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剣聖物語  作者: ははんぽ
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第4話 白舟流派道場

白舟流派道場は、ゲームで見たものよりもずっと大きかった。


 高い門。

 磨き込まれた石畳。

 門の奥から響く、木刀同士が打ち合う乾いた音。


 誠は門の前で足を止めた。


「ここも微妙に違うな」


 ゲームの白舟流派道場は、序盤の入門試験を受けるための施設だった。


 道場の師範代から簡単な説明を受け、基礎的な試験をこなし、合格すれば最初の流派に入門できる。


 いわば、チュートリアル用の場所。


 だが、目の前にある道場は違った。


 空気が張り詰めている。


 門番の立ち方。

 庭を掃く若い門下生の足運び。

 奥の稽古場から漏れてくる気配。


 どれも、ただの序盤施設とは思えない。


 ゲームでは感じられなかった重みが、この場所にはあった。


「いいね。チュートリアルの難易度まで上がってる」


 誠は口元を緩め、門をくぐった。


 すると、すぐに一人の門下生が近づいてきた。


 年齢は誠より少し上くらい。

 背筋が伸び、表情は硬い。


「入門試験の受験者か?」


「はい。斎藤誠です」


「佐伯師範代から聞いている。こちらへ」


 誠は門下生に案内され、道場の奥へ進んだ。


 敷地内には、いくつもの稽古場があった。


 木刀を振る者。

 型を確認する者。

 二人一組で打ち込みを行う者。


 その動きは、ゲームの背景で見ていたものよりもずっと生々しい。


 汗の匂い。

 足裏が地面を擦る音。

 木刀が肉に当たる鈍い音。

 短い息遣い。


 ここでは剣術が、本当に日常の一部なのだ。


 誠は歩きながら、それらを観察した。


 悪い癖のある者。

 基礎が整っている者。

 力任せの者。

 明らかに才能のある者。


 見ているだけで情報が入ってくる。


 誠は思った。


 画面越しに見る剣と、現実の剣は違う。


 ボタン一つで出せる技にも、実際には体重移動、呼吸、重心、関節の使い方がある。


 だが、不思議と戸惑いは少なかった。


 十年間、剣聖物語をやり込んだ。

 何万回も負け、何万回も見た。

 それが、今の身体の感覚と少しずつ結びついていく。


 面白い。


 誠はそう思った。


 案内された場所には、すでに十数人の受験者が集まっていた。


 年齢は誠と同じくらいの者が多い。

 中には少し年上に見える者もいる。


 全員が緊張した顔をしていた。


 無理もない。


 この世界で流派に入門できるかどうかは、人生に関わる。

 剣術が力であり、資格であり、将来そのものだからだ。


 誠は受験者たちの中に混じりながら、周囲を観察した。


 肩に力が入りすぎている少年。

 木刀の握りが甘い少女。

 呼吸が浅い青年。

 逆に、妙に落ち着いている者もいた。


 ゲームでは、入門試験の受験者など背景でしかなかった。


 だが、この世界では違う。


 それぞれが、ちゃんと自分の人生を持ってここにいる。


 その事実に、誠は少しだけ感動した。


 やがて、道場の奥から一人の男が歩いてきた。


 佐伯玄馬。


 朝、宿に来た白髪混じりの師範代だ。


 彼が現れた瞬間、受験者たちの空気が変わった。


 ざわつきが消える。

 背筋が伸びる。

 視線が集まる。


 佐伯は全員を一度見渡し、低い声で告げた。


「これより、白舟流派道場の入門試験を始める」


 声は大きくない。


 だが、不思議と全員の耳に届いた。


「試験内容は四つ。基礎動作、型、反応、模擬戦。合格基準に達しない者は、その場で失格とする」


 受験者たちの喉が鳴る。


 誠は内心で頷いた。


 ここまではゲーム通りだ。


 基礎動作。

 型。

 反応。

 模擬戦。


 順番も同じ。


 問題は、中身がどれだけ違うかだ。


「では、始める」


 最初は基礎動作だった。


