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剣聖物語  作者: ははんぽ
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17/25

第17話 二ヶ月後に

「勝てるのか」


 特別闘技場を出てすぐ、蓮司が聞いた。

 誠が答えるより先に、千紘が言う。


「勝てると思ってるに決まってるでしょ。そうじゃなきゃ、あの人数の前で言わない」

「いや。まだ、わからない」


 二人の足が止まった。

 誠は、その反応を見てようやく、自分が何を言ったかを考えた。


「じゃあ、何で挑んだの!」


 千紘の声が廊下へ響く。

 通りかかった上級生が振り向き、誠の顔を見て隣へ何か囁いた。

 もう話が広がっている。


「二ヶ月あれば、調べて――」

「二ヶ月で怪我が治る保証はないでしょ」


 千紘は声を落とした。


「さっきの鷹宮先輩、最後、手を握れなくなってた」


 誠は黙った。

 技の仕組みを考えながら、自分の勝ち筋ばかりを追っていた。

 四人は、別のものも見ていたのだ。


「心配させたな」


 言うと、千紘は目を逸らした。


「今さら。取り消すつもりもないくせに」

「ない。でも、準備が間に合わなければ、正直に言う」

「試合前に?」

「試合前に」


 玲奈が鞄から校則集を出した。


「では、まず正式な手続きをしましょう。あの返答だけでは、試合は成立していません」


 紙を開く指は、いつもより速かった。


     


 榊は申請書を見ると、誠の顔を見ずに言った。


「来ると思った」

「早いですね」

「黒羽から届いている」


 机の上に、短い書き付けがあった。

 七月、斎藤誠。逃がすな。

 字が大きい。


「挑戦資格の審査は六月末。実技の成績と、対戦に耐えられると担当教員が判断することが条件だ」

「わかりました」

「怪我を隠したら、許可を取り消す」


 誠が返事をする前に、千紘が横で頷いた。

 榊は四人も見た。


「協力するのか」

「できるところは」


 玲奈が答える。


「ただ、各自の授業と練習は続けます。斎藤さんのためだけに時間を使うつもりはありません」

「それでいい」


 誠も頷いた。

 勝手に四人を、自分の攻略の補助へしてはいけない。


 榊は赤い筆を置いた。


「何を隠し、何を見せるかも、考えておけ。お前は目立ちたくない顔をしながら、いちばん人目につく場所へ立とうとしている」


 誠は、すぐには答えなかった。

 限界突破は知られたくない。使えるもののすべてを、人前で並べるつもりもない。

 だが、見たいものがある度に、誰かの許可を待つのも違う気がした。


「手札は隠します。挑むつもりまで、隠すのはやめます」


 榊はそれを聞き、申請書を受け取った。


「その分、注目はされる。覚えておけ」


     


 食堂の空いた机へ、透が今日の記録を広げた。

 鷹宮が打った位置。黒羽が受けた位置。衝撃が返った時刻。

 同じ攻防に、三本の線が引いてある。


「全部は記録できませんでした。あと、これはこちらの席から見えた範囲です」

「十分だ」


 誠が紙を引き寄せると、透は一か所を押さえた。


「ここは、十分ではないです」


 いつもより、はっきりした声だった。


「黒羽先輩が肩で受けたところ。腕の向こうが見えませんでした。衝撃が全部身体を通ったのか、剣も使ったのか、わかりません」


 誠は、空欄のまま残された場所を見る。

 わからないところへ、それらしい線を足していない。

 その方が、使える記録だった。


「ここは後で確かめよう」


 透が頷いた。


「私は、この一歩が気になる」


 千紘が、黒羽の踵の向きを指した。

 返す前に、ほんの少しだけ左足が回っている。


「向きを変える時、毎回やってた。ただ、速すぎて回ってないように見える」

「私は上体を見ていました」


 玲奈が横へ紙を置いた。


「肩は動かしていません。足裏から、剣を支える位置だけ変えているようでした」


 誠は二枚を並べた。

 自分が見たのは、木刀へ返る振動だった。

 千紘は足を、玲奈は型を、透は順番を見ていた。

 同じ一試合のはずなのに、紙の上で別の広さを持ち始める。


「俺は、何を書けばいい」


 蓮司が聞いた。

 ほかの三人の紙を見て、少し焦っている。


「最後の鷹宮先輩の受け、どう思った?」

「どうって……あの姿勢で、よく離さなかったなって」

「自分なら?」


 蓮司は手を握って確かめた。


「手首だけじゃ無理。左肘を腹へ当ててたから、身体で止めたんだと思う」


 誠はその言葉を記録した。

 蓮司の顔が上がる。


「それ、使う?」

「使う。壊れずに受ける方法は要る」


 彼は、椅子へ座り直した。


 黒羽の剣を正面から力で折る手も、誠の中にはあった。

 一閃を使う。蓮撃を伸ばす。Over Driveの一分を待つ。

 だが、力が乗った瞬間を返されれば、自分の強さが自分へ来る。

 勝つためにも、まず相手が何を受け取っているかを知る必要がある。


「細雪」


 誠が呟くと、玲奈が顔を上げた。


「技の名ですか」

「衝撃を残さないように、刃を通す技だ。木刀でも、触れた力を掴ませずに抜けられる」

「それなら勝てる?」


 千紘の問いに、誠は首を振った。


「まだ。ゲーム――いや、知ってるやり方のままで通るかは、試す」


 言い直したところを、透は書かなかった。

 代わりに、紙の端へ大きな空欄を作る。


 細雪。実地未確認。


「ここ、埋めましょう」


 誠は頷いた。

 もう、自分だけの攻略表ではなくなっていた。


     


 放課後、誠は蓮司へ木刀を向けた。


「受けたら、押し返してくれ」

「黒羽先輩の真似か?」

「本物とは違う。まず、押し返されても剣を止めない練習をしたい」


 蓮司が構える。

 千紘は横へ回り、玲奈は剣先を見られる位置へ立つ。透は、さっき作った空欄を開いた。


 誠が打つ。

 蓮司が押し返す。

 木刀の音が、思ったより大きかった。


「今のは駄目だな」

「俺、強すぎた?」

「いや。俺が強く打ちすぎた」


 蓮司が少し驚いた顔をしたあと、笑った。


「じゃあ、もう一回」


 誠は木刀を持ち直した。

 自分が失敗した時、向こうから同じ言葉を言われる。

 悪くないと思った。


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