第5話 剣術学校への推薦
「白舟剣術学校を受けろ」
佐伯玄馬のその一言で、道場の空気がわずかに揺れた。
受験者たちは、驚いたように誠を見る。
師範代たちも、互いに目を合わせていた。
白舟剣術学校。
それは、誠にとってゲームには存在しなかった未知の施設だ。
だが、この世界では違う。
今の反応を見る限り、ただの学校ではない。
少なくとも、道場の師範代が軽々しく名前を出すような場所ではなさそうだった。
誠は木刀を下ろし、佐伯に向き直る。
「白舟剣術学校、ですか」
「そうだ」
「自分は、まだ流派に入門したばかりですが」
「入門は認める。だが、お前をこの道場だけで育てるには惜しい」
佐伯は静かに言った。
「お前は、剣が上手いだけではない。相手を見る目がある。しかも、ただ見るだけではなく、戦いながら修正できる」
誠は表情を変えなかった。
だが内心では、少しだけ警戒していた。
見られている。
それも、思っていた以上に深く。
反響剣を見切ったのは、少し早すぎたかもしれない。
三島はまだ笑っている。
「佐伯師範代。私としても賛成です。あれを一度見ただけで芯を外されたのは、なかなか傷つきましたが」
「一度ではない。三度見ていた」
「三度でも十分おかしいですよ」
三島は肩をすくめる。
誠は苦笑しそうになるのをこらえた。
たしかに、ゲーム感覚で考えれば三回見ればかなり情報が集まる。
だが、この世界の人間から見れば、三回の攻防で未知の技を見切るのは異常なのだろう。
佐伯は誠を見据えた。
「斎藤。お前は、この道場で基礎を積むこともできる。だが、それではおそらく足りん」
「足りない、とは?」
「お前には、強い相手が必要だ」
佐伯の声には確信があった。
「自分より強い相手。自分の考えが通じない相手。常識の外にいる相手。そういうものとぶつからなければ、お前の剣は伸びない」
誠は、その言葉を聞いて少しだけ笑いそうになった。
その通りだ。
簡単な敵を倒しても面白くない。
予定通りに進むだけの試験など退屈だ。
攻略不能。
理不尽。
初見殺し。
勝ち筋の見えない相手。
そういうものこそ、誠が一番求めているものだった。
「白舟剣術学校には、それがあるんですか?」
誠が尋ねると、佐伯は短く答えた。
「ある」
迷いのない声だった。
「白舟剣術学校は、ただ剣を学ぶ場所ではない。流派理論、実戦形式の対人戦、スキル運用、戦術、身体操作、戦場学。剣士として必要なものを三年かけて叩き込む場所だ」
「三年……」
「卒業生の多くは、流派本部、警備隊、騎士団、剣術協会、あるいは各地の名家に進む。実力があれば、道は開ける」
ゲームにはなかった情報だ。
誠は頭の中で整理する。
白舟剣術学校。
三年間の教育機関。
剣術だけでなく、スキル運用や戦術も学ぶ。
卒業後の進路にも関わる。
完全に、この世界独自の重要施設だ。
そして、松平義久もこの学校のことを知っていた。
もし入学することになったら、また会うかもしれない。
松平はそう言っていた。
ならば、この学校には松平の手がかりもある。
「受けます」
誠はすぐに答えた。
佐伯はわずかに眉を上げる。
「即答か」
「迷う理由がありません」
「危険だぞ」
「強い相手がいるなら、むしろ望むところです」
三島が小さく吹き出した。
「佐伯師範代、この子、本当に面白いですね」
「面白いだけならいいがな」
佐伯はため息をついた。
その顔には、どこか心配するような色があった。
誠はそれに気づく。
佐伯は、ただ学校を勧めているわけではない。
何かを知っている。
白舟剣術学校にある危険。
そこにいる強者。
あるいは、松平義久に関わる何か。
佐伯はそれを知った上で、誠を送り出そうとしている。
「試験はいつですか?」
「四日後だ」
「四日後」
「内容は教師との模擬戦。勝つ必要はない。見られるのは、状況判断、技の選択、精神の安定、そして戦闘中の修正能力だ」
誠は内心で頷いた。
松平が言っていた内容とほとんど同じだ。
やはり松平は、白舟剣術学校に詳しい。
「受験者は多いんですか?」
「今年は特に多いと聞いている。五百人は超えるだろう」
「五百人……」
思ったより多い。
ゲームの序盤イベントとは規模が違いすぎる。
だが、それだけ多くの人間が集まるなら、情報も集めやすい。
未知の剣を見る機会も増える。
誠にとっては好都合だった。
佐伯は懐から一枚の紙を取り出し、誠に渡した。
「これが受験の案内だ。試験会場、集合時刻、持ち物が書いてある」
「ありがとうございます」
「それと、もう一つ覚えておけ」
佐伯の声が少し低くなった。
「白舟剣術学校には、学内ランキング制度がある」
誠は顔を上げた。
「ランキング?」
「上位十名は、闘獣階と呼ばれる」
とうじゅうかい。
初めて聞く言葉だった。
もちろん、ゲームには存在しない。
佐伯は続ける。
「闘獣階に入った者には、学内で特別な権限が与えられる。特別訓練場の使用、禁書庫の閲覧、教師への挑戦権、大会推薦枠。普通の生徒では届かない場所に手が届く」
誠の心臓が、わずかに高鳴った。
