第19話 弟子たちの協力
黒羽が去っても、蓮司はしばらく訓練場の入口を見ていた。
「言うだけ言って、帰るのかよ」
「試合前に、ずいぶん教えてくれた方だと思う」
誠が答えると、蓮司は少し嫌そうに顔を歪めた。
「そうなんだよな。だから、余計に腹が立つ」
透が地面へしゃがみ、黒羽が柄で叩いた場所を確かめる。
砂が小さく凹んでいるだけだった。
「地面を伝わったのは、確かです。空気を通った部分まで、同じ仕組みかはまだわかりません」
「記録は分けてくれ」
「はい」
玲奈は紙を取り出し、踏み込む前、接触、離れたあとと三つに区切った。
細雪で消そうとしていたのは、その真ん中だけだ。
黒羽が使うのは、その前後も含む。
「刃だけ直しても足りないか」
誠が呟くと、千紘が目印の紐を拾った。
「足は、私が見る」
「頼む」
「言ったらちゃんと止まって。さっき、痛い手で続けようとしたよね」
誠は返事の代わりに、木刀を下ろした。
千紘がようやく頷く。
翌日の放課後、五人は三島師範代と榊を前に座った。
机へ並べたのは、それぞれの流派で学べる技能の控えだった。
「ほう。師匠が四人分の進路相談か」
三島に言われ、誠は少し困った。
「教えるなら、学べる道を確認しておきたくて」
「それはいい。ただ、お前にできることが、この四人にも同じ順番でできると思うなよ」
榊は控えを一枚ずつ見る。
限界突破の名は、誠は出していない。
ただ、別の流派の理屈を知っているから、同じ目的に至る枝を探せる。
入口を飛び越えさせることはできなかった。
蓮司の紙に、聖騎士へ至る守備課程があった。
彼は、その文字を指で押さえる。
「これ、物理攻撃を防げるんだよな」
「身につければ、強い防護になる。盾がなくても展開できる」
誠が答えると、蓮司は顔を上げた。
「じゃあ、俺が黒羽の前に出て――」
「本戦は、俺と黒羽だけだ」
誠は言った。
「そこで守ってもらえば反則になる。お前に教えたいのは、俺の代わりに試合へ出る剣じゃない」
蓮司が黙る。
「訓練で互いを守る。もし誰かが練習の外で襲われたら、仲間を逃がす。これから先、お前が守りたいものにも使える」
蓮司は、紙を自分の方へ引いた。
「それなら、やりたい」
千紘の控えには、認識を誤らせる技能の系統があった。
完全犯罪という名を見て、彼女は眉を寄せる。
「名前、どうにかならないの」
「名前より、何をするかを決めろ」
榊が別紙を置く。
知覚を隠す範囲と、練習相手の同意を書く紙だった。
「自分の足音を拾わせない効果は、合意した演習で使える。相手の記憶を書き換えて失敗をなかったことにする用途は認めない」
「失敗を消したら、直す場所がなくなるし」
千紘が言った。
誠は少し驚いて、彼女を見た。
「何?」
「いや。そうだな」
玲奈は陰陽師の課程を確かめていた。
紙札を置き、流れを定める。相手の剣だけでなく、その剣がどこへ力を戻すかまで見るための術だ。
「私が知っている型を、線として置けるのですね」
「まずは一本から」
三島が頷く。
「千本並べるのは、一本がどこへ行くかわかってからだ」
透は最後まで、ゲームマスターと書かれた欄を見ていた。
「未来を読むと、あります」
「条件から先の展開を組み立てる。相手の知らない手札まで勝手にわかるわけじゃない」
誠が説明すると、彼はほっとしたように息を吐いた。
「それなら、まだわからないことを残していいんですね」
「むしろ、そこを残せないと危ない」
透はようやく、受講の欄へ名前を書いた。
