(3)侯爵邸と都会の魔法(※ただし中身はジャガイモです)
数日後。王都。
カタカタと石畳を走る馬車の車内で、私の背中はさっきから変な汗でじっとりと濡れていた。
目の前では、一張羅に身を包んだお父様が、膝の上で握りしめた拳を小刻みに震わせている。
(……いや、本当に何なの? なんで宰相閣下の侯爵家からお茶会のお呼び出しがかかるわけ……?)
令息に見初められたなどというお花畑な妄想は、王都に近づくにつれて跡形もなく消え失せ、残ったのは胃をキリキリ苛むプレッシャーだけだった。
「だ、旦那様、お嬢様。グラナート侯爵邸に到着いたしました」
御者の上ずった声とともに、馬車が停止する。
扉が開いた先に見えたのは、我が家の屋敷がすっぽり三つは入りそうな、白亜の大豪邸だった。
ガチガチに緊張したお父様が降り、続いて私もドレスの裾を摘んで馬車を降りる。膝がガクガクと震えて止まらない。
出迎えた侯爵家の使用人に導かれ、豪奢な廊下を進んだ先の大広間――。
そこに待っていたのは、にこやかな笑みをたたえたグラナート侯爵夫妻だった。
「遠路はるばるよくおいでくださった、ボヌフォワ男爵。そちらがご令嬢かな」
「は、ははっ! お招きに預かり光栄の極みに存じます、侯爵閣下! こ、こちらが娘のコレットにございます!」
舌を噛みそうな勢いで挨拶をするお父様。
私が深々とお辞儀をした、その時だった。
「まあまあ、可愛らしいお嬢さんですこと。……男爵、少しご息女をお借りしますわね?」
侯爵夫人が優雅に微笑み、パチンと指を鳴らす。
その瞬間。
「えっ? キャッ!?」
音もなく背後に回り込んでいた侍女たちに、左右から両脇をガッシリと抱え上げられた。
「ちょ、え、お父様!?」
「コ、コレット!? な、何事ですか閣下!?」
あわあわと両手を振り乱すお父様へ、グラナート侯爵は極上の笑みを浮かべて肩をポンと叩いた。
「ははは、男爵、そう慌てなさるな。悪いようにはしないから安心したまえ。……ご息女の準備が整うまで、少し私と話そうじゃないか。実はね、君の旧知であるハイマン伯爵も別室で待っていてね」
「へ……? は、ハイマン伯爵閣下が……?」
「お父様ーーー!?」と情けない声を上げる私の抵抗も虚しく、侍女たちに担がれるがまま、私は別室へと吸い込まれていった。
◇
――そして、別室。
「動かないでくださいましね、お嬢様」
「お肌がとてもきめ細やかでいらっしゃるわ! お粉のノリが素晴らしいです!」
ここから先は、もう完全にされるがままだった。
侯爵家の熟練の侍女たちによって、流れるような手際で化粧を施され、髪を編み上げられ、王都の流行の最先端をいく豪奢なドレスを着せ付けられていく。
「さあ、仕上がりましたわ!」
促されて目の前の姿見に目を向けた私は――思わず息を呑んだ。
「……え、これ、私?」
そこに映っていたのは、田舎で泥つきのジャガイモを洗っていたいつもの私じゃなかった。
丁寧に引かれたアイラインに、職人技で編み込まれた艶々の髪。身体のラインが嘘みたいに綺麗に見えるドレスまで纏って……えっ、私、こんなに化けられるの? 王都のお嬢様みたいじゃない?
(……ああ、そうだわ)
鏡の中の自分をペタペタ触りながら、ふと思い至る。
うちのお母様――アメリーは、いつも頭の中にお花畑が咲いているぽやぽやした人だけど、顔立ちだけはやたらと整った美人なのだ。
なんでも若い頃は子爵家の美少女として殿方から引っ張りだこだったらしい。なんでその美貌で「優しそう」くらいしか取り柄のないお父様に嫁いじゃったのかは、我が家最大の謎だけど。
「まあまあ! なんてお美しいのでしょう!」
「ドレスの胸元もぴったり! 見違えるようですわ!」
侍女たちがキャイキャイとはしゃいで絶賛してくれるものだから――。
(……もしかして私、ギリギリ美人だったりする……?)
まんまとその気になって、思わず口元が緩みそうになっていた。
お母様似の顔立ちを授けてくれた神様に感謝だわ――なんて。
この時の私は、これから自分の身にどんなとんでもない話が降りかかってくるのかも知らず、鏡の前で呑気に浮かれていたのである。




