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第7話:異世界では通用しない

「ずっと前から、分かってた……?」


リザベルさんの言葉を繰り返すと、彼女はくすっと、悪戯っぽく笑った。


「私はこの一年間、多良木さんが練習する姿を見てきましたが――」

「は、はあ」

「同時に、数値による評価を行っていたのです」


ほう。数値による評価……ときましたか。

ということはアレだな。うん。アレだとしか考えられない。


そんなことを考えていると、リザベルさんは得意げな表情で、ローブの袖口から、手のひらサイズの丸っこいものを取り出した。


「これは……そうですね。戦闘力測定装置、とでも名付けましょうか。対象者の体格、筋力、技術、経験、精神的な強さなど、戦闘に関連するあらゆる要素をデータに置き換え、総合的な戦闘力を数値で表す――」

「やっぱり」


俺がボソリと呟くと、リザベルさんはきょとんとした顔になった。


「あの……多良木さんはこの装置について、何か知ってるんですか?」

「そりゃあ、定番ですから」

「て、定番? しかし……現在の地球の科学力で、このようなものを作れるはずが――」


狼狽(うろた)えるリザベルさんに、戦闘力を数値化するという概念が、地球、特に日本のコミック文化の鉄板ネタであることを説明する。


「つまり……ありきたりで、つまらない、というわけですね」


俺の言い方が悪かったのか、リザベルさんは分かりやすく肩を落とした。


「まあ、それでも、ちょっとは感動してるんですよ。空想のネタが、現実にあるんだなーって」

「ちょっと……ですか」

「いいえ! かなり! かなり感動してます!」


拗ねたような表情を見せるリザベルさん。

こういう反応って、女性あるあるなんだろうか。

女性との接点といえば、推しの配信を見るくらいのことしかなかった俺には、よく分からない。


「そ、それより、もう少し具体的に説明してくれませんか?」


とにかく、これ以上機嫌を損ねられると、進行に影響が出る可能性がある。

そう判断した俺は、慌てて話を切り上げた。


リザベルさんは、仕切り直すかのように小さく咳払いをすると、戦闘力測定装置の中央にある、ディスプレイっぽいものを俺に向けてきた。


「ここに、対象者の戦闘力が表示される仕組みになっています。現在は、多良木さんにとって分かりやすいよう、地球人の一般的な成人男性の戦闘力を100としています」


少年漫画でよく使われる設定と、ほぼ同じ。

確かに、ありきたりだ。リザベルさんには申し訳ないが。


「そして、この戦闘力という数値は非常に厳密なものです。例えば、戦闘力100の生物が、戦闘力120の生物に勝てる可能性は、ほとんどありません」


なるほど。ということは、バトル漫画にあり勝ちな『主人公の怒りが爆発すれば、二倍、三倍くらいの差があっても、簡単にひっくり返せる』なんて展開は起こらないってわけね。


