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剣聖物語  作者: ははんぽ
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第8話 入学試験

中央闘技場の中は、外から見た以上に広かった。


 円形の試合場。

 白く乾いた砂。

 周囲を囲む観客席。


 その上段には、教師らしき者たちが並んでいる。

 さらにその後ろには、在校生と思われる少年少女の姿もあった。


 彼らは受験者を見る目を隠そうともしない。


 値踏みする視線。

 興味本位の視線。

 退屈そうな視線。


 誠は闘技場に足を踏み入れた瞬間、その空気を肌で感じた。


「本格的だな」


 思わず呟く。


 ゲームには、こんな施設は存在しなかった。


 白舟の闘技場はあった。

 だが、それは序盤イベント用の簡素な戦闘フィールドだった。


 背景に数人の観客がいて、試合が始まれば画面が切り替わる。

 それだけの場所だった。


 だが、ここは違う。


 砂の匂い。

 木刀の音。

 受験者たちの息遣い。

 観客席から落ちてくる視線。


 すべてが本物だ。


 闘技場の中央には、数人の教師が立っていた。


 その中でも一際目立つ男が、一歩前に出る。


 四十代ほど。

 短く刈った髪。

 無駄のない体つき。

 腰には木刀。


 ただ立っているだけで、場の空気が引き締まる。


「これより、白舟剣術学校入学試験を開始する!」


 男の声が、闘技場全体に響いた。


 ざわめきが一瞬で消える。


「試験内容は、教師との模擬戦だ!」


 受験者たちの間に緊張が走った。


 誠は静かに聞く。


「勝敗そのものは問わない。見られるのは、対人戦における状況判断、技の選択、精神の安定、そして戦闘中の修正能力である!」


 佐伯から聞いた通りだ。


 勝てばいい試験ではない。


 むしろ、どう戦うかを見られる試験。


 誠にとっては、単純な勝負よりよほど面倒だった。


 力を出しすぎれば目立つ。

 隠しすぎれば落ちる。

 ギリギリを狙う必要がある。


「名前を呼ばれた者から前に出ろ。制限時間は三分。降参、戦闘不能、または教師が終了と判断した時点で試験終了とする!」


 三分。


 短いようで長い。


 実力差があれば三秒で終わる。

 粘るだけなら三分は永遠に感じる。

 見せ場を作るには、絶妙に難しい時間設定だった。


「不正行為は禁止。精神干渉系スキルの使用は即失格。相手を故意に重傷化させた場合も失格とする!」


 精神干渉系スキル。


 またその言葉が出た。


 誠は内心で頷く。


 この世界では、相手の精神に干渉するスキルはかなり厳しく扱われているらしい。


 それは当然だ。


 ゲームなら便利な効果でも、現実で使えばただの犯罪になる。


 今後も扱いには注意が必要だ。


「また、能力分析系スキルの無断使用も禁止とする!」


 その言葉に、何人かの受験者が反応した。


 誠も静かに目を細める。


 能力分析系スキル。


 やはり存在する。


 しかも、使用が禁止されるほど一般に知られている。


 つまり、教師側が持っている可能性もある。


 誠は自分の【偽装】を意識した。


 限界突破が見抜かれるのは避けたい。

 仮に教師が能力分析を使えるとしても、正確な情報を渡すわけにはいかない。


 偽装はすでに薄くかけている。


 完全に隠すのではなく、普通の受験者より少し器用な程度に見えるよう調整していた。


 隠そうとしすぎれば、逆に怪しまれる。


 大事なのは、自然であること。


 強く見えない。

 弱すぎもしない。

 ただ、合格するだけの見込みがある。


 そう見せる。


「では、第一試合を始める!」


 最初の受験者が呼ばれた。


 大柄な少年だった。


 木刀を握る手に力が入りすぎている。

 肩も上がっている。

 緊張しているのが遠目にもわかる。


 相手をする教師は、細身の女だった。


 開始の合図。


 少年が叫びながら踏み込む。


 力強い一撃。


 だが、大振りだった。


 女教師は半歩だけ横にずれ、木刀の腹で受け流す。


