第8話:天使公認、宇宙最強
戦闘力1350。たぶんこれ、地球人としては最強だ。
なのに、異世界では通用しないと断言されてしまった。
「あの……ちょっと気になったんですけど」
「質問ですか?」
俺が頷くと、リザベルさんは一年前と同じように、仕事モードっぽい動きで姿勢を正した。
「俺が行くことになる異世界について、もうちょっと詳しく教えてくれませんか?」
「いいですよ。私が答えられる範囲でしたら」
ん? 何か、気になる言い方だな。
まあいい。それより質問だ。
「例えば、凶暴なモンスターがうろついているとか」
「モンスターはいますが、性質は穏やかです」
「世界征服を企む魔法使いがいるとか」
「魔法使いはいますが、世界征服ができるような者はいません」
「世界を二分するような戦争が起こっているとか」
「一つの大陸を、一つの国家が統治しています」
「権力の座をめぐって、陰謀渦巻く――」
「普通選挙で選ばれた議員が、政治を行っています」
なるほど。
今の四つの答えから導き出される結論。それは――
「なんか……普通に平和っぽいですね」
「まあ、そうですね」
「じゃあもう、クリアしたってことにしといていいんじゃないですか?」
俺の言葉に、リザベルさんは眉間に皺をぐぐっと寄せた。
「どういうことでしょう?」
「いやね。争いごとがないなら、これ以上強くなったって仕方ないんじゃないかなーなんて思いまして」
うん。平和な世界で、これ以上の力は不要だ。
今はボクシングなんか習ってるけど、もともとの俺は、ケンカが嫌いな平和主義者だしね。
「多良木さんは分かっていません。異世界の戦いに、ルールなど存在しないのです。武器に魔法、集団で襲われることだって――」
「大丈夫ですよ。敵を作らないように生きていれば、武装集団に襲われるような状況になんかならないですって。それに俺、世界一強くなりたいとか、そんな熱いキャラじゃないですし」
俺がヘラヘラ笑っていると、リザベルさんは下を向き、わなわなと肩を震わせ始めた。
「得意の……速攻土下座で切り抜けるつもりですか?」
「い、いや! それは昔の話でしょ!」
速攻土下座は弱者だった頃の必殺技だ。
圧倒的強者となった俺に、そんなものは必要ない。
「じゃあ……二人目の師匠は、いらないんですか?」
「え? もしかして、誰か呼ぶつもりだったんですか?」
リザベルさんは、こくんと頷いた。
「はい。多良木さんが、異世界の戦いに対応する力を手に入れるには、その方の指導が――」
「あー。すいませんが、キャンセルでお願いします」
「わ……私が、彼女を呼ぶために、どれほど頭を下げたか……」
「そ、そんなことを言われても、ですよ! 俺、頼んでないです!」
まったく、これだから天使ってのは。
世の中には、ありがた迷惑という言葉があるのを知らないのか――
ん?
ちょっと待て。
今、『彼女』って言わなかった?
「もしかしてその人、女性ですか?」
「え、ええ。女性です」
おお。やったぜ。
死後の世界に来たってのに、出会うのが人間、それも男ばