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剣聖物語  作者: ははんぽ
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第14話 弟子入り志願

 十回で終わるはずの素振りを、蓮司は十回目だけやり直した。

 肩が上がったのが、自分でもわかったらしい。


「今の、数に入れない」

「失敗した一回も入れていい。何が違ったか覚えれば」

「でも、最後は上手くやりたいだろ」


 その気持ちはわかる。

 誠は、再戦を押し続けた夜を思い出して、もう一度だけと指を立てた。

 蓮司は頷き、木刀を振る。

 今度は、剣先より先に肩が止まらなかった。足も流れない。


「今の」

「うん」


 言葉は、それだけで足りた。

 蓮司は木刀を胸へ抱き、息を吐いた。


 千紘は二歩半のところで足を止める練習をしていた。

 本人の言う「気持ち悪い位置」へ足を残し、そこから横へ動く。

 速くない。綺麗でもない。

 三度目に、苛立ったように木刀を下ろした。


「遅くなってる」

「今は、変える場所を確かめてるからな」

「私、速いって言われることくらいしかなかったんだけど」


 誠は返事を飲み込んだ。

 千紘はこちらを見ず、地面へ残した自分の足跡を靴先で消した。


「遅くして、それで勝てなくなったら?」


 理屈を並べれば、答えた気にはなれる。

 だが彼女が聞いているのは、足の置き場ではない。


「戻してもいい」


 誠は言った。


「合わないとわかったら、別のやり方を探す。今までの速さまで捨てろとは言わない」


 千紘がようやくこちらを見る。


「じゃあ、遅くなったら遅いって言って」

「言う」

「褒めて誤魔化さないでね」


 彼女はもう一度、足を置いた。


     


 玲奈は三手目で止まるたび、眉間へ薄く皺を寄せた。

 型を途中で切るのが、読みかけの文章を破るように感じるのかもしれない。


「九条、今の四手目は」

「出していません」

「だから、そこから何を出したかった?」


 玲奈は、しばらく考えた。


「相手が下がれば、追えます。前へ入れば、鍔元で抑えます。動かなければ……」

「一つ、やってみよう」


 誠が相手になる。

 彼女が止まったところで、半歩前へ出る。

 玲奈の木刀が、予想より低い位置へ返ってきた。

 誠は受けたが、その手応えに笑みが漏れた。


「今の、試験ではなかった」

「今、考えましたから」


 玲奈は少しだけ顎を上げた。

 その顔が、教室で見た名家の少女より近く感じた。


 透は、稽古をするより長く地面を見ていた。

 誠が引いた線の右側へ、どうしても同じ距離で動けない。

 下がるのが早すぎた回も、迷って遅れた回もある。


「すみません」

「謝るために止まらない」

「はい。すみ――」


 自分で口を閉じた。

 蓮司が吹き出しかけ、慌てて顔を背ける。


 誠は木刀を立て、もう一度だけ踏み込んだ。

 透が動く。右足が線を越える。

 勢いで足がもつれ、尻餅をついた。


「今のは?」


 地面に座ったまま、透が聞いた。


「さっきより、早かった」


 透は顔を下げた。

 笑っているのか、泣きそうなのか、誠にはすぐにわからなかった。


「次は、転ばないようにします」


 差し出した手を、彼は強く握った。


     


 日が傾く前に、誠は終わりを告げた。

 物足りなさそうな蓮司を横目に、四人が道具を片づける。

 そこへ見回りの榊が来た。


「続けるつもりか」


 誠へではなく、四人へ聞いた。

 蓮司が返事をし、玲奈も頷く。透は小さくはいと言った。

 千紘は少し遅れた。


「試している途中なので。まだ、やめません」

「そうか」


 榊は誠を見る。


「使う技能や練習内容を広げるなら、担当教員へ相談しろ。独自の稽古で流派の制約が消えるわけではない」

「わかっています」


 限界突破があるのは自分だけだ。

 他人に教えるなら、その人の学べる道から進まなければならない。

 自分の一覧から強い技能を選んで渡せば済む話ではなかった。


 榊が去ると、蓮司が急にこちらへ向き直った。


「なあ、弟子にしてくれないか」


 誠は、借りた道具の数を数え間違えた。


「いきなり何だ」

「いきなりじゃない。今日、ずっと考えてた」


 蓮司は、もう笑っていなかった。


「千回やってるって言うとさ、皆、偉いなって言うんだ。なのに負けると、才能が違うから仕方ないって」


 自分の手のひらを開く。


「誠は、止まれないって言った。嫌だったけど、直せるところがあったんだって思った」


 誠は、なかなか返事ができなかった。

 最初に会った時、そこまで考えて言ったわけではない。

 見えたことを、少し無遠慮に口にしただけだった。


「俺も、間違うぞ」

「じゃあ、間違ったって言ってくれればいい」


 玲奈が静かに隣へ立つ。


「私も、続けて教わりたいです。ただし、疑問はその都度申し上げます」

「そこは、そうしてくれ」

「では、お願いします」


 透は頭を下げる前に、一つ聞いた。


「まだ、遅くてもいいですか」

「速くなるために来るんだろ」

「……はい」


 千紘は三人を見て、少し困った顔になった。


「皆で決めたみたいにしないで。私は、納得したところだけ教わるから」

「それでもいい」

「嫌になったら、別のやり方にする」

「そうしてくれ」


 彼女は唇を動かし、言い直した。


「でも、明日も来る」


 誠は四人の木刀を見た。

 同じ形をしているのに、今日一日で、もう持ち主の違いがわかる。

 責任という言葉を使うには早い気がした。それでも、明日ここへ来ると約束することの重さは、わかった。


「わかった。まず、一週間やってみよう。そのあと、また相談する」


 蓮司が息を吐き、笑った。


「じゃあ、師匠」

「学校では名前で呼べ」

「学校の外なら?」

「呼ぶなとは言ってないが」


 千紘が、しまったという顔の誠を見て笑った。


 道具棚を閉めたあと、誠はノートを開いた。

 初めの頁に、四人の名前を書く。

 弱点の横へ、今日できたことも一つずつ。


 最後の欄で筆が止まった。

 自分の課題を書いておく場所も、必要な気がした。


 ――先に、本人の話を聞く。


 文字が乾く前に、蓮司から帰るぞと呼ばれた。

 誠は頁へ息を吹きかけ、慌てて追いかけた。


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