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剣聖物語  作者: ははんぽ
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7/25

第7話 終盤ボスの名前

白舟剣術学校の入学試験当日。


 誠は、いつもより少し早く目を覚ました。


 窓の外はまだ薄暗い。

 街の通りにも、人の姿は少ない。


 だが、白舟の空気はどこか落ち着かない。


 遠くから足音が聞こえる。

 木刀を腰に差した若者たちが、同じ方向へ向かって歩いている。


 白舟剣術学校。


 今日、この街で最も多くの視線が集まる場所だ。


「さて」


 誠は机の上に置いた紙を確認した。


 入学試験の受験案内。

 昨日までに集めた情報。

 そして、自分で組んだスキル構成。


 明鏡止水。

 観察眼。

 直感。

 偽装。

 一閃。


 この五つでいく。


 誠は、紙の端に書かれたスキルの説明をもう一度確認した。


 まずは【明鏡止水】。


 発動すると、心の中に薄い水鏡が広がる。


 怒りや恐怖といった感情が波紋となって揺らめくが、その中心には決して濁らない静かな水面が残る。

 その水面を意識することで、感情に判断を奪われにくくなり、相手の動きを冷静に見極められるのだ。


 ただし、感情そのものを消すわけではない。


 強い衝撃を受ければ水鏡は大きく揺れる。

 集中を維持し続ければ、精神力も少しずつ削られていく。


 心を凪にする力であって、心を無にする力ではない。


 ――そう、これまではそうだった。


 だが、誠は紙の説明を見つめながら、昨日新たに判明した能力を思い出していた。


 【明鏡止水】には、もう一つの効果がある。


 心が完全に静まった状態で発動すると、誠の周囲に薄い水鏡のような領域が広がる。


 その領域内では、相手の攻撃が誠に届かない。


 剣撃も。

 拳も。

 飛来する矢も。


 誠へ向かって放たれた攻撃は、水面に触れた瞬間のように力を失い、すり抜けていく。


 無効化。


 ただし、攻撃を防ぐのではない。


 受け止めることも、弾き返すこともない。

 攻撃そのものが、誠を対象として認識できなくなるのだ。


 そのため、攻撃を仕掛けた相手から見れば、誠の姿は一瞬だけ視界から消える。


 正確には、そこにいるはずの誠を視認できなくなる。


 目で追えない。

 気配を捉えられない。

 攻撃の対象として認識できない。


 誠は、相手の視界から完全に外れる。


 ただし、効果が続くのは短い。


 心が乱れれば、すぐに水鏡は崩れる。

 自分から攻撃を仕掛けた瞬間も、領域は解除される。


 さらに、相手が誠の位置を正確に把握していなくても、広範囲を無差別に薙ぎ払う攻撃までは完全に無効化できない。


 あくまで、誠へ向けられた攻撃を無効にする力。


 そして、誠自身を視認できなくする力。


 攻防一体の能力だが、万能ではない。


 それでも、使い方次第では極めて強力だった。


 相手が誠を見失った一瞬に、距離を取る。

 攻撃を避ける。

 あるいは、【一閃】へ繋げる。


 誠は、続けて【偽装】の説明に目を移した。


 【偽装】。


 自分の姿や気配、能力の輪郭を曖昧にし、相手の認識を誤らせるスキルだ。


 実力を低く見せる。

 視線を誘導する。

 警戒心を別の方向へ逸らす。


 単純な隠密ではない。


 相手の中にある「誠はこの程度の相手だ」という認識そのものを、都合よく書き換える力だった。


 ただし、完全に存在を消せるわけではない。


 近距離で長く観察されれば、違和感を持たれる。

 相手の感知能力が高ければ、偽装の綻びを見抜かれる可能性もある。


 だからこそ、【偽装】単体では決定的な隠蔽にはならない。


 だが、【明鏡止水】と組み合わせた場合は違う。


 明鏡止水で心を静め、相手の認識から一時的に外れる。

 その直後に偽装を重ねれば、相手の記憶に残る誠の姿や気配まで曖昧にできる。


 つまり、明鏡止水が「今この瞬間、見つからない」ための力なら、偽装は「見失った後も、正しく思い出させない」ための力だ。


 明鏡止水で視界から消える。

