(4)お茶会と本物のイケメン(心臓が持ちません)
侍女たちに連れられて向かった先は、美しい陽光が差し込む侯爵邸のサンルームだった。
テーブルには色鮮やかな焼き菓子やスコーンが並び、王都の上流階級の優雅な香りが漂っている。
席に着いていたのは、穏やかな笑みをたたえるグラナート侯爵夫人――そして、その斜め後ろにスッと控えて立つ一人の青年だった。
(……えっ)
思わず足が止まり、息を呑んだ。
透き通るような銀髪に、吸い込まれそうな涼やかな紫の瞳。均整の取れた長身に、仕立ての良い上質な上着を着こなすその姿は、本物の絵画から抜け出してきたような美青年だった。
あまりの顔面の強さに圧倒され、ぽかんと口を開けて突っ立ってしまっていた自分にハッと気づく。
(いけない、見とれてる場合じゃない……!)
「あ、あのお招きいただきありがとうございます。その……こんなに素敵にしていただいて、感謝の言葉もございません」
慌ててドレスの裾を広げ、ここ数日で叩き込まれた渾身のカーテシーを披露する。足がもつれて転ばなかった自分を全力で褒めてあげたい。
すると、青年のほうがふっと甘い笑みを浮かべ、優雅に胸に手を当てて一礼した。
「初めまして、美しいお嬢さん。ようこそ我が家へ」
「ふぇっ……!? あ、は、初めまして……!」
美しいお嬢さん、なんて生まれてこのかた言われたことのない台詞を真っ向から浴びせられ、一瞬で耳まで真っ赤になる。もう頭から湯気が出そうだ。
「ジュリアン、初対面のお嬢さんをあまりからかうものではありませんよ。……コレット様、こちらは私の息子のジュリアンです」
「ジュリアンです。コレット嬢、今日はお会いできて嬉しいよ」
(じ、ジュリアン様……ッ!? 本物だーーーっ!!)
お父様とお母様のお花畑妄想だと思っていたキラキラ令息が、今まさに目の前で極上のキラースマイルを放っている。心臓が爆発しそうだった。
その後、勧められるままに席に着き、お茶会が始まったのだが――。
(紅茶を飲む時はカップの持ち手を指先で摘んで……お菓子を取る時はトングで……ああっ、背筋を伸ばさなきゃ……!)
頭に無理やり詰め込んだ貴族マナーで粗相をしないよう、全身の神経をフル稼働させていたため、冷や汗が止まらない。
目の前には優雅に微笑む侯爵夫人、斜め前には時折優しげな視線を投げてくる国宝級イケメン。緊張のあまり、夫人が話す王都の流行劇や社交界の噂話なんて、半分も頭に入ってこなかった。
私はただ、ぎこちない営業用スマイルを張り付け、首がもげそうなほどコクコクと頷き続けるしかなかった。
――だが、それが命取りだったのだ。
「――そうそう。ちょうど裏の温室のバラが見頃を迎えているのよ。コレット様、珍しい品種がたくさんあるのだけれど、興味はおありかしら?」
「はいっ、コクコク」
思考停止した頭が、無条件反射で元気よく縦に揺れてしまった。
次の瞬間、夫人はパッと花が咲くような笑みを浮かべた。
「まあ、よかった! ジュリアン、コレット様をお庭に案内して差し上げてちょうだい」
「はい、母上。……コレット嬢、ご案内しますよ。手をお取りください」
すっと差し出される、白く手入れの行き届いた大きな手。
(し、しまったぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!?)
私の「コクコク」のせいで、まさかの二人きり散歩イベントが確定してしまった。
王都の頂点に君臨するレベルのイケメンと二人きりなんて、私の心臓が持つわけがない。
爆発寸前の心臓を必死に押さえつけながら、私は差し出された手にプルプルと指先を乗せるのだった。