 次の瞬間、少年の足元が崩れた。


 転倒。


「終了」


 わずか数秒。


 観客席から、ため息ともどよめきともつかない声が漏れる。


 女教師は淡々と言った。


「勢いはある。だが、相手を見ていない。次」


 少年は顔を赤くし、悔しそうに下がっていった。


 次の受験者が呼ばれる。


 今度は細身の少女。


 先ほどの少年とは逆に、慎重に距離を取る。

 木刀の構えも悪くない。


 だが、慎重すぎた。


 教師は何もしていない。


 少女は攻める機会を逃し続け、気づけば三分が過ぎた。


「終了。守りは悪くないが、判断が遅い」


 誠はそれを見ながら、教師たちの評価基準を整理していた。


 勝敗だけではない。


 攻める意志。

 守る判断。

 相手を見る力。

 技を選ぶ速度。

 戦いながら修正する能力。


 かなり多くのものを見ている。


 これは確かに、ただ強いだけでは合格できない。


 試験は次々に進んだ。


 力任せに突っ込んで転ばされる者。

 技を見せようとして隙を突かれる者。

 緊張で木刀を取り落とす者。

 思ったより粘る者。


 合格しそうな者は、意外と少ない。


 誠は受験者たちの戦いを見るたび、頭の中で分類していった。


 力型。

 速度型。

 慎重型。

 型重視。

 感覚型。

 観察型。


 それぞれに長所がある。

 だが、欠点もはっきり出る。


 そして教師たちは、その欠点を見逃さない。


「よくできてるな、この試験」


 誠は小さく呟いた。


 最初は、ただの模擬戦だと思っていた。


 だが違う。


 教師は受験者を倒そうとしているのではない。

 その受験者がどんな剣士なのかを、短時間で引き出そうとしている。


 だから、相手によって攻め方を変えている。


 力任せの相手には受け流し。

 慎重な相手には圧力。

 速度型にはタイミングずらし。

 型重視には崩し。


 受験者が一番嫌がる展開を作り、その時どう反応するかを見る。


「性格悪いな」


 誠はそう言いながらも、少し楽しそうだった。


 試験官としては、かなり優秀だ。


 やがて、試験会場の空気が少し変わった。


 次に呼ばれた受験者は、周囲から注目されているらしかった。


「九条玲奈!」


 その名が呼ばれた瞬間、受験者たちがざわつく。


「九条家の……」

「今年受けるって噂、本当だったんだ」

「名家だろ?」

「型が綺麗すぎるって聞いたことある」


 誠は前へ出る少女を見た。


 長い黒髪を後ろで結び、背筋はまっすぐ。

 歩き方からして整っている。


 木刀を構える姿も美しい。


 名家出身という噂は、おそらく本当だろう。


 開始の合図。


 九条玲奈は、無駄のない動きで教師と向き合った。


 初手から美しい。


 足運び、構え、打ち込み。

 どれも教科書通りで、完成度が高い。


 教師の攻めにも崩れない。


 一撃目を受ける。

 二撃目を流す。

 三撃目に反撃。


 観客席の一部から感嘆の声が漏れた。


 だが、誠は別のことを思っていた。


「綺麗すぎるな」


 完成されている。

 だからこそ、読める。


 型を知っている相手なら、次の動きが予測できる。


 教師も同じことを感じたのだろう。


 途中から、あえて教科書通りの崩しを混ぜ始めた。


 九条玲奈はそれにも対応する。


 だが、対応が正しすぎた。


 次に何を選ぶかが、わかりやすい。


 最後、教師は一瞬だけ型から外れた動きを入れた。


 九条玲奈の反応が、わずかに遅れる。


 木刀が肩口の手前で止まった。


「終了」


 教師は頷いた。


「基礎は非常に高い。だが、正しさに寄りすぎている」


 九条玲奈は静かに一礼した。


 表情は崩さない。

 だが、唇がわずかに引き結ばれていた。


 悔しいのだろう。


 誠はその反応を見て、少し興味を持った。


 次に呼ばれたのは、水瀬千紘という少女だった。


 九条玲奈とは対照的だった。


 構えは少し雑。

 だが、踏み込みが速い。


 開始と同時に、一気に距離を詰める。


 教師の反応が少し遅れた。


 速い。


 木刀が鋭く走る。


 観客席がざわつく。