 偽装で、消えた理由を誤認させる。


 相手は、誠がそこにいたことを覚えていても、どこにいたのか、どれほどの実力だったのかを正確に思い出せなくなる。


 さらに、偽装を先に使っておけば、明鏡止水の発動そのものにも気づかれにくい。


 普段から誠の気配を弱く見せておく。

 相手に「警戒する必要のない受験者」だと思わせる。

 その状態で明鏡止水を発動すれば、視界から外れた瞬間も、相手は異常を異常として認識できない。


 見えなくなったのではない。


 最初から、そこに注目する価値がなかった。


 そう思わせる。


 これが、誠が考えた【明鏡止水】と【偽装】の組み合わせだった。


 ただし、相性がいいからといって、同時に使い続けられるわけではない。


 明鏡止水は、心の静けさを維持する必要がある。

 偽装は、相手の認識を細かく調整しなければならない。


 二つを重ねれば、精神力の消耗は大きくなる。


 しかも、偽装で自分の感情まで隠そうとすれば、明鏡止水の水面に余計な波紋が生まれる。


 隠そうと意識しすぎれば、隠したいという意志そのものが不自然さになる。


 だから、偽装は「隠す」のではなく、「自然に見せる」必要がある。


 明鏡止水で心を静める。

 偽装で、その静けさをただの無関心に見せる。


 相手から見れば、誠は危険を感じていないのではなく、そもそも何も考えていないように映る。


 その認識のずれが、二つのスキルの最大の強みだった。


 誠は、さらに【一閃】の説明に目を移した。


 【一閃】。


 発動した一撃が、相手に与えるダメージを十倍にする。


 剣で斬れば、その斬撃の威力が十倍になる。

 拳で殴れば、その打撃の威力が十倍になる。

 木刀であっても、相手に与えるダメージそのものが十倍に跳ね上がる。


 しかも、発動に伴う反動や代償はない。


 体力を消耗することもない。

 身体能力が落ちることもない。

 使用後に隙が生まれることもない。


 ただ、一撃の威力だけが十倍になる。


 単純だが、極めて強力な能力だった。


 誠が限界突破によって得たスキルの中でも、特に扱いやすい。


 相手の攻撃を【明鏡止水】で無効化し、隙を作る。

 その一瞬に距離を詰め、【一閃】を叩き込む。


 さらに、偽装で一閃の直前まで実力を低く見せておけば、相手は木刀の軌道も威力も読み違える。


 見失わせる。

 誤認させる。

 そして、予想外の一撃を叩き込む。


 明鏡止水と偽装は、攻撃のための隙を作るだけではない。


 相手に「誠は攻撃してこない」と思わせたまま、攻撃の瞬間だけ偽装を解除することもできる。


 その場合、相手の認識には一瞬の空白が生まれる。


 さっきまで弱かったはずの相手が、突然、別人のような速度で踏み込んでくる。


 その一撃に【一閃】を重ねれば、格上の相手すら倒せる可能性がある。


 だが、試験で使えば目立ちすぎる。


 木刀で相手を一撃で吹き飛ばせば、威力を隠すことはできない。


 誠は、明鏡止水と偽装、そして一閃の説明を頭の中で整理した。


 明鏡止水は、相手の認識から外れるための力。

 偽装は、相手の認識そのものを誤らせる力。

 一閃は、その認識の隙を突いて決着をつける力。


 この三つを組み合わせれば、誠は自分の実力を隠したまま、必要な瞬間だけ本来の力を引き出せる。


 ただし、限界突破の力まで見せるつもりはない。


 目的は合格すること。


 実力を見せすぎない。

 限界突破を隠す。

 能力分析系のスキルにも警戒する。


 試験は、ただ勝てばいいわけではない。


 むしろ今回は、勝ちすぎないことの方が重要だった。


「強すぎず、弱すぎず、か」


 誠は小さく笑った。


 ゲームでも、縛りプレイの方が難しいことがある。


 最強装備で敵を倒すより、条件を満たしながら勝つ方が神経を使う。

 今回もそれに近い。


 ただし、違うことが一つある。


 ここにはセーブもロードもない。


 失敗すれば、その結果を背負うことになる。


 誠は木刀を手に取った。


 手に馴染む重さ。

 この世界に来てから何度も握った感触。


 ゲーム画面の中ではない。


 自分自身が、これを振るう。


「行くか」


 誠は部屋を出た。


