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剣聖物語  作者: ははんぽ
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第18話 反響剣の弱点

 薄い紙を巻いた木刀へ、誠は剣先を置いた。

 蓮司が構えを変えないよう、肩の位置に紐で目印をつけてある。


「動かすなよ」

「息は?」

「してくれ」


 蓮司の肩が笑いで揺れ、玲奈に注意された。

 誠は一度剣を引く。


 細雪。


 斬撃を受け止めさせず、接触した箇所から力を逃がす。

 ゲームなら、入力が合えばその動作が出た。今は、指、肘、肩、腰を自分で動かさなければならない。


 誠は踏み込んだ。

 木刀へ、こつりと触れる。

 巻いた紙は動かなかった。


「軽いだけだ」


 蓮司が言った。


「これなら、俺でも触れる」

「わかってる」


 次は力を残す。

 今度は紙が大きく揺れた。蓮司の木刀も、半歩押し込まれる。


「今のなら、返せる」


 蓮司が肘を押し返した。

 誠は、肩を引いて衝撃を流す。

 弱く触れれば反響されない。だが、それでは相手の防御を動かせない。

 強く打てば、返すための材料を渡す。

 その間にあるはずの細い場所が、どうしても見つからない。


「相手を押す時間が長いのでは」


 玲奈が、巻いた紙を外しながら言った。


「打ち込んだあと、剣先だけが進もうとしています」

「当ててから、もっと早く抜く?」

「抜くというより、行き先を変えるのだと思います。止められる場所へ、いつまでも力を送らなければ」


 誠は試した。

 接触したあと、剣先を低く走らせる。

 蓮司の木刀へ横から擦る音が残った。


「まだ、剣で引っ張ってる」


 千紘が言う。


「足が先に止まってる。剣だけ動かすから、ここが引っ掛かるんじゃない?」


 自分で一歩、横へ動く。

 誠はその足を見た。

 攻撃の終わりと思っていた場所から、身体ごと、別の方向へ抜ける。


 三度目の接触は、小さな音しか出なかった。

 蓮司が押し返す。

 しかし、その時には誠の剣先がもう斜め下にある。

 押そうとした力が空を切り、蓮司の肩が少し前へ出た。


「今の、嫌だ」


 彼は嬉しそうに言った。


「返そうと思ったところに、いない」


 誠も笑った。

 手元を見る。動いたことはわかる。だが、次にも同じことができるかは、まだわからなかった。


 透が記録を差し出す。


「接触は残っています。完全に何も渡していないわけではないと思います」

「そうだな」

「黒羽先輩が、もっと小さな力でも拾うなら、今のでは」

「足りない」


 誠は、紙の余白へ名前を書いた。


 細雪・水切り。


「もう名前つけるの?」


 千紘が覗き込む。


「練習で区別できるように。完成したと言うつもりじゃない」

「水切りって、川で石を跳ねさせるやつ?」

「当たった場所に、居座らない。そんな感じだ」


 新しい技能が一覧へ増えたわけではない。

 細雪を、木刀の勝負へ合わせて使うための動きだ。

 名前をつけると、次に直す場所も少し見えやすくなった。


     


 十分休んだあと、誠はもう一つ試した。

 今度は踏み込みをやめ、足を置き換えるだけにする。

 蓮司へ向かう剣先が、急に伸びたように見えた。


「うわっ」


 蓮司が受け損ねかける。

 誠は途中で止め、腕を下ろした。


「今のは予告するべきだった。悪い」

「いや、当たってない。何を変えた?」


 玲奈が、誠の肩へ目を向けた。


「構え直しをしなかったのですね」

「うん。足から始めず、いま剣のある場所から動かした」


 水切りが、接触したあとの動きなら、これはその手前だ。

 細雪・薄氷。

 重い踏み込みで始めず、今立っている位置から刃を滑らせる。


 強い相手の防御を、これだけで破ることはできない。

 しかし、受ける準備を一拍遅らせることはできるかもしれない。


「薄氷と水切り、つなげるの?」


 透が聞いた。


「できれば。ただ、相手が動くと、途端に崩れる」


 誠は蓮司へ、次は自由に足を変えてくれと頼んだ。

 そうされた途端、一度目は距離が合わず、二度目は紙を大きく揺らした。

 三度目は、蓮司の押し返しをまともに受けた。


「今の、黒羽先輩なら一本だな」

「たぶんな」


 手首が熱い。

 誠は右手を開き、何度か握り直した。

 千紘が、横から顔を覗き込む。


「痛い?」

「少し」

「じゃあ、休み」

「あと一回」


 言った途端、四人に見られた。

 誠は、木刀を地面へ下ろした。


「……俺が蓮司に言ったな、それ」

「言われた」


 蓮司は、よく覚えていた。


     


 片づけかけた訓練場へ、黒羽が来た。

 今日は回収した木刀を持っていない。

 自分の一本だけを肩に載せ、巻き紙の残った蓮司の木刀を見た。


「俺の代わりか」

「練習相手だ」


 蓮司は前へ出ようとして、思い直したように踏みとどまった。

 黒羽の口元が動く。


「その方がいい。真似だけしても、こいつの欲しい答えには届かねえ」


 誠は立ち上がった。


「細雪を見に来たのか」

「通り道だよ。そんなに俺を意識して嬉しいねえ」


 黒羽は、誠の足元へ目を落とす。

 何十回も踏み込んだ場所だけ、砂が深く掘れていた。


「刃は静かになったな」

「でも?」

「足が、やかましい」


 黒羽が木刀の柄で床を軽く叩いた。

 小さな音だった。

 誠は足裏へ来る振動を感じ、反射的に左足を緩める。

 遅れて、握っている木刀の先端が震えた。


 反響剣・空鼓。


 木刀を合わせていない。

 誠の攻撃を受けてもいない。

 黒羽自身が出した振動が、地面と空気を伝って、こちらの構えを探ったのだ。


「俺は、受け取るだけじゃねえ」


 黒羽は剣先を上げた。


「渡す方も、できる」


 誠は痺れの残る指を見た。

 相手へ材料を渡さなければ勝てる。そんな単純な話では、やはりなかった。


「二ヶ月後までに、もっと面白くしてこい」


 黒羽はそう言った。

 誠の手首を見る目だけが、少し真面目だった。


「それと、壊す前に休め。当日握れねえ相手じゃ、勝ってもつまらねえ」


 返す言葉が、なかった。

 千紘が横で、ほら、と小さく言った。


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