろしてから左に傾ける角度をわずかではあるが一定に保てるように気を付けてみた。息をつめて丁寧にやっていくとそれなりにはできるようになってきた。しかし、上手な人たちは左に傾ける動作などみじんも感じさせない。しかも杉下の力量では幅10cmくらい切ると息が切れて、緊張が続かない。スポーツで言うなら力が入りすぎて実力を発揮できないような状態だろう。隣で妻が
「うまくなってると思うわよ。去年なんか太い蕎麦や細い蕎麦が混じってたから。今回のこの蕎麦はほぼ同じ太さよ。」
と慰めてくれた。妻に頼んで勝山のお兄さんに明日来てもらって、蕎麦の切り方の講習をしてもらうことにした。
次に茹での行程だが麺をお湯の中に入れてみて今回の蕎麦の優秀さをさらに感じることになった。沸騰した大なべのお湯に3人前程度の蕎麦を入れるとお湯の中で蕎麦が踊り始め、しばらくすると蕎麦が茹で上がり表面に浮いてきた。このときの蕎麦の香りが強烈だった。街中で歩いていると蕎麦屋の20mくらい前から蕎麦の香りが立ち込めてくる。蕎麦ゆでの時の湯気が店の外に換気扇で押し出され、通りを行く人に蕎麦を茹でているから入って食べていきなさいと言っているような気がするが、この的川蕎麦の場合、香りが強いので50m手前からでも蕎麦を茹でていることがわかるかもしれない。そんな感想を持った。
いよいよ食べてみる。大根は今年の畑の大根がまだ小さいが、今日の朝3本だけとってきた。ネギも5本ほどとってきた。唐辛子は夏たくさん作ったものを干して乾燥させて大量に棚に入れてある。鰹節は市販の鰹節を家で削って使うことにした。妻と父と自分の分と3杯作って食べてみた。やはり予想通り、挽きたて、打ちたて、茹でたての3たてである。大根もネギも収穫したてである。うまいのが当たり前だ。やはりこの麺にこだわったことは正解だった。50年の空白期間を経てよみがえった的川蕎麦。永平寺、特に浄法寺の在来品種、的川蕎麦。素晴らしい蕎麦に出会えた気がしていた。
しかし、店を出すとなるとまだまだクリアしなくてはいけない問題が多い。切り終えた蕎麦を入れておく方法も蕎麦屋としては重要だ。家のもろびたは餅つき用なので大きすぎて冷蔵庫に入らない。業務用の冷蔵庫を買えばいいのだが、数百万円はする。お客さんはそんなに来るわけがない。そこで、基本的なコンセプトとして
「永平寺町の在来品種『的川蕎麦』は勿論、すべての素材を自家栽培する店、1日当たり30食限定の越前おろし蕎麦、メニューはおろし蕎麦のみ」
でやっていこうと妻と話し合った。30食ならば切った蕎麦は今の冷蔵庫の中に保存することも出来る。11時開店で蕎麦がなくなったら終わり。お昼の1時に閉店しても仕方がない。30食であれば1食100g入れても3kg。
500g玉は400gの蕎麦粉と100gの小麦粉だが、250gの水を加えて延ばすので、実際には750g玉になる。端の部分を捨てるとしても7人分は取れる。だから500g玉を5回作れば1日分という事になる。朝9時から作り始めれば10時30分くらいには終わるだろう。ということは大根やネギは8時くらいに取りに行けばいい。そんなぬるい計画でスタートすることになった。問題の開店日は12月20日に設定した。週5日営業で定休日は月曜、火曜にした。当初猛反対していた妻は今は背中を押してくれている。彼女の頭の中でも的川蕎麦のすばらしさから成功している店の様子がイメージできているのかもしれない。彼女が笑顔で頑張ってくれることが何よりの励みになると杉下は感じていた。