 白舟の通りには、すでに多くの受験者が歩いていた。


 緊張した顔。

 自信に満ちた顔。

 家族に見送られている者。

 一人で黙々と歩く者。


 誰もが今日の試験に人生を懸けている。


 白舟剣術学校に入れるかどうかで、将来は大きく変わる。

 この世界では、剣の実力がそのまま道を開く。


 誠はその流れに混じりながら、周囲を観察していた。


 歩き方だけでも、ある程度わかる。


 普段から稽古している者。

 緊張で身体が固まっている者。

 名家の教育を受けている者。

 完全な我流の者。


 受験者の数は、確かに多い。


「五百人超えって話は本当っぽいな」


 誠は呟いた。


 やがて、白舟剣術学校の正門が見えてきた。


 高い石垣。

 大きな門。

 その奥に見える広大な敷地。


 ゲームには存在しなかった施設。


 だが今では、この世界を攻略するための最初の大きな舞台に見える。


 正門前には、すでに大勢の受験者が集まっていた。


 受付が複数設けられ、教師らしき者たちが受験札を確認している。

 校門の左右には、在校生と思われる生徒たちが立ち、受験者を誘導していた。


「受験札を出してください」


 受付の女性に言われ、誠は受験札を差し出した。


「斎藤誠さんですね。確認しました。あちらの掲示板で受験番号と待機場所を確認してください」


「ありがとうございます」


 誠は受験札を受け取り、掲示板へ向かった。


 巨大な掲示板には、受験者一覧が貼り出されている。


 名前。

 受験番号。

 待機場所。

 試験順。


 周囲では、受験者たちが自分の名前を探して騒いでいた。


「あった! 俺、第三会場だ!」

「試験順、後半か……待つのきついな」

「うわ、俺かなり最初だ」

「落ち着け。最初の方が待たなくていいだろ」


 誠は人混みが少し空いたところで、掲示板に近づいた。


 まず自分の名前を探す。


 斎藤誠。


 受験番号は二百八十七。

 待機場所は第二会場。

 試験順はかなり後半。


「後ろの方か。観察する時間があるのは助かるな」


 誠はそう考えながら、何気なく他の名前にも目を通した。


 名家らしき姓がいくつもある。

 道場で見た受験者の名前もあった。


 そして、その中に一つ、見覚えのある名前を見つけた。


 誠の視線が止まる。


 柊木暦。


 その名前の横には、他の受験者とは違う表記があった。


 ――特別編入候補。


 誠は一瞬、呼吸を忘れた。


 柊木暦。


 その名前を、見間違えるはずがなかった。


 『剣聖物語』終盤に立ちはだかる最悪の強敵。

 誠が十年かけて最後に倒した相手。


 剣魔王。


 こちらの行動を読み、同じ攻撃を二度と通さず、プレイヤーを何百回も殺した存在。


 その名前が、白舟剣術学校の受験者一覧にある。


 しかも、特別編入候補。


「……おいおい」


 誠は、思わず笑った。


 松平義久だけではない。


 ゲーム中盤の強敵が序盤に現れ、今度は終盤ボスの名前まで出てきた。


 しかも、立場が違う。


 柊木暦は、本来なら終盤で出会う敵だ。

 少なくとも、白舟の序盤にいるような相手ではない。


 それが、学校の特別編入候補として名を連ねている。


 この世界は、誠の知る『剣聖物語』とは明らかに違う。


 似ている。


 だが、違う。


 攻略済みの地図の上に、見知らぬ道が重ねられているような感覚だった。


 誠は掲示板を見つめたまま考える。


 松平義久。

 柊木暦。

 白舟剣術学校。

 闘獣階。

 白神。

 黒羽。


 登場するはずの時期も、立場も、何もかもがずれている。


 これは単なる転生ではない。


 ゲームの世界に入ったというより、ゲームを土台にした別ルートへ放り込まれたと考える方が自然だ。


「本当の剣聖物語、か」


 誠は、画面に表示されたあの言葉を思い出した。


 あれは冗談でも演出でもなかった。


 この世界こそが、本当の剣聖物語。


 ならば、自分が十年かけてクリアしたものは何だったのか。


 体験版か。

 表ルートか。

 あるいは、この世界のほんの一部だけを切り取ったものか。


 考えても答えは出ない。


 だが、今の時点ではっきりしていることがある。


 柊木暦は、必ず確認しなければならない。


 敵か。

 味方か。

 それとも、ゲームと同じく最悪の壁なのか。


 誠は掲示板から視線を外した。


 その時だった。


 背後で、周囲のざわめきがわずかに変わった。


 誠は振り返る。


 人混みの向こうから、一人の少女が歩いてきていた。


 黒い髪。

 白い肌。

 感情の読めない目。


 年齢は誠と同じくらいに見える。


 だが、ただ歩いているだけで周囲の空気が変わる。


 受験者たちが自然と道を空けた。


 誠は、その少女の顔を知っていた。


 十年分の記憶が、即座に答えを出す。


 柊木暦。


 ゲームで最後に戦った、剣魔王。


 だが、目の前の少女はゲーム画面の中とは違う。


 敵として立ちはだかっているわけではない。

 禍々しい演出もない。

 巨大な剣気を放っているわけでもない。


 それでも、誠にはわかった。


 危険だ。


 この少女は、間違いなく強い。


 誠は無意識に【直感】を働かせた。


 スキルが反応した瞬間、視界の端に赤い火花が散った。


 一つではない。


 柊木の周囲に、無数の赤い火花が浮かんでいる。

 それらは彼女の身体から漏れ出す気配に触れるたび、弾けるように消えていった。


 危険度は、これまで感じたことのないほど高い。


 だが、【直感】が伝えてくるのは、あくまで危険の存在だけだ。


 攻撃してくるのか。

 警戒しているのか。

 それとも、ただ強者特有の圧力を放っているだけなのか。


 そこまではわからない。


 誠はすぐに【偽装】を発動した。


 身体から漏れていた警戒心を抑え、視線の鋭さをぼかす。

 肩の力を抜き、呼吸を浅く整える。


 発動した瞬間、誠の周囲に薄い灰色の霧がまとわりついた。


 実際に霧が出ているわけではない。

 それでも、身体から放たれていた剣気の輪郭がぼやけていく。


 誠は、ただの受験者を装った。


 偽装は、姿を消すスキルではない。


 相手の認識を誤らせるためのものだ。


 実力を低く見せることはできても、完全に違和感を消すことはできない。

 だからこそ、誠は自然な動作を意識した。


 霧の向こうに隠れるのではなく、最初から何も隠していないように振る舞う。


 その状態で、誠は【明鏡止水】を発動した。


 胸の奥に、静かな水面が広がる。


 ざわついていた心が、波紋を残しながら落ち着いていく。

 恐怖を消すわけではない。

 ただ、恐怖に判断を奪われないようにする。


 同時に、誠の周囲に薄い水鏡のような領域が広がった。


 偽装によって弱く見せていた気配が、明鏡止水の領域に溶け込んでいく。


 明鏡止水だけなら、誠の姿は一時的に認識から外れる。

 偽装だけなら、誠の存在は見えていても、実力や意図を正しく捉えられない。


 だが、二つを重ねると違った。


 誠の姿が視界から外れた瞬間、その空白を偽装が埋める。


 相手は「見えなくなった」と認識しない。


 視線を向けたはずなのに、そこに注目すべきものがなかったと判断する。


 誠は、存在を消したのではない。


 存在の意味を薄くした。


 その瞬間、近くにいた受験者が誠の方を見た。

 だが、視線は誠の身体をすり抜け、背後の掲示板へ向かう。


 誠は息を殺した。


 明鏡止水の視認不可。

 偽装による認識の誘導。


 この二つが重なったことで、誠は周囲の視界から外れただけでなく、周囲の意識からも外れていた。


 ただし、維持は難しい。


 明鏡止水は、心の静けさを求める。

 偽装は、相手にどう見せるかを意識させる。


 隠そうと考えすぎれば、心に波紋が生まれる。

 波紋が大きくなれば、水鏡は崩れる。


 誠は、偽装を維持しながらも、偽装していることを意識しないようにした。


 ただ掲示板を見ている。

 ただ受験者の一人として立っている。


 それだけを、自分自身に信じ込ませる。


 柊木は掲示板の前で足を止めた。


 そして、誠を見た。


 ほんの一瞬。


 視線が合う。


 その瞬間、誠の直感が鋭く反応した。


 赤い火花が一斉に弾ける。


 だが、柊木の視線は誠を捉えられなかった。


 確かにこちらを見ている。

 それなのに、誠の姿を認識できていない。


