(7)トントン拍子の婚約劇(私、チョロすぎ!?)
「……しゅき……」
カタカタと揺れる帰りの馬車の中で、さっきから私の口からは意味不明なうわ言しか漏れ出てこない。
思考は完全に上の空。頭の中を占領しているのは、あの眩しすぎる銀髪、吸い込まれそうな紫の瞳、そして耳元で囁かれた極上のプロポーズである。
(まさか私……こんなにも惚れっぽい人間だったなんて……!)
チョロい。あまりにもチョロすぎる。
ほんの数時間前まで「大貴族に見初められるなんておとぎ話の奇跡があるか!」と冷笑していた自分はどこへ行ったのか。国宝級のイケメンに「顔が好きだ」「妻に迎えたい」とド直球に迫られただけで、私の自制心は跡形もなく消し飛んでいた。
向かいの席に座るお父様もまた、宙を見つめながら夢見心地でふにゃふにゃと笑っている。
「本当に……我が家のコレットが、あの侯爵家の跡取り息子様に見初められるとはなぁ……」
そう呟く丸眼鏡の奥の目は、娘の幸運を心から喜びつつも、どこか少し寂しそうだった。
『良いお返事を待っているよ』
別れ際、馬車の前でジュリアン様に優しく手を握られた感触が、まだ手の甲に残っている。
もしこの話を受けるとなれば、男爵家と侯爵家の身分差を埋めるため、私は一度、お隣のハイマン伯爵家の養女に入ることになるらしい。
ハイマン伯爵様は昔から我が家を色々と気遣って助けてくれている恩人だし、そこまでお膳立てしてくれるなんて、なんて親切な大貴族様たちなのだろう。
こんな都合のいいシンデレラストーリーを疑う気持ちなんて、これっぽっちも残っていなかった。
恩人である伯爵様の後押しに、あんなに嬉しそうなお父様の笑顔。そこへあの極上のプロポーズまで加わってしまえば、恋愛経験ゼロの田舎娘に抗える術なんて最初からなかったのだ。
「……しゅき……」
再び小さく呟いた私の心は、領地に着く頃にはもうすっかり決まっていた。
◇
ガタゴトと馬車に揺られ、見慣れたジャガイモ畑が広がる我が家へと帰還した私たち。
居間で待っていたお母様に事の顛末を報告すると――。
「まあ、まあ、まあ、まあーーーーっ!!」
お母様は両手を頬に当て、飛び上がって狂喜乱舞した。
傍らではエマとジェロームが手を取り合って「奇跡だ!」「奇跡が起きた!」と涙を流して抱き合っている。
「で、でもね、お父様、お母様。私が他家にお嫁に行ってしまったら、うちの跡継ぎはどうするの……?」
一人っ子である私が抜ければ、ボヌフォワ男爵家を継ぐ者がいなくなってしまう。
少し不安になって尋ねた私に、両親は心底優しげな顔で微笑みかけてくれた。
「家のことなんて、何も心配しなくていいのよ」
「そうだとも。コレット、お前はお前の幸せだけを考えればいいんだ」
二人の温かい言葉に、鼻の奥がツンと熱くなる。
――こうして、私の覚悟は完全に定まったのだった。
翌朝、私はグラナート侯爵家へ「謹んでお受けいたします」という手紙を出した。
貴族社会ではよくある身分調整の養子縁組だったらしく、役所の手続きは驚くほどあっさりと完了した。
こうして私はハイマン伯爵家の養女となり――晴れて、ジュリアン様の正式な婚約者となったのである。




