第15話 昼休みの闘獣階
蓮司が食堂の皿を見て、真剣に悩んでいた。
「焼き魚か、肉の煮込みか」
「後ろ、つかえてる」
千紘に押され、煮込みを受け取る。
席へ着いてから、蓮司は誠の魚を見た。
「そっちも美味そうだな」
「自分で選んだだろ」
「選んだあとに、別の良さがわかるんだよ」
玲奈が箸を止めた。
「それは、剣の構成を考える時にも使えそうな言葉ですね」
「飯の話だぞ?」
「知っています」
透が笑い、味噌汁をこぼしかけた。
誠は、食べながら誰かの話を聞くのに、まだ少し慣れていなかった。昨日は話へ気を取られて、握り飯を半分残した。
今日は最後まで食べようと箸を持ち直したところへ、千紘が紙を広げる。
闘獣階入れ替え戦、五月開催。
対象、十位・黒羽宗一郎。
「掲示板で見つけた。誠、これ好きでしょ」
「俺が好きなのは試合で、紙じゃない」
「似たようなものじゃない」
誠は魚を置いた。
千紘が、ほら、という顔をする。
挑戦者の名は鷹宮慎也。三年生。
聞き覚えはなかったが、透がすぐに説明した。
「去年も挑んでいます。試合の記録だと、一分以内に敗れていますね」
「去年負けて、今年もか」
「今年で卒業なので、これが最後の機会かもしれません」
誠は挑戦者の名前をもう一度見た。
自分なら再戦の表示を押すだけで済んだ。こちらの世界では、その一回まで何か月も待つ人間がいる。
「十位になると、何が変わるんだ」
「待遇は、ずいぶん」
玲奈が答える。
特別訓練場、専門資料、外部大会への推薦。知っている話のあとで、彼女は紙の下段を指した。
「共同訓練枠の管理もあります。自分が使わない時間を、別の生徒へ貸せるのです」
「じゃあ、道場のない生徒も使える?」
「申請が通れば」
蓮司が身を乗り出した。
「それ、いいな。俺、家では長い型をやる場所がなくてさ」
「また柱を斬るから?」
「一回しかぶつけてない!」
千紘に言い返してから、蓮司は少し声を落とした。
「でも、上の奴に頼めなきゃ入れないんだろ。それは、やだな」
玲奈は否定しなかった。
誠は、闘獣階の特権を自分が使うことしか考えていなかったと気づく。
同じ鍵でも、持つ人間によって、開く相手が変わる。
「黒羽は、どうしてる」
「その話なら、本人に聞けば」
背後から声がした。
柊木暦が、配膳の盆を持って立っていた。
誠は反射的に席をずらした。柊木は空いた場所へ座り、汁椀を置く。
四人が黙ると、彼女は顔を上げた。
「何?」
「……食べるんだな」
蓮司が言った。
誠は、止めるのが間に合わなかった。
「食堂だから」
「そうだよな。悪い」
柊木は気にしていないらしく、煮物の芋を箸で割った。
「黒羽は、枠をかなり貸してる。あと、貸した道具が返ってこないと自分で取りに来る」
「案外、世話焼きなんだな」
「壊した理由まで聞くから、借りた方は逃げられない」
蓮司は、自分の木刀を椅子へ引き寄せた。
「強い人って、大体そうなのか?」
誠に向いた視線を、柊木が少し面白そうに見た。
「そんなに教えてるの」
「少しだけ」
「毎日、少しだけ?」
誠は答えず、冷めかけた魚へ箸を入れた。
「黒羽の反響剣を、見たことは?」
「道場で、三島師範代のなら」
「違うよ。似てるところはあるけど」
柊木は自分の箸を、もう片方の箸へ軽く当てた。
小さな音が一つ。
それきり何も起きない。
「触れたあと、相手がいつ力を返すか。黒羽は、そこを自分で決める」
「遅らせられるのか」
「遅らせるだけじゃない。受けたまま、忘れた頃に返す」
透が紙の端へ書き込んだ。
柊木はその手を見る。
「全部、私の話として書かないで。試合で確かめて」
「はい。観戦するまでは、伝聞にしておきます」
彼女は頷いた。
誠は、木刀を合わせたあとに来たあの痺れを思い出していた。
いつ返るかがわからないだけで、受け方も次の一手も変わる。
顔を上げると、千紘に見られていた。
「もう戦うこと考えてる」
「まずは見る」
「『まずは』ね」
柊木が、箸を置いた。
「松平も、ああいう剣を見たがった」
それまで賑やかだった机が、少し静かになる。
彼女は芋の欠片を見ていた。
「黒羽と、戦ったのか」
「そこまでは知らない。いつも、今度聞いてみるって言ってた」
今度。
誠は、その言葉のあとに何もつけられなかった。
柊木は汁椀を持ち、一口飲んでから顔をしかめた。
「冷めた」
「話しすぎたな」
「うん」
それ以上は言わず、皆が食事へ戻った。
蓮司が肉を一切れ、誠の皿へ載せる。
「魚、一口くれ」
「自分で選んだ責任は」
「責任を持って、交換を申し込みます」
玲奈が笑った。
柊木も椀の陰で、少しだけ口元を緩めた。
五月の観戦申請書へ、五人の名前を書いた。
透は審判の位置を見やすい席を選び、千紘は足元が見えなければ意味がないと言った。
玲奈が二人の希望を合わせ、蓮司が五人分の札を受け取りに行く。
誠は一番最後に署名した。
十位を目指すなら、いずれ自分も立つ場所だ。
だが、今日は誰かが一年かけて用意した剣を見る。
帰り際、食堂の出口で、黒い羽織の上級生とすれ違った。
片手に空の湯呑み。もう片方には、借り物らしい木刀が三本。
「なあ、一年。第一訓練場へ戻るか」
「戻りますけど」
「一本持ってくれ。返却に来ねえ奴が三人もいてな」
誠は木刀を受け取った。
上級生の胸元にある十の札に、そこで気づく。
黒羽宗一郎は、誠の顔を見て笑った。
「何だ。その顔。見せ物じゃねえぞ」
「今度、試合を見に行きます」
「なら、よく見ろ。鷹宮は、去年と同じ剣じゃ来ねえ」
誠は頷いた。
腕へ渡された木刀は、少し湿っていて、ひどく普通の重さだった。