禁書庫。
教師への挑戦権。
大会推薦枠。
明らかに重要な情報が眠っていそうな場所だ。
この世界とゲームの違い。
限界突破の制限。
松平義久の言葉。
白舟剣術学校の存在。
それらを調べるには、闘獣階に入るのが一番早いかもしれない。
「その闘獣階には、入ろうと思えば入れるんですか?」
誠が聞くと、佐伯は目を細めた。
「入る方法はある。入れ替え戦だ」
「入れ替え戦」
「十位以上に正式な手順で挑み、勝てば席を奪える。だが、簡単に考えるな」
佐伯の声が重くなる。
「闘獣階にいる者たちは、ただ強いだけではない。普通の基準では測れない者もいる」
「普通の基準では測れない?」
「化け物だ」
短い一言だった。
しかし、そこには冗談の気配がなかった。
誠は笑いそうになった。
化け物。
いい響きだ。
ゲームを十年やってきた誠にとって、化け物という言葉は恐怖ではない。
むしろ、挑む価値があるという証明だった。
「興味がある、という顔だな」
佐伯が呆れたように言う。
「顔に出てましたか?」
「かなりな」
「気をつけます」
「気をつけるのは顔ではなく、その性格だ」
三島がまた笑った。
佐伯は誠に向き直る。
「いいか、斎藤。闘獣階には近づきすぎるな。特に、入学してすぐはな」
「理由を聞いても?」
「今のお前では、知らなくていいこともある」
「そう言われると、余計に気になります」
「だろうな」
佐伯は深くため息をついた。
「だからこそ忠告している。力のある者ほど、危険なものに近づきたがる。そして、自分なら大丈夫だと思う」
その言葉は、どこか過去を見ているようだった。
誠は思った。
佐伯は、誰かを知っている。
危険なものに近づき、何かを失った者を。
もしかすると、それが松平義久なのかもしれない。
「佐伯師範代」
「何だ」
「松平義久という人を知っていますか?」
その名前を出した瞬間、佐伯の表情がわずかに変わった。
本当に一瞬だった。
だが、誠は見逃さない。
三島も笑みを消した。
空気が変わる。
「どこでその名を聞いた」
佐伯の声は静かだった。
しかし、朝の宿で聞いた時よりも鋭い。
「道場へ来る途中で会いました」
「話したのか」
「少しだけ。入門試験について助言をもらいました」
佐伯は黙った。
その沈黙だけで、十分だった。
松平義久は、やはりただの中盤ボスではない。
少なくとも、この世界では重要な人物だ。
「松平には関わるなと言ったはずだ」
「偶然会ってしまったので」
「偶然、か」
佐伯は苦々しそうに呟いた。
「もう一度言う。松平義久には深入りするな」
「危険な人なんですか?」
佐伯はすぐには答えなかった。
しばらくして、低く言う。
「危険なのは、あいつ本人だけではない。あいつが近づいているものだ」
誠の目が細くなる。
松平が近づいているもの。
それは何だ。
闘獣階か。
白舟剣術学校か。
それとも、攻略不能ルートそのものか。
「これ以上は話せない」
佐伯は誠の問いを遮るように言った。
「お前はまず、入学試験に集中しろ。学校に入れなければ、何も始まらん」
「わかりました」
誠は素直に頷いた。
もちろん、納得したわけではない。
だが、今ここで問い詰めても答えは出ない。
情報が足りない時は、無理に結論を出してはいけない。
攻略の基本だ。
まずは入学試験。
次に白舟剣術学校。
それから闘獣階。
順番に進めればいい。
佐伯は誠に背を向けた。
「今日はもう帰って休め。四日後、試験会場で遅れるな」
「はい。ありがとうございました」
誠は深く頭を下げた。
道場を出る時、三島が軽く手を振った。
「斎藤くん」
「はい」
「次に会う時は、反響剣をもっと見せてあげるよ」
誠は足を止めた。
「本当ですか?」
「目が輝きすぎだよ」
三島は苦笑した。
「白舟剣術学校には、私よりずっと変な技を使う人間がいる。楽しみにしているといい」
誠は笑った。
「はい。楽しみにしています」
道場を出ると、空はまだ明るかった。
手には、白舟剣術学校の受験案内。
頭の中には、新しい言葉がいくつも残っている。
白舟剣術学校。
闘獣階。
入れ替え戦。
禁書庫。
松平義久。
そして、化け物。
誠は道場の門を振り返った。
ゲームでは、ただの序盤イベントだった場所。
だがこの世界では、そこから想像以上に多くの情報が手に入った。
やはりここは、攻略済みの世界ではない。
誠は受験案内を握りしめる。
「まずは入学試験」
そして、その先にある闘獣階。
近づくなと言われた場所。
危険だと忠告された場所。
松平義久が関わっているかもしれない場所。
そんなもの、気にならないはずがない。
誠は白舟の街へ歩き出した。
胸の奥で、静かに熱が燃えている。
「闘獣階、か」
その名を口にしただけで、自然と笑みが浮かんだ。
この世界には、まだ知らない敵がいる。
まだ知らない技がある。
まだ知らない謎がある。
なら、やることは一つだ。
調べる。
挑む。
負ける。
覚える。
そして攻略する。
斎藤誠にとって、それ以上に楽しいことはなかった。




