↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣聖物語  作者: ははんぽ
PR
11/25

第11話 入学式


 制服の帯を結び直していたら、入学式の鐘が鳴った。


「斎藤くん、それ以上引っ張ったら昼飯が入らないよ」


 宿の女将が笑って、結び目を少し緩める。

 誠は礼を言い、鏡に映った自分を見た。白い羽織。新しい袴。腰には、数日前まで触ったこともなかった木刀がある。

 見た目だけなら、どこにでもいる新入生だった。


「似合うじゃないか」

「そうですか」

「うん。昨日までより、ちゃんと帰ってきそうな顔をしてる」


 意味を聞き返す前に、包みを渡された。握り飯が二つ。


「最初の日くらい、昼を食べなさい」


 誠は懐へ入れた。試験の攻略を考えている間、昼飯を忘れたことまで見られていたらしい。




 講堂の椅子は硬かった。

 名前を呼ばれた新入生が立つたび、袴の擦れる音がする。前の席の少年は、緊張しているのか、両膝へ置いた拳を何度も握り直していた。


 誠は式次第の端に、今日聞きたいことを一つだけ書いていた。


 松平義久。


 合格発表の時、柊木暦は今日なら話すと言った。

 あの男は何者なのか。自分に何を知っていると思ったのか。確かめたいことは山ほどある。

 だが、教師席にも来賓席にも、見覚えのある顔はなかった。


「斎藤誠」


 慌てずに立つ。返事をする。

 それだけのことが、少し懐かしかった。

 高校二年の頃は、こうした時間が早く終わればいいと思っていた。家へ帰れば、まだ倒せていない敵が待っていたからだ。

 十年が過ぎた今、別の世界でまた出席を取られている。

 座ると、前の少年が振り返った。


「声、落ち着いてんな。俺、裏返った」

「名前を呼ばれただけだろ」

「それが難しいんだって」


 少年は小さく笑い、前へ向き直った。

 朝倉蓮司。入学試験で、何度崩されても木刀を離さなかった少年だった。



 一年三組の教卓に、榊冬馬が立っていた。


 誠は自分の席を確かめてから、もう一度教卓を見た。

 変わらない。試験官の時と同じ顔が、こちらを見ている。


「不満そうだな、斎藤」

「知っている先生で安心しました」

「その調子で嘘をつくなら、三年は長いぞ」


 教室の何人かが笑った。

 榊は出席簿を開く。誠の欄だけ特別に印をつける様子はなく、一人ずつ、読み方まで確かめて名前を呼んだ。


「校則の説明は短くする。紙を読めばわかるところは省く」


 黒板へ、二つの語を書く。

 技能。行為。


「禁止事項は、スキルの名前だけで判断しない。他人の意思を奪う。本人の許可なく記憶を変える。能力を覗いて利用する。そうした行為を禁じる」


 誠は配られた紙へ目を落とした。

 認識に作用する技能については、演習ごとの使用範囲が別に定められている。

 自分の動きを見誤らせることと、戦いのあとに相手の記憶を書き換えることは、同じ扱いではなかった。


「では、幻惑を使う流派は、不利になるのですか」


 窓から二列目の少女が聞いた。九条玲奈。

 榊は首を振る。


「対戦相手が承諾した範囲で使える。条件は試合前に示す。隠して破った者を罰するのであって、流派そのものを罰するのではない」

「承知しました」


 誠は紙をめくる手を止めた。

 偽装にも完全犯罪にも、できることはいくつもある。できるからといって、全部を同じ場で使っていいわけではない。

 自分の手札の強さより先に、使ったあとの相手がいる。

 そのことを、今朝の教室で確かめられたのはよかった。


「闘獣階への挑戦も申請制だ。上位者を廊下で襲って勝っても席は移らん。医務室へ運ばれる者と、処分される者が増えるだけだ」


 蓮司が小さく唸った。


「やった奴がいるんだろうな……」

「今年は、まだいない」


 榊は聞き逃さなかった。



 校内案内が特別闘技場へ着く頃には、昼を過ぎていた。

 厚い扉の横には、使用中を示す札と、点検簿が掛かっている。剣で勝ち取る席へ続く場所のわりに、入口はひどく事務的だった。


「待たせた?」


 誠が振り返ると、柊木暦が壁にもたれていた。

 黒い髪の下で、視線だけが動く。先に行った案内の列へ、誠は少し遅れると伝えた。


「約束を忘れたかと思った」

「忘れられた方が楽だったんじゃない?」

「柊木が?」


 彼女は答えず、扉の使用札を裏返した。

 話している間に、誰かが開けないようにしたのだと、誠は遅れて気づいた。


「松平は、学校にいない」

「今、出かけているという話じゃないよな」

「記録上は、所在不明。部屋は残ってる。荷物も、そのまま」


 柊木は袖から小さな紙を出した。人名の下に、日付が一つある。

 誠がこの世界へ来て、道端から宿へ運ばれた日だった。


「待ってくれ。俺が会ったのは、その翌朝だ」

「知ってる。だから、あんたの話を聞きたかった」


 誠は紙と、彼女の顔を見比べた。

 消失したと書かれたあとで、松平は通りを歩き、誠に話しかけている。

 どちらかが間違いなのか、それとも、この日付が示すものが違うのか。


「最後に見た人が、この日に決まったわけじゃないのか」

「うん。学校が所在を確認できなくなった日。本人がどこで何をしていたかは、別」

「なら、俺が会った場所を――」

「調べた。教えられた通りも、道場へ入るところも。続きを見た人がいない」


 柊木の声は、いつもより乾いていた。

 誠はようやく、彼女が単に情報を小出しにしているのではないとわかった。

 何度も同じ道を歩いて、そのたびに見つからなかった人間の声だった。


「松平は何を調べていた?」

「闘獣階。特に、一位の白神」

「白神が何かした証拠は?」

「ない」


 即答だった。


「ないから、犯人とは言ってない」


 誠は頷いた。

 柊木の指が、紙の折り目をなぞる。何度開いたのか、端が柔らかく擦り切れていた。


「どうして俺に見せた」

「松平に会って、顔を覚えてるから」


 しばらくして、彼女は付け足した。


「あの人が、本当に笑ってたか、もう一度聞きたかった」


 誠は、朝の白舟を思い出した。

 道を歩いてきた松平の声。入門試験の助言。手を軽く振って、去っていく姿。


「笑ってたよ。俺が知ってる顔より、ずっと穏やかだった」

「知ってる顔?」

「……怖い人だと聞いてたから」


 柊木は追及しなかった。

 紙をしまい、使用札を元へ戻す。


「勝手に危ないところへ入らないで。あんたまで探すのは嫌」


 口を開きかけた誠を残し、彼女は廊下を歩いていった。

 扉の向こうで、かちりと金具が動く。

 誠は反射的に振り返ったが、今は追わなかった。


 懐の握り飯が、潰れかけている。

 廊下の端へ座り、一つ取り出した。

 冷めた米の塩気が、やけにはっきりした。

 学校に入れば何かがわかると思っていた。その「何か」は、攻略表の空欄より、ずっと重いものだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。