第13話 四人との組手
蓮司の一撃を受けた瞬間、誠は午前の見立てを直した。
重い。
だが、それ以上に、怖がっていない。
相手の木刀が自分へ向くことより、せっかくの一撃を途中で緩める方が嫌なのだ。
誠は剣を合わせたまま、半歩横へ逃がす。
蓮司の肩が前へ出る。戻そうとした足が間に合わない。
木刀を肩口の前へ置くと、榊の声が掛かった。
「一本。朝倉、今の感触を忘れるな」
蓮司は、自分の木刀をじっと見ていた。
「本当に、戻れなかった」
「もう一回やるか」
「いいのか?」
誠が榊を見ると、続けろと顎を引かれた。
今度の蓮司は、最初の一撃を半分の強さにした。
誠は同じように受ける。横へずれようとしたところへ、二撃目が返ってきた。
肩へ向かう木刀を、柄で止める。
前より、ずっと近かった。
「今の方がいい」
「でも、軽かっただろ」
「二撃目は、こっちが困った」
蓮司は、唇の端を噛んだ。
嬉しそうに見えることを、少し堪えている顔だった。
「もう一回」
「残り三人がいる」
「あ、そっか」
下がりながらも、彼は二撃目の角度を繰り返し確かめていた。
「同じ避け方、させないから」
千紘は、剣先を少し下げて構えた。
開始の声で飛び込んでくる。誠が横へずれると、途中で右足が地面を噛んだ。
真っ直ぐ来ると思っていた木刀が、こちらの移動先を横薙ぎに狙う。
誠の袖が、かすかに鳴った。
「お」
「避けただけで勝てると思った?」
千紘が歯を見せた。
試験で失敗した動きを、そのまま出すつもりはなかったのだ。
誠は木刀を立て、横薙ぎを流す。
千紘は追う。速さは落ちていない。
だが、二度目に向きを変えようとした時、後ろの足が遅れた。
誠は、彼女の肩へ剣先を置いた。
「そこまで」
千紘は木刀を下げず、榊を見る。
「今の、二度目じゃなければ」
「一度変えられた。それは見た。二度目に遅れたこともな」
榊は言った。
千紘の剣先が、ゆっくり下がる。
「足を戻す前に、次の攻撃を始めたな」
誠が言うと、彼女は顔を背けた。
「止まると、追いつかれそうで」
「追いつかれる前に、違う方向へ出られる足を残す」
「簡単に言うね」
「難しいと思う。でも、さっきの切り返しは知らなかった」
千紘は、そこでこちらを見た。
「……袖、当たった?」
「少し」
彼女はそれだけで、ひとまず下がった。
次は当てる、と言い残して。
玲奈は、先の二人の組手が終わってから、帯の結び目を整えた。
「型を知っている相手には、読まれるのですよね」
「全部がそうとは限らない」
「では、確かめます」
誠は、少し構えを上げた。
彼女は正しい剣を捨てるつもりではない。正しいままで、こちらへ届かせるつもりだ。
一手目を受ける。
二手目は流せない。玲奈は、次に誠が移りたい場所へ正確に足を置いた。
三手目で下がると、追い足が来る。
四手目。誠は、型なら入らないはずの内側へ身体を寄せた。
玲奈の剣が止まった。
止められたのではない。
剣を振り切れば、互いの顔がぶつかる距離だったからだ。
誠の木刀が手元へ触れる。
「一本」
玲奈は、一度目を閉じた。
「そこへ入る剣は、習っていません」
「入れたくないなら、三手目の終わりで剣先を少し残す」
「それでは、四手目に移れません」
「四手目を、変えればいい」
玲奈の指が、柄を握り直した。
「父は、型を崩すなと教えました」
言い訳には聞こえなかった。
今日だけで捨てていいものなのか、自分で決めかねている声だった。
「九条の型は、今も強いよ」
誠は木刀を下げた。
「俺が知ってる道を、そのまま通る必要はない。足を少し変えて、俺に初めての四手目を見せてくれ」
玲奈は顔を上げた。
それから、自分のいた足跡を見た。
次に構えた時、左足が、先ほどより僅かに外へ置かれていた。
透は、四人の中でいちばん長く礼をした。
構えても、剣先が定まらない。誠の右手を見て、左足を見て、また剣先へ戻る。
誠が一歩出ると、透は下がりかけた。
途中でやめる。
受けようとして、またやめる。
誠の木刀は、その間に胸元まで届いていた。
「そこまで」
透の肩が、目に見えて落ちた。
「何を考えた?」
「下がると、次に追われます。受けると、手元を崩されます。先に打ったら……」
「全部、起こるかもしれないな」
「だから、どれも」
声が小さくなる。
誠は剣先を下ろし、少し距離を取った。
「次は、俺が動いたら右へ一歩。そこだけ決めておこう」
「でも、そっちに攻撃が来たら」
「来たら、次を考える。今は榊先生も見てる」
透は榊を見た。
教師が、はっきり頷く。
誠は踏み込んだ。
透が右へ動く。
当然、誠の剣は追える。追えるが、さっきのように立ったまま胸を取ることはできなかった。
透は移動した先から、咄嗟に木刀を横へ差し入れた。
こつん、と乾いた音がした。
誠の剣が止まる。力で止めたというより、次へ振るための場所に木刀が置かれていた。
透自身が、いちばん驚いた顔をした。
「今のは、考えた?」
「……来たので」
「見て、出せたんだな」
透は何度も頷いた。
次の一撃で一本を取られても、今度はすぐに顔を上げた。
四人との組手が終わると、榊が全員を呼んだ。
「どこが変わったか、隣の者へ説明しろ。斎藤の説明を写すな。自分が受けた感触で話せ」
すぐに、蓮司が千紘へ何かを言い始めた。
千紘は、その前に腕を振り回すのをやめろと怒る。
玲奈は透へ、二度目の受けの位置を尋ねていた。
誠は、四人の会話を聞きながら汗を拭いた。
それほど強い剣は使っていない。だが、自分が勝つことだけ考える試合より、妙に疲れていた。
「斎藤」
榊が来た。
「誰かを教えた経験は?」
「ありません」
「そうか。なら、覚えておけ」
教師は四人へ目を向ける。
「最初に見えた弱点が、その人間の全部ではない。水瀬はお前の袖へ届いた」
「はい」
「それを嬉しそうに話していたのは、悪くなかった」
榊が離れると、蓮司が駆けてきた。
「放課後、あの二撃目やろうぜ」
「今日?」
「忘れないうちにさ」
千紘も戻ってくる。
「私は二度目の切り返し。今度は袖で終わらせないから」
「私も、四手目を確かめたいです」
玲奈の隣で、透が恐る恐る手を上げた。
「見るだけでも、いいですか」
「たぶん、また相手を頼む」
透の口元が緩んだ。
誠は榊を振り返り、訓練場の使用許可を取った。
短時間、怪我を残さないこと。見学する教師へ事前に申告すること。
条件を聞いている間に、四人はもう木刀を並べ始めていた。
誠が勝手に見つけた四つの弱点は、いつの間にか、四人から渡された宿題になっていた。




