(11)夜風の庭園と密やかなお呼び出し(ちょっとおいでは絶対に怪しい)
玉座の前から逃げるように下がり、精神の削れきったへろへろの足取りで会場の端へと戻る途中――。
入れ違うようにして玉座へ向かっていく、見覚えのある一団がいた。
グラナート侯爵様、息子のジュリアン様、そして――なぜか堂々と腕を組んでいるロザリア様。
(……え? なんでネギ女があそこにいるの??)
今日は身分が低い順の拝謁だから、侯爵家が後なのは分かる。けど、ジュリアン様の婚約者は私で、ロザリア様はネギ……じゃなくて伯爵家の娘のはずだ。なんであんな「私がこの家の娘ですけど?」みたいな顔をして並んでいるわけ!?
すれ違いざま、ジュリアン様がふわりと微笑みかけてくれたけれど、私の頭の中はハテナマークで埋め尽くされていた。
「あ、あの……お父様。少々熱気に当てられてしまいまして……。少しの間、夜風に当たってもよろしいでしょうか?」
「おや、緊張してしまったかね? ああ、構わないよ。あそこのバルコニーで少し休んでおいで」
お義父様はめちゃくちゃ優しく送り出してくれた。よかった、叱られなくて。
会場の中は、さっきの玉座での一幕のせいで、痛いくらいの好奇の視線が四方八方から突き刺さってくる。耐えきれなくなった私は、逃げるようにバルコニーへ飛び出した。
冷たい夜風が気持ちいい〜!
ガラス窓にぺたーっと張り付き、遠くの玉座のほうをぼんやり眺めてみる。
(……うわぁ)
ガラスの向こうでは、侯爵様と話していた王妃様が、すっと椅子から立ち上がっていた。
王妃様が何かを告げると、侯爵様もうろたえる様子もなく言葉を返す。声すら聞こえないのに、二人の間に走るただならぬ緊張感が遠目にもビリビリ伝わってくる。
そして、その横に座る国王陛下は――すんごい不機嫌そうな目で、じーーーっと王妃様を睨みつけていた。
(……こ、怖っ!! 偉い人たちの世界、怖すぎるんだけど!!)
見ているだけで胃がキリキリ悲鳴を上げてくる。
ふと視線を下に向けると、魔導具の柔らかな光に照らされた綺麗なお庭が広がっていて、ちらほらと歩く人影が見えた。
(あ、お庭に行ってもいいんだ! こんなときは、お散歩して気分転換よ!)
階段をとことこ降りて、夜のお庭に脱出した私。
――だったのだけれど。
「……だめよ、誰かに見つかったら……」
「大丈夫さ、君があまりに綺麗だから我慢できないんだ……」
茂みの暗がりから、いたたまれないほど甘ったるい吐息が漏れ聞こえてきた。
(ヒエッッ!? アダルトな現場に出くわしちゃった!? ごめんなさい見逃してください!!)
慌てて抜き足差し足でバックする。
都会の貴族、舞踏会の裏で何やってるのよ! 刺激が強すぎて田舎娘の心臓が止まるわ!
もうやだ〜と泣きそうになりながら奥へ奥へと逃げ延び、ようやく誰もいない噴水のベンチを見つけてドサッと座り込んだ。
はぁぁぁ……と長いため息が勝手に出てくる。
――と、その時だった。
「――ここにいらっしゃいましたか、コレット様」
「ふぎゃっ!?」
いきなり背後から声をかけられ、変な悲鳴が出た。
飛び起きて振り返ると、暗闇の中にすらりと背の高い綺麗な女性が立っていた。上等なドレスを着ている。どこかの身分の高い侍女さんだろうか。
「驚かせてしまって申し訳ありません。……我が主が、貴女をお呼びです。ついてきていただけますか?」
(……へ?)
夜の真っ暗なお庭で、見知らぬ人からの「ちょっとおいで」。
いくら世間知らずの私でも、それくらいは知っている。
(ぜっっったいに怪しい!! 身ぐるみ剥がされて暗い森にポイ捨てされるやつじゃん!!)
「あ、あの……私、父とお約束がありますので、そろそろ戻らなくては……」
必死の作り笑顔で後ずさりした私へ、その女性はすっと胸元から何かを取り出して見せてきた。
外灯の明かりを反射してキラリと輝く、金色のメダル。
そこに刻まれていたのは、王国の紋章で見たことのある、立派な獅子のマークだった。
(……え? 獅子……? ってことは……国王様……???)
頭の中で「ド田舎の芋男爵<<<<<国王陛下」という絶対的な権力格差が爆速で組み上がる。
断ったら、うちのボヌフォワ領ごとジャガイモ畑を焼き払われるかもしれない。
「は、はいっ、コクコク」
私の首は、考えるより先に縦へ激しくヘドバンしていた。




