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剣聖物語  作者: ははんぽ
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15/25

第15話 昼休みの闘獣階

蓮司が食堂の皿を見て、真剣に悩んでいた。


「焼き魚か、肉の煮込みか」

「後ろ、つかえてる」


 千紘に押され、煮込みを受け取る。

 席へ着いてから、蓮司は誠の魚を見た。


「そっちも美味そうだな」

「自分で選んだだろ」

「選んだあとに、別の良さがわかるんだよ」


 玲奈が箸を止めた。


「それは、剣の構成を考える時にも使えそうな言葉ですね」

「飯の話だぞ?」

「知っています」


 透が笑い、味噌汁をこぼしかけた。

 誠は、食べながら誰かの話を聞くのに、まだ少し慣れていなかった。昨日は話へ気を取られて、握り飯を半分残した。

 今日は最後まで食べようと箸を持ち直したところへ、千紘が紙を広げる。


 闘獣階入れ替え戦、五月開催。

 対象、十位・黒羽宗一郎。


「掲示板で見つけた。誠、これ好きでしょ」

「俺が好きなのは試合で、紙じゃない」

「似たようなものじゃない」


 誠は魚を置いた。

 千紘が、ほら、という顔をする。


 挑戦者の名は鷹宮慎也。三年生。

 聞き覚えはなかったが、透がすぐに説明した。


「去年も挑んでいます。試合の記録だと、一分以内に敗れていますね」

「去年負けて、今年もか」

「今年で卒業なので、これが最後の機会かもしれません」


 誠は挑戦者の名前をもう一度見た。

 自分なら再戦の表示を押すだけで済んだ。こちらの世界では、その一回まで何か月も待つ人間がいる。


「十位になると、何が変わるんだ」

「待遇は、ずいぶん」


 玲奈が答える。

 特別訓練場、専門資料、外部大会への推薦。知っている話のあとで、彼女は紙の下段を指した。


「共同訓練枠の管理もあります。自分が使わない時間を、別の生徒へ貸せるのです」

「じゃあ、道場のない生徒も使える?」

「申請が通れば」


 蓮司が身を乗り出した。


「それ、いいな。俺、家では長い型をやる場所がなくてさ」

「また柱を斬るから?」

「一回しかぶつけてない!」


 千紘に言い返してから、蓮司は少し声を落とした。


「でも、上の奴に頼めなきゃ入れないんだろ。それは、やだな」


 玲奈は否定しなかった。

 誠は、闘獣階の特権を自分が使うことしか考えていなかったと気づく。

 同じ鍵でも、持つ人間によって、開く相手が変わる。


「黒羽は、どうしてる」

「その話なら、本人に聞けば」


 背後から声がした。

 柊木暦が、配膳の盆を持って立っていた。


 誠は反射的に席をずらした。柊木は空いた場所へ座り、汁椀を置く。

 四人が黙ると、彼女は顔を上げた。


「何?」

「……食べるんだな」


 蓮司が言った。

 誠は、止めるのが間に合わなかった。


「食堂だから」

「そうだよな。悪い」


 柊木は気にしていないらしく、煮物の芋を箸で割った。


「黒羽は、枠をかなり貸してる。あと、貸した道具が返ってこないと自分で取りに来る」

「案外、世話焼きなんだな」

「壊した理由まで聞くから、借りた方は逃げられない」


 蓮司は、自分の木刀を椅子へ引き寄せた。


「強い人って、大体そうなのか?」


 誠に向いた視線を、柊木が少し面白そうに見た。


「そんなに教えてるの」

「少しだけ」

「毎日、少しだけ?」


 誠は答えず、冷めかけた魚へ箸を入れた。


「黒羽の反響剣を、見たことは?」

「道場で、三島師範代のなら」

「違うよ。似てるところはあるけど」


 柊木は自分の箸を、もう片方の箸へ軽く当てた。

 小さな音が一つ。

 それきり何も起きない。


「触れたあと、相手がいつ力を返すか。黒羽は、そこを自分で決める」

「遅らせられるのか」

「遅らせるだけじゃない。受けたまま、忘れた頃に返す」


 透が紙の端へ書き込んだ。

 柊木はその手を見る。


「全部、私の話として書かないで。試合で確かめて」

「はい。観戦するまでは、伝聞にしておきます」


 彼女は頷いた。

 誠は、木刀を合わせたあとに来たあの痺れを思い出していた。

 いつ返るかがわからないだけで、受け方も次の一手も変わる。

 顔を上げると、千紘に見られていた。


「もう戦うこと考えてる」

「まずは見る」

「『まずは』ね」


 柊木が、箸を置いた。


「松平も、ああいう剣を見たがった」


 それまで賑やかだった机が、少し静かになる。

 彼女は芋の欠片を見ていた。


「黒羽と、戦ったのか」

「そこまでは知らない。いつも、今度聞いてみるって言ってた」


 今度。

 誠は、その言葉のあとに何もつけられなかった。

 柊木は汁椀を持ち、一口飲んでから顔をしかめた。


「冷めた」

「話しすぎたな」

「うん」


 それ以上は言わず、皆が食事へ戻った。

 蓮司が肉を一切れ、誠の皿へ載せる。


「魚、一口くれ」

「自分で選んだ責任は」

「責任を持って、交換を申し込みます」


 玲奈が笑った。

 柊木も椀の陰で、少しだけ口元を緩めた。


     


 五月の観戦申請書へ、五人の名前を書いた。

 透は審判の位置を見やすい席を選び、千紘は足元が見えなければ意味がないと言った。

 玲奈が二人の希望を合わせ、蓮司が五人分の札を受け取りに行く。


 誠は一番最後に署名した。

 十位を目指すなら、いずれ自分も立つ場所だ。

 だが、今日は誰かが一年かけて用意した剣を見る。


 帰り際、食堂の出口で、黒い羽織の上級生とすれ違った。

 片手に空の湯呑み。もう片方には、借り物らしい木刀が三本。


「なあ、一年。第一訓練場へ戻るか」

「戻りますけど」

「一本持ってくれ。返却に来ねえ奴が三人もいてな」


 誠は木刀を受け取った。

 上級生の胸元にある十の札に、そこで気づく。

 黒羽宗一郎は、誠の顔を見て笑った。


「何だ。その顔。見せ物じゃねえぞ」

「今度、試合を見に行きます」

「なら、よく見ろ。鷹宮は、去年と同じ剣じゃ来ねえ」


 誠は頷いた。

 腕へ渡された木刀は、少し湿っていて、ひどく普通の重さだった。


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