(10)王妃様の異議と不穏な玉座(私がイモ女だからですか!?)
「――ハイマン」
凛と澄み渡る、硬く冷たい声が響いた。
口を開いたのは、絶世の美貌を誇る王妃セレフィーナ様だった。
「その子はコレットと申しましたね。近頃、ハイマン家に迎え入れたと。……何故、ボヌフォワ男爵家の娘を養子に迎えたのですか?」
その問いに、義父であるハイマン伯爵がわずかに目を見開いた。
「……よくご存じで。さすがは王妃陛下、我が国の臣下の系譜を隅々まで把握されていらっしゃる」
「ええ。名鑑にある家の系譜なら、すべて頭に入っているわ」
淡々と答える王妃様に、私は思わず目を丸くした。
(す、すごい……! あの超ド田舎のボヌフォワ家の名前どころか、私のことまで知ってるの!? 完璧すぎる……!)
一人で感動に打ち震えていた、その時だった。
ふと国王陛下を見ると、さっきまでの温かな笑顔が綺麗さっぱり消え失せ、冷え切った目で王妃様を見つめていた。
(あれ……? 急に空気が冷たくなったような……?)
漂い始めた不穏な気配を察したのか、ハイマン伯爵が慌てて口を開く。実の娘であるロザリア様に別の良縁があったこと、グラナート家との絆を守るため、親戚筋の私を養女として迎えたこと――。
(娘の不始末を全部『おめでたい話』にすり替えたわよ、このお義父様……!)
感心する私の横で、王妃様はふう、と静かに息を吐いた。
「そう……」
それきり、王妃様はすっと口を閉ざしてしまった。
……えっ、何この間?
玉座の空気が、息が詰まるほど重く張り詰めていく。
ちらりと盗み見ると、フェリクス陛下はあからさまに不機嫌な目で、じっと王妃様の横顔を睨みつけていた。
(ひ、ひえええ……! なんでこんなに空気が痛いの!? 胃が破裂しそうなんですけど……!!)
背中を冷や汗が伝う。
この気まずすぎる沈黙に耐えかねて泣きそうになったその時、王妃様が再び静かに唇を開いた。
「ハイマン。……その婚儀、取りやめることはできませんか?」
「なっ……何をおっしゃいますか、王妃陛下!?」
義父の素っ頓狂な裏返り声が響く。
無理もない、貴族同士が正式に取り交わした婚約に、王妃様がこんな公の場でストップをかけるなんて異常事態すぎる。
けれど王妃様は再び押し黙り、深く考え込むように視線を落とした。
そして、オロオロする私の方へ、どこかためらいがちに瞳を向けてくる。
「コレット。……あなたは、ジュリアンのこと……その……」
何かを言い淀む王妃様の様子に、私は思わず背筋を伸ばして答えていた。
「はい。私は、ジュリアン様を心よりお慕いしております」
王妃様のエメラルドの瞳が、微かに揺れた。
(えっ……? 王妃様、私とジュリアン様の結婚に反対してるの!? なんで!?)
さっきまでの「全力で推せる!」という大興奮が、一瞬でサーッと引いていく。
(も、もしかして……私がジュリアン様にふさわしくない、ド田舎のイモ女だからーーーーッ!?)
頭を抱えそうになった、その時だった。
「――セレフィーナ」
低く、刺々しい国王陛下の声が玉座に響いた。
「コレット嬢がジュリアンを好いているのは、分かっただろう。……これ以上、口を挟むべきではないと思うが?」
ピシャリと咎めるような夫の言葉に、王妃様はきゅっと唇を噛んで押し黙った。
そして、何かを痛ましそうに思い巡らせた後、私に向けてふっと柔らかい視線を落とした。
「……ごめんなさい、コレット。気を悪くしないでね」
「は、はい……!」
予想外の優しい気遣いの言葉に、私の頭は追いつかず、ただコクコクと首を縦に振ることしかできなかった。
こうして私たちは、冷え切った空気の玉座の前から、逃げるようにそそくさと退散したのだった。