チートなしとか、武器なしとかもそうだけど……なんか、変にシビアな世界なんだよな。


「それでは、各人の戦闘力を発表しましょう」


俺が真剣に聞いていたからか、リザベルさんはさっきよりもいくらか機嫌が良くなっているようだ。

出会ったばかりの頃は、『機嫌の良し悪し』なんて言葉とは縁がない人に見えたんだけどなぁ。


「まず、カイザーくんの戦闘力は140」


あいつ、一般的な成人男性より上だったのか。

修行開始から十日目の俺じゃ、そもそも勝ち目はなかったんだな。


「山吹丈さんは260」


うおっ。すごい。さすが元日本チャンピオン。

現役を退いてから十年以上経ってるのに、一般人では逆立ちしても勝てないわけか。


「そして、現在の多良木さんは1350」

「はい?」


「1350ですよ」

「せ、せんさんびゃくごじゅう?」


ちょっと待て。

さらっと言ってくれたけど、とんでもないことになってるぞ。


「じゃあ、ずっと前から分かってた、というのは――」

「ご想像の通りです。山吹さんとの出会いから23日目に、多良木さんの戦闘力はカイザーくんを上回り、37日目には、勝利する確率が99%を超えました」


ということは俺、300日以上にわたって、自分より遥かに弱いカイザーを脅威だと思い込んでいた、ってことか。自分で言うのもなんだが、ビビリが過ぎるな。


「この急激な成長は、ボクシング技術の習得、つまり、山吹丈さんによる指導が最も大きく影響しています。他にも、この部屋の特性、多良木さん自身の努力、それから――」

「リザベルさんのお陰ですね」


俺がそう言うと、リザベルさんは目を丸くした。


「え? 私ですか?」

「当然ですよ。だって、山吹さんを選んでくれたの、リザベルさんじゃないですか」

「ま、まあ……その通りですけど」


「カイザーより強くなっていることを黙ってくれていたのも、俺がサボらないようにするためですよね?」

「ま、まあ……その通りですけど」


リザベルさんの顔が、ほんのりと紅潮する。

こういう、女性のちょっとした仕草って、ほんと可愛いよな……


と、ちょっと待て。

俺の中で、何かが変わり始めている。


これまで、女性の『外見』を可愛いと思ったことはあったが、『仕草』を可愛いと思ったことはなかった。その理由は明白で、女性と親しい関係になったことがなかったからだ。


つまり今――俺は、人生初の『親しい女性』を手に入れたことになる!


そういえば、山吹さんが言っていた。『戦う男はモテる』と。

ならば、自信をもって、もう少し、距離を縮めたっていいんじゃないだろうか。


よし。決めたぞ。

俺は、前に進む!


「リザベルさん。一年前のこと、覚えてますか?」

「一年前というと……多良木さんが、この部屋で目を覚ましたときのことですか?」


俺はにっこりと微笑み、首を縦に振った。


「あのとき、自分が死んだって聞いて、最初はちょっとショックだったんですよ」

「生物とは、そういうものですよね」

「けど、すぐに思ったんです。別にいいやって」


リザベルさんの目は、ずっと俺に向かっている。

心なしか、少し潤んでいるようにも見える。


「だって、生きてても碌なことはなかったし」

「それに、こんなにきれいな人と一緒にいられるなら――」

「そっちの方が、幸せなんじゃないかなって」


いいぞいいぞいいぞ! 

口が動く! きちんと仕事する!

たぶん、圧倒的な戦闘力を手に入れたことが、自信につながっているんだ。


「リザベルさんがいてくれたから、俺は――」


俺は一歩踏み出し、リザベルさんの正面に立った。

よし。次は――


次は――


次は?


何をすればいいんだ?


まずい! 頭が真っ白になった!


いや。それは当然か。

練習していないことは、本番ではうまくできない。

本番でうまくやりたいなら、きちんと練習すること。


それが、俺が山吹さんに教わった、一番大事なことじゃないか!


「あの……多良木さん?」


気まずい沈黙が流れる。

これ、俺も嫌だけど、相手はもっと嫌だと感じる展開だ。


「と、ところで、ですねぇ!」


ようやく絞り出した声は、妙に甲高かった。


「はい。何でしょう?」

「い、いや! 修行期間って、確か二年でしたよね? あと一年、何をするのかなーって……思って……」


違う。本当はそんなこと、どうでもいいんだ。

なんせ俺は、戦闘力1350の男。異世界でも無双できるに決まって――


「もちろん、考えていますよ」


リザベルさんは、にっこりと笑って答えた。


「確かに、多良木さんは強くなりました」


が、すぐにその眼差しが、真剣なものに変わる。


「仮に、これから地球に戻るのだとしたら、もう修行する必要はないでしょう」


俺の鼓動が、少し速くなった。


「しかし、多良木さんが一年後に向かう場所……異世界では通用しないのです」

ここまで読んでくださっている方、本当にありがとうございます。

第7話から、物語が本格的に動き出していきます。物語の根幹にかかわる重要キャラ、最強ロリババアが登場します。

「ここまでは楽しめたよ」と感じてもらえていたら、ブクマや評価で応援していただけると、今後の更新の大きな励みになります。

よろしくお願いします。

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