 だが、誠は足元を見ていた。


「足が雑だな」


 剣は速い。

 反応もいい。

 才能もある。


 だが、踏み込みが強すぎる。


 避けられた時、体勢が流れる。


 教師は最初こそ押されたが、二度目の踏み込みでそれを見抜いた。


 半歩横にずれる。


 水瀬千紘の木刀が空を切る。


 体勢が流れたところを、教師の木刀が背中の手前で止まった。


「終了。速度は素晴らしい。だが、足で剣を制御しきれていない」


 水瀬千紘は悔しそうに歯を食いしばった。


 その様子を見て、誠はまた小さく頷く。


 面白い。


 次に呼ばれたのは、朝倉蓮司。


 明るい雰囲気の少年だった。


 木刀を握る手には、かなり稽古の跡がある。

 努力しているのは間違いない。


 ただし、肩に力が入りすぎていた。


 試合が始まる。


 蓮司は真っ直ぐ攻めた。


 気持ちは強い。

 打ち込みも重い。


 だが、重すぎる。


 振った後に体が流れる。

 二撃目への移行が遅い。


 教師はそれを見逃さず、蓮司の打ち終わりを軽く突いた。


 蓮司は耐えた。


 転ばない。


 そこは立派だった。


 だが、最後まで主導権を取れずに試験終了。


「根性はある。だが、力みすぎだ」


 蓮司は悔しそうに頭を下げた。


 誠は、彼の手を見て思う。


 努力量は多い。


 ただ、方向が少しずれている。


 正しく直せば伸びるだろう。


 その後も試験は進む。


 風間透という細身の少年もいた。


 彼は観察力が高かった。


 教師の動きをよく見ている。

 罠にも気づいている。


 だが、動けない。


 考えすぎて、初動が遅れる。


 頭ではわかっているのに、身体がついていかない。


 結果、悪くはないが決定打もないまま終了した。


「判断材料は見えている。あとは動け」


 教師にそう言われ、風間透は悔しそうに頷いた。


 誠は、ここまでの受験者たちを見て思った。


 この学校は、想像以上に面白い。


 名家の剣。

 才能型の剣。

 努力型の剣。

 分析型の剣。


 ゲームでは背景でしかなかったかもしれない者たちが、ここではちゃんと剣を持っている。


 そして、それぞれに成長の余地がある。


 誠は少しだけ胸が高鳴るのを感じた。


 自分が強くなるだけではない。


 他人の攻略ルートを見るのも、意外と面白い。


 そんなことを考えているうちに、試験はさらに進んでいく。


 すでに二百人以上が終わっていた。


 落ちる者。

 合格圏内に入りそうな者。

 教師に目をつけられる者。


 会場の熱は、時間が経つほど増していく。


 そして、ついに。


「斎藤誠!」


 自分の名前が呼ばれた。


 周囲の視線が誠に集まる。


 だが、それは強い関心ではない。


 ほとんどの者にとって、誠は名も知らぬ受験者の一人だ。


 名家の出でもない。

 有名道場の門下でもない。

 特別な装備もない。


 ただの受験者。


 それでいい。


 そのために、ここまで偽装してきた。


 誠は木刀を持ち、ゆっくりと前へ出る。


 試験官は、三十代前半ほどの男だった。


 黒髪を後ろで結び、静かな目をしている。

 体格は大きくない。

 だが、隙が少ない。


 男は誠を見て、軽く頷いた。


「試験官の榊冬馬だ」


 榊冬馬。


 その名前を、誠は知らない。


 少なくともゲームには出てこなかった。


 榊は静かに木刀を構える。


「始める前に一つ聞く」


「はい」


「剣の経験は?」


 誠は、少しだけ間を置いて答えた。


「少しだけです」


 榊の目が細くなる。


「少し、か」


 その声には、疑いの色があった。


 誠は内心で思う。


 まずいな。


 この試験官、たぶん鋭い。


 だが、ここで引くわけにはいかない。


 榊が木刀を構え直す。


「では、始める」


 闘技場の空気が、わずかに重くなった。


 誠は木刀を構えた。


 強すぎず、弱すぎず。


 合格する。


 だが、底は見せない。


 それが、この試験の攻略条件だった。

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