 構え。

 足運び。

 素振り。


 一見、簡単に見える。

 だが、簡単だからこそ差が出る。


 佐伯と数人の師範代が、受験者一人一人を見ていく。


 誠の番が来た。


 木刀を構える。


 足を置く。

 肩の力を抜く。

 呼吸を整える。


 それだけで、身体が自然に動いた。


 不思議な感覚だった。


 この身体は、剣を知っている。


 昨日までの自分なら、ここまで自然には動けなかったはずだ。

 だが今は、剣を振るための土台が最初からある。


 まるで、ゲーム内のキャラクターの肉体に、自分の記憶が入ったようだった。


 誠は素振りをする。


 一振り。

 二振り。

 三振り。


 派手さは出さない。


 完璧すぎてもいけない。

 下手に見せすぎてもいけない。


 合格基準を超えつつ、必要以上には目立たない。


 それが今の誠の方針だった。


 佐伯の視線が、誠に向く。


 誠は気づかないふりをして、動作を終えた。


 次は型。


 これもゲームで覚えていたものとほぼ同じだった。


 ただし、実際に身体で行うと感覚が違う。


 画面上では一連のモーションとして流れていた型が、現実では一つ一つの意味を持っている。


 なぜそこで足を引くのか。

 なぜ剣先を下げるのか。

 なぜ呼吸を止めないのか。


 やってみると、理屈が身体に落ちてくる。


「なるほどな」


 誠は小さく呟いた。


 ゲームをしていた時より、今の方が剣術を理解している気がする。


 型の試験も問題なく終えた。


 次は反応試験。


 複数方向から飛んでくる布球を、木刀で弾く。

 これもゲームにあった。


 ただし、速度が違う。


 ゲームでは序盤試験らしい緩い速度だった。

 だが、この世界の布球はかなり速い。


 しかも、単純な直線ではない。


 壁や柱に当たって、角度を変えて飛んでくるものもある。


「現実補正ありか」


 誠は笑った。


 一球目。


 正面から来る。


 弾く。


 二球目。


 右斜め上。


 弾く。


 三球目。


 左下から跳ねる。


 足を半歩引いて、弾く。


 四球目。


 死角から来る。


 誠の直感が反応した。


 振り返らず、木刀の柄で落とす。


 周囲から小さなどよめきが起きた。


 誠は内心でしまったと思った。


 少し反応が良すぎた。


 すぐに次の球では、あえてぎりぎりの動きにする。


 焦ったように見せる。

 少し体勢を崩す。

 だが、失敗はしない。


 強すぎず、弱すぎず。


 その調整が、意外と難しい。


 試験は順調に進んだ。


 落ちる者もいた。

 悔しそうに唇を噛む者。

 泣きそうな顔で道場を出る者。

 肩を落として去る者。


 誠はそれを見て、この世界の厳しさを改めて感じた。


 ゲームなら失敗してもやり直せる。


 だが、この世界では違う。


 一度の失敗が、その人間の道を変える。


 セーブもロードもない。


 それを理解した瞬間、誠の中で少しだけ意識が変わった。


 ここはゲームの世界に似ている。


 だが、ゲームではない。


「次、模擬戦に移る」


 佐伯の声が響いた。


 空気がさらに張り詰める。


 模擬戦。


 入門試験の最後。


 ゲームでは、ここで師範代と軽く打ち合い、一定時間耐えれば合格だった。


 誠は周囲を見る。


 受験者たちの表情が硬い。


 無理もない。


 基礎や型は一人でできる。

 だが、模擬戦は相手がいる。


 剣は、相手が動いた瞬間に難しくなる。


「最初、倉田」


 佐伯が名前を呼ぶ。


 大柄な少年が前に出た。


 相手をする師範代は、細身の男だった。


「始め」


 合図と同時に、倉田が踏み込む。


 力強い一撃。


 だが、大振りだった。


 師範代は半歩ずれ、木刀の腹で受け流す。


 次の瞬間、倉田の木刀が弾かれた。


 終了。


「力はある。だが、相手を見ていない。不合格」


 倉田は呆然とした顔で立ち尽くした。


 次の受験者。

 その次の受験者。


