Awake:94 「さあ、戦いを始めましょうか」
アイク達勇者パーティーとの交渉は決裂した。
端から話し合う気の無い相手には何を言っても無駄である。
今回の件はいい教訓になったわ。
「もういいわ。貴方達がその気なら、私もそのようにするだけよ」
私は席を立ち、そう口にした。
無人のテーブルとお茶をセレンがテキパキと片付ける。
そんな私達を前に、ラッシュがアイクに耳打ちした。
「どうするアイク。魔女に加えてあのメイドを相手にするのは、流石に厳しいぜ……!」
「でも俺達は引けない。ようやくここまできたんだ」
アイクの瞳には決意の色が浮かんでいる。
そして彼は私に尋ねた。
「魔女、戦う前にお前に一つだけ聞きたいことがある」
「何かしら?」
「お前はこの国の人達に一体何をした」
アイクのその質問に、私は答えた。
「ちょっと能力を使っただけよ。別に悪いことはしてないわ」
「一般人に能力を使っただと……!」
アイクは一層私へ向ける敵意を強めた。
そして、語気を強めて口にする。
「結局お前の目的は何だ! この国を支配して、一体何を企んでいる! 答えろ、【終わりの魔女】!」
答えろって言われてもねぇ……。
困った私が首を傾げると、セレンが横から口にした。
「姫様、最早この者の話に付き合う必要はありません」
「まあそうよね。先に交渉しないと言ったのはあっちだもの。答える必要なんて無いわよね」
私の目的なんてただ一つ。
勇者を召喚することだ。
でも、それを彼らに話したところで理解されるとは思えない。
「私の目的をここで話すつもりは無いわ。そんなに聞きたいのなら、無理矢理聞き出してみなさいな」
「お前……!」
私の挑発にアイクは奥歯を噛み締める。
そんな彼の様子に、他のメンバーが口を開いた。
「おいアイク、その辺にしとけ。相手は世界の敵だぜ? そんな奴とこれ以上言葉を交わす必要はないだろ?」
「そうですよ、アイク。たとえセレンさんが敵に回ろうと、私達のすべきことは一つです」
「そう……だな。俺達のすべきことは世界を救う。それだけだ」
仲間の言葉に、アイクは冷静さを取り戻していく。
そんな彼に私は言った。
「それじゃあ私からも一言言わせて頂戴。まだやってもない未来の罪を理由に死ねと言われて、納得出来る人間なんているわけないでしょ。馬鹿じゃないの」
私が世界を滅ぼす。
それは一体誰が決めた運命なのよ!
私の生き方は私自身が決める。
予言なんて知ったことじゃないわ!
「私にも意地があるわ。だから、特別に私一人で貴方達全員の相手をしてあげる」
私が毅然とそう告げると、この場の空気が鋭さを増した。
目の前に立つ勇者達も完全に臨戦体制だ。
私は傍のセレンに向けて言った。
「セレン、安全なところまで下がってなさい。貴方が手を出す必要は無いわ」
「ですが姫様……」
「大丈夫よ、セレン。私にはまだ死ねない約束があるの」
私がそう笑いかけると、彼女は渋々頷いた。
「……分かりました。どうか御武運を」
そう言って、セレンは安全な場所まで下がっていった。
私にとって彼女の役割はあくまでメイドだ。
勇者パーティーはセレンにビビってたみたいだけど、彼女をわざわざ戦わせる必要性は感じられなかった。
「さあ、舞台は整ったわ。私は一人、貴方達は四人。ハンデはこれくらいで十分でしょ?」
「……」
アイク達は言葉を返さなかった。
私の呟きに対して、彼らは緊張感を持って静まりかえっていた。
そして、そんな静謐さの中でただ私の詠唱だけが明瞭に響いた。
「『起動』――『ヴェルダンディの糸玉』」
私を取り囲むようにして、幾つもの球体が出現した。
赤、青、緑、黄、橙、紫、藍――。
様々な色彩を持つそれらは、まるで小さな惑星だった。
私という太陽を中心にして、その星達はクルクルと公転を始める。
これは本来平面である魔法陣を、球体状に編み上げたものだ。精緻な魔術を凝縮した結晶なのである。
そんな星達に引っ張り上げられ、フワリと私の体が重力を無視して浮かび上がる。
足が床を離れていく浮遊感。
くすぐったいこの感覚に身を委ねながら、私は悠然と髪を靡かせた。
「さあ、戦いを始めましょうか」




