(12)国王の私室とジャガイモの誇り(妙なことって何ですか!?)
女の人に案内され、人目につかない城の奥、重厚な扉の前に立たされた。
コツコツと控えめなノックが響き、静かに扉が開く。
目の前に広がっていたのは、豪奢な調度品で整えられた、静まり返った私室だった。
そして、中央の上質なソファに腰掛けていたのは――。
上着のボタンを少し外し、琥珀色のグラスを傾ける、若き国王陛下その人だった。
(うあああああ、やっぱりーーーーーっ!?!?)
ライオンのメダルを見た瞬間から覚悟はしていたけれど、いざ本物を目の当たりにすると衝撃が桁違いすぎる。私のジャガイモ頭は許容量オーバーを起こし、思わず白目を剥いて天を仰いでしまった。
「……どうした、ハイマン伯爵令嬢」
天井を見つめて固まる私に、呆れたような、けれどどこか面白がるような低いお声が降ってくる。
ハッと我に返った私は、慌ててドレスの裾を摘み、直角にお辞儀をした。
「し、失礼いたしました国王陛下! お目通りが叶い、身に余る光栄に存じます……っ!」
必死に作った笑顔は頬がピクピク痙攣して完全に引きつっていた。
すると陛下はグラスをテーブルに置き、向かいのソファを顎で示した。
「そう怯えるな。そこに座るといい」
(こ、こういう場合どうするのが正解なの!?)
ただの田舎娘がホイホイ座っていいわけがない。でも断れば不敬罪で打ち首かもしれない。
立ったまま視線を泳がせていると、陛下はフッと息を漏らして笑った。
「かしこまる必要はない。ここは余の私室だからな。……腹の探り合いばかりの舞踏会で、余も疲れたのだ。楽にしてくれ」
その言葉と、控えていた女官さんの「どうぞ」と促すような優しい微笑みに背中を押され、私はおずおずと向かいのソファへ浅く腰を下ろした。
「急に呼びつけてすまなかったな。……コレットと呼んでよいか?」
「は、はい! どうぞコレットとお呼びくださいませ……!」
玉座での冷たい威圧感とは打って変わり、驚くほど穏やかだ。……それで、呼び出された本題は何なのだろう?
様子を窺っていると、陛下はふっと視線をグラスへ落とした。
「お前と一度話してみろと、ジュリアンが勧めるのでな。……お前は元々、ボヌフォワ男爵家の出なのだろう? あの、ジャガイモの」
ジャガイモの。
うん、知ってた。王都の上流階級にとって、我が領は「あのジャガイモの土地」以外の何物でもないのだ。
だけど――。
(大飢饉の危機から国を救ったのは、その自慢のジャガイモですからね!)
故郷の誇りを胸に、私は背筋をピンと伸ばして答えた。
「ええ! 今はハイマン伯爵家におりますが、生まれも育ちもボヌフォワでございます! うちのジャガイモは痩せた赤土でも元気に育つ、最高にたくましい作物なんです!」
胸を張って言い切ると、陛下はぽかんと目を丸くし――次の瞬間、吹き出した。
「ははっ……! 貴族の令嬢が、社交辞令もなく泥臭い作物をそこまで自慢げに語るとはな」
「えっ、あ、失礼いたしました……!?」
「いや、怒っていない。……周囲の者は余の顔色ばかり窺うからな。お前のように真っ直ぐ話してくれる相手は久しぶりだ。少し肩の力が抜けたよ」
ふっと少年のように笑った陛下。
玉座ではあんなに孤独で怖そうに見えた王様の、意外な素顔だった。
けれど、陛下はすぐにどこか苦い憂いを瞳に滲ませ、声を落とした。
「……此度の功績に報いるため、ボヌフォワ男爵を子爵へ陞爵させてやろうと思ったのだがな。妙なことになってな」
「妙なこと、でございますか……?」
うちのお父様が出世!? どこに妙な要素が!?
思わず身を乗り出した、その瞬間だった。
コンコン、と静かなノック音が部屋に響いた。
女官が扉を開けると――そこに立っていたのは、涼やかな銀髪を揺らしたジュリアン様だった。
「フェリクス、遅くなってすまない」
親しげに入ってきたジュリアン様は、ぽかんと固まる私に気づくと、ふわりと甘い笑みを浮かべた。
「やあ、コレット。待たせてしまったね」