練習は、すぐに派手にはならなかった。
蓮司が最初に出した盾は、手のひらほどだった。
誠が軽く当てると光の面自体は防いだが、持つ位置が悪く、身体ごと後ろへ流れる。
「盾が強くても、足は俺のままかよ」
「そうだ」
誠は自分の聖騎士を展開した。
同じ小さな面を、正面ではなく斜めへ置く。
蓮司の木刀が触れ、進む向きが外へ逸れた。
八咫鏡・片鏡。
昔読んだ神鏡の名を借りた、盾の置き方だった。
八枚出す技でも、何でも跳ね返す鏡でもない。
一枚の面を、受ける角度へ正しく置く。
「俺も、それなら」
「まず、自分を守れる位置に出す。角度はそのあと」
蓮司は頷き、何度も手を置き直した。
千紘は静音歩行と呼ぶ練習を始めた。
合意した相手へ、自分の移動音を聞き取りにくくする。
初日は、本人が息を止めたせいで動けなくなった。
「スキルを使う前に、自分で消そうとしすぎた」
彼女は咳き込み、誠を睨んだ。
「笑わないでよ」
「笑ってない」
「ちょっと笑った」
次の回は、誠の後ろへ回れた。
しかし床の砂は、普通に動いていた。
黒羽なら、それを拾うかもしれない。
音を隠せることと、力を出していないことは別だった。
玲奈の札は、三枚目を置くと最初の一枚が倒れた。
透の予測は、蓮司がくしゃみをしただけで全部ずれた。
「それも予測しろよ」
「前もって言ってくれれば」
「くしゃみの予約はできねえだろ!」
透は笑いながら、新しい空欄を作った。
誠は、その頁を自分の記録にも写した。
誠自身は、細雪の薄氷と水切りをつなぐ稽古を続けた。
補助には明鏡止水。必要に応じて、偽装を選ぶ。
さらに、勝負の時間を作れるか確かめるため、Over Driveを試す日を決めた。
「一分、動かずに待つのか?」
蓮司が聞く。
「装備して起動する。強まるのは、最初の一分が満ちてからだ。その間も普通に戦わなきゃいけない」
起動しただけで、一瞬の加速が得られるわけではない。
分を重ねるごとに、能力値は二乗へ増幅する。代償も反動もない。
だが、その一分が来る前に倒されれば、選んだ一枠は勝負を助けない。
「黒羽なら、待たせないだろ」
「だから、どう待つかを練習する」
誠は一分を測る砂時計を置いた。
鐘が鳴っても、いきなり最大の力を出してはいけない。
増幅された力を、大きく振るのではなく、もっと小さく動くために使う。
それができた回だけ、透が丸をつけた。
千紘は、誠の手首が逃げ始めたところで必ず止めた。
玲奈は少しでも剣筋が違えば首を振る。
蓮司は、受けづらかった一撃を嬉しそうに覚えようとした。
いつの間にか、誠が四人へ教えている時間より、四人に直されている時間の方が長くなっていた。
ある日の練習を終え、道具棚の鍵を返そうとした時だった。
入口にいた柊木が、足元の紙を見た。
「それ、落とした?」
透が首を振る。
拾う前に周囲を見て、見回りの教師を呼んだ。
紙は一度だけ折られていた。差出人の名はない。
教師が安全を確かめ、誠へ渡す。
――黒羽に勝つな。
蓮司が、笑うのをやめた。
千紘の視線が、すぐに入口の外へ向く。
玲奈は紙の端へ触れそうになり、手を引いた。
誠は自分の名前がないことを確かめた。
ここに置けば誰へ届くか、相手は知っている。
「誠」
千紘に呼ばれ、顔を上げる。
「今、笑わないで」
誠は紙を閉じた。
自分が面白がれば済む話ではなかった。四人が毎日来る場所に、置かれていたのだ。
「先生に渡す。皆で、見たことを話そう」
蓮司が短く頷いた。
誰も、いつもの冗談を言わなかった。




