(13)親友の差し金と、とんでもない提案(誰か嘘だと言ってください!)
「フェリクス、遅くなってすまない」
「別に急ぐ必要はなかったのだぞ。コレットと話していたところだ」
部屋に入ってきたジュリアン様は、陛下とごく自然な幼馴染の距離感で言葉を交わしていた。
「で、どうでしたかフェリクス。彼女とは、話しやすかったでしょう?」
いたずらっぽく笑うジュリアン様に、陛下はグラスを揺らしながら苦笑いを浮かべた。
「まあ……そうだな」
「ええ、彼女は他の令嬢方と違って裏表がありませんからね。そのあたりも好ましかったのでは?」
「……だからと言ってだな、あの話をおいそれと呑むわけにはいかぬだろう。お前は本当にいいのか? コレットはお前の婚約者なのだぞ」
(……はい? あの話? なにやら雲の上の人たちの密談が始まってしまったのかしら……?)
完全に置いてけぼりを食らう私をよそに、ジュリアン様は眩しい銀髪を揺らし、陶酔するように胸に手を当てた。
「私は陛下のためならば、何でも捧げる覚悟ですよ。命であろうと、婚約者であろうとね」
(ほわわぁ……! 命も婚約者も差し出すなんて、英雄譚に出てくる騎士様みたい……! ……ん? 婚約者??)
その美貌に見惚れつつも、最後の不穏すぎる単語に首を傾げた私を前に、陛下が頭痛そうにこめかみを押さえた。
「お前は昔からそうだな……」
陛下はため息をつくと、ソファで小さくなっている私へ申し訳なさそうに視線を向けた。
「……さっき言った『妙なこと』の続きだ。実は、今回のジャガイモ提供の功績に対して、ボヌフォワ男爵を子爵へ上げてやろうとしたのを……セレフィーナが反対したのだ」
「セレフィーナ様が、ですか!?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
さっきご挨拶したばかりの、あの完璧な王妃様が、うちのお父様の出世を全力でブロックしたってこと!?
「ならばと、王都とボヌフォワ領を繋ぐ立派な街道を整備してやろうと、こやつの親父――グラナート侯爵が提案したのだがな。それも駄目だと突っぱねられた」
ジュリアン様も困ったように眉を下げて頷く。
「ええ。セレフィーナ様は『ボヌフォワ領の税金を数年免除すればいい、それで十分だ』と仰るのです」
(……え? 税金の免除?)
瞬間、私の頭の中で猛烈な計算が始まった。
え、待って。税金免除って最高じゃない?
子爵になったって見栄やパーティーでお父様の財布と毛根がやせ細るだけだし、立派な街道なんて作られても補修費を払えるわけがない。税金が浮くほうが領民もお腹いっぱい食べられるし、お父様もハゲなくて済むのでは……?
「あの……私、難しいことはわからないのですけれど……その、税金のおまけって、ケチられたってことなんでしょうか……?」
貧乏性の私には大貴族の感覚が分からず、恐る恐る尋ねてみた。
すると二人は顔を見合わせ――陛下が「ぶはっ」と吹き出した。
「あっははは! そうか、分からないか! だが、それでよいのだ。お前は女だからな、小難しい政治のことなど知らなくてよい」
「は、はぁ……」
そういえばお母様も「難しいお仕事はお父様に任せておけばいいのよ〜」と言っていたっけ。セレフィーナ様のような完璧な方ならともかく、私みたいな田舎娘が口を挟む話じゃないのは確かだわ……と、釈然としないまま曖昧に頷く。
そんな私の顔を見て、ジュリアン様が嬉しそうに肘で陛下をつついた。
「ね、いいでしょう彼女。あなた好みだ」
「お前な……まだそれを本気で言っているのか」
陛下は深いため息をつき、グラスをコトリとテーブルに置いた。
そして、どこか苦々しく、けれど真っ直ぐな目で私を見つめると、とんでもない大爆弾を投げてきたのだ。
「……子爵も街道も却下されては、ボヌフォワ家があまりに不憫だとグラナートが申してな。そこで――お前を、余の『側妃』に迎え入れてはどうかと提案してきたのだ。王族の妻を出すとなれば、最高の名誉であろう、と」
「……へ?」
頭のてっぺんから、ものすごく間抜けな声が出た。