 模擬戦が進むにつれ、受験者たちの緊張は増していく。


 誠は一人一人の戦いを見ながら、師範代たちの癖を観察していた。


 足を狙う師範代。

 受けを見ている師範代。

 反応速度を試す師範代。

 精神的に揺さぶってくる師範代。


 同じ模擬戦でも、見る場所が違う。


 よくできた試験だ。


 そして、ついに名前が呼ばれた。


「斎藤誠」


 誠は前へ出る。


 相手は、三十代ほどの師範代だった。


 名札には、三島と書かれている。


 ゲームにはいなかった名前だ。


 三島は柔らかく笑った。


「よろしく」


「よろしくお願いします」


 誠は一礼する。


 佐伯の声が響く。


「始め」


 三島が踏み込んだ。


 速い。


 だが、対応できないほどではない。


 誠は木刀を合わせる。


 その瞬間。


 違和感が走った。


 軽い。


 いや、軽すぎる。


 三島の一撃は、見た目ほど重くなかった。


 だが次の瞬間、誠の腕に遅れて衝撃が走る。


「っ」


 受けたはずの攻撃の余韻が、一拍遅れて身体の内側に響いた。


 誠は半歩下がる。


 三島が微笑む。


「どうした?」


 誠は腕の感覚を確かめた。


 痛みは大したことがない。

 だが、妙な痺れが残っている。


 今の技は、ゲームにない。


 三島が二撃目を放つ。


 誠は受け流す。


 まただ。


 木刀を逸らしたはずなのに、遅れて衝撃が来る。


 肩に響く。

 肘に残る。

 握りがわずかに乱れる。


 誠の口元が、ゆっくりと上がった。


「……新技か」


 三島の眉がわずかに動く。


「余裕だな」


「いえ」


 誠は木刀を構え直した。


「楽しくて」


 三島の笑みが深くなる。


「なら、楽しめ」


 次の瞬間、三島の剣がさらに速くなった。


 誠は防御に回る。


 一撃目。


 遅れて肩に響く。


 二撃目。


 受けた腕の奥に、振動が残る。


 三撃目。


 剣を弾いたはずなのに、足元がわずかに揺れる。


 普通なら焦る。


 だが、誠は違った。


 知らない技。


 未知の挙動。


 ゲームに存在しないスキル。


 それは、誠にとって恐怖ではない。


 最高の報酬だった。


 誠は三島の足運びを見た。


 肩の入り方を見る。

 握り込みを見る。

 打ち込む瞬間の呼吸を見る。


 一撃目で違和感。

 二撃目で仮説。

 三撃目で検証。


 そして四撃目。


 三島が踏み込む。


 誠は受けなかった。


 木刀が触れる直前、半歩だけ角度をずらす。


 衝撃の芯を外す。


 乾いた音が鳴った。


 だが、遅れてくるはずの衝撃は来ない。


 三島の目が見開かれる。


 誠はそのまま踏み込み、木刀を三島の胴の前で止めた。


 場が静まり返る。


 佐伯の声が響いた。


「そこまで」


 三島はしばらく誠を見ていた。


 そして、ゆっくりと笑った。


「今ので見切ったのか?」


 誠は木刀を引く。


「たまたまです」


 三島は呆れたように息を吐いた。


「たまたまで反響剣の芯を外されたら、こちらの立場がないな」


 反響剣。


 誠はその名を、心の中で刻み込んだ。


 ゲームにはない技。


 この世界だけの剣。


 白舟流派道場。


 チュートリアルだと思っていた場所で、誠は初めて未知の技に出会った。


 佐伯が近づいてくる。


 その目は、先ほどまでとは違っていた。


「斎藤誠」


「はい」


「合格だ」


 誠は頭を下げる。


「ありがとうございます」


 佐伯はしばらく誠を見ていた。


 そして、低い声で言った。


「だが、お前をただの門下として置くには惜しい」


 誠は顔を上げる。


 佐伯は続けた。


「白舟剣術学校を受けろ」


 道場の空気が、わずかにざわついた。


 誠は、その言葉を聞いて静かに笑った。


 また一つ、攻略不能ルートの扉が開いた。

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