(2)金箔の手紙と玉の輿(そんなわけあるか)
我がボヌフォワ男爵領は、王都から馬車で丸三日ほど揺られた先にある、見渡す限り一面の畑が広がるのどかな田舎だ。
名物はよく肥えた赤土で育つジャガイモと、穏やかすぎて争い事の遺伝子が欠落している領民たち。
そして、その領主たる我が家もまた――平和ボケの極致だった。
「コレット、エマと一緒に焼いてくれたこのお菓子、本当においしいわ! ジャガイモ餡がほくほくで、バターの香りがたまらないわねぇ」
「ふふ、ありがとうお母様。朝から腕が痛くなるまで新じゃがを裏ごしした甲斐があったわ」
陽当たりの良い居間のソファで、母のアメリーと優雅(?)なティータイムを満喫していた、まさにその時だった。
「アメリー! コレット! 大変だ、一大事だーーーっ!!」
バターン! と勢いよく居間の扉が跳ね上がり、父のマルセルが眼鏡を激しくズレさせながら飛び込んできた。その後ろからは、銀のトレイを持った家令のジェロームと、お茶のポットを抱えたメイドのエマが血相を変えてついてくる。
「どうしたの、お父様。そんなに慌てて。また裏庭のヤギが脱走でもしたの?」
「ヤギどころの騒ぎではない! これを見るんだ!」
父が興奮で手をわなわなと震わせながら掲げたのは、すでに開封された一通の手紙だった。
上質な羊皮紙に、豪奢な金箔の縁取り。そしてテーブルに置かれた封筒には――。
「……グラナート侯爵家の家紋入り封蝋?」
思わず眉をひそめた私に、父の背後で家令のジェロームが上ずった声で告げた。
「左様にございます、お嬢様! 先ほど王都からの早馬で届いたのですが……間違いなく、当代の宰相を務められるグラナート侯爵閣下からの親書にございます!」
「ひえぇ……本物の大貴族様からのお手紙なんて、生まれて初めて見ましたぁ……」
ポットを持ったエマが、お茶を零しそうになりながら固まっている。
いやいや、ちょっと待ってほしい。
王国の重鎮中の重鎮である侯爵家が、なんでこんなジャガイモしか名産のない弱小男爵家に手紙なんてよこしてくるの? うち、何か国家反逆罪に問われるような新種のジャガイモでも出荷したっけ?
嫌な汗が背中を伝う中、父は手紙に視線を落とし、息を呑んで読み上げた。
「『来たる王都の侯爵邸にて開かれる茶会へ、ボヌフォワ男爵家の令嬢にご列席いただきたい』……とある! 男爵夫人ではなく、我が家の令嬢をご指名で、だぞ!?」
「令嬢って……我が家の娘は、コレット一人しかいないわよね!?」
母が両手を頬に当てて叫ぶ。
一人っ子だから私しかいないのは事実だけど。
「ま、まさか……!」
ガタガタと眼鏡の位置を直した父が、母と激しく顔を見合わせた。
「先日の王都の園遊会で、我が愛娘の可憐な姿が、グラナート侯爵令息――あの眉目秀麗と名高いジュリアン様の目に留まってしまったのではあるまいか!?」
「まあ! そうよ、絶対にそうよ、あなた! 運命の出会いだわ! うちのコレットが、ついに侯爵家に見初められて玉の輿に乗るのね……!!」
手を取り合って「なんて素晴らしい奇跡なの!」と狂喜乱舞のステップを踏み始める両親。
傍らでは家令のジェロームが「ううっ、お嬢様が華々しい社交界へ……」とハンカチを目元に押し当て、エマまでが「おめでとうございますお嬢様!」と拍手喝采している。
……。
(待て待て待て待て)
私は心の中で猛烈に首を横に振った。
(いや私、そのジュリアン様とやらと一度も面識ないんですけど!?)
そもそも園遊会なんて、端っこのテーブルでひたすら無料のタルトを貪り食ってた記憶しかない。あんな場所で大貴族の跡取り息子に見初められるとか、どんなロマンス小説の展開よ。
何より、王都の雲の上の人である宰相閣下が、田舎男爵の娘をただの茶会に名指しで招待する?
――嫌な予感しかしない。
得体の知れない寒気に襲われながら、私は踊り狂うお花畑な家族の輪の真ん中で、ただ一人引きつった笑顔を張り付けるしかなかった。