 明鏡止水の視認不可と、偽装による認識のずれ。


 柊木の目が、わずかに細められた。


 何かがおかしいと感じている。


 だが、そこにいる誠を見つけることはできない。


 誠は、心の中で静かに息を吐いた。


 成功している。


 少なくとも、普通の相手なら。


 しかし、柊木暦は普通ではない。


 彼女は誠の姿を見失っている。

 それでも、誠がいたという事実だけは、完全には消せていない。


 偽装は認識を誤らせる。

 明鏡止水は認識から外す。


 だが、相手の観察力が高ければ、その二つの境目に生じるわずかな違和感を拾われる。


 柊木は、まさにそれを拾っていた。


 斬られたわけではない。

 睨まれたわけでもない。


 ただ見られただけ。


 それだけで、喉元に剣先を突きつけられたような感覚があった。


 誠は笑いそうになった。


 やはり本物だ。


 ゲームとは違う立場にいても、柊木暦は柊木暦。


 簡単に攻略できる相手ではない。


 柊木は何も言わなかった。


 ただ、誠から視線を外し、掲示板の自分の名前を確認する。


 その表情に驚きはない。


 自分が特別編入候補として扱われていることも、当然のように受け入れている。


 誠は、まず【明鏡止水】を解除した。


 水鏡の領域が消え、周囲の認識が元に戻る。


 同時に、誠の姿が再び他人の視界へ戻った。


 だが、【偽装】はすぐには解除しなかった。


 明鏡止水で一度生じた認識の空白を、偽装で自然に埋めるためだ。


 誠が突然現れたように見えれば、周囲は異常を感じる。


 だから、偽装によって「最初からそこにいた」という認識を残す。


 明鏡止水が作った空白を、偽装が過去の記憶ごと塗り替える。


 これが、二つのスキルを組み合わせた時の最大の利点だった。


 誠は視線を長く留めないように意識した。


 続けて、偽装の出力を少しだけ落とす。


 完全に隠すのではなく、ただの受験者として自然に見える程度に調整する。


 柊木は掲示板から離れた。


 すれ違う寸前、誠の耳にだけ届くような小さな声で言う。


「見すぎ」


 誠は足を止めた。


 柊木は振り返らない。


 そのまま、受験者用の待機場所とは別の方角へ歩いていく。


 特別編入候補用の控室があるのだろう。


 周囲の受験者たちは、ただ彼女の雰囲気に圧倒されていただけだ。


 だが、誠だけは違う。


 今の一言で確信した。


 柊木暦は、こちらに気づいている。


 明鏡止水によって姿を視認できなくなっていたはずなのに、完全には欺けなかった。


 偽装によって実力や意図をぼかしていたはずなのに、視線の不自然さだけは消せなかった。


 何に気づいているのかはわからない。


 視線か。

 警戒か。

 それとも、誠が彼女を知っているという違和感か。


 どれにせよ、油断できない。


「ラスボスに初手で警戒されるとか、嫌すぎるな」


 誠は小さく呟いた。


 だが、その声は楽しそうだった。


 やがて、校内に鐘の音が響く。


 正門が閉じられ、教師たちが受験者を誘導し始めた。


「受験者は、それぞれ指定された待機場所へ移動してください!」


「第一会場はこちらです!」


「第二会場の受験者は、中央闘技場へ!」


 中央闘技場。


 誠の試験会場だ。


 誠は掲示板をもう一度だけ見た。


 斎藤誠。

 柊木暦。

 そして、この学校のどこかにある闘獣階。


 役者は揃いつつある。


 問題は、どこまで自分を隠せるか。


 どこまで見せれば、合格できるか。


 そして、この学校がどれほど自分の知識を裏切ってくるのか。


 誠は木刀を握り直した。


 心臓が高鳴る。


 緊張ではない。


 期待だ。


 これから始まる試験は、おそらくゲーム通りではない。


 だからこそ、面白い。


 誠は中央闘技場へ向かって歩き出した。


 巨大な闘技場の扉が、ゆっくりと開かれる。


 その向こうから、熱気と剣気が流れ込んできた。


 白舟剣術学校入学試験。


 攻略不能ルート最初の大きな試験が、今始まろうとしていた。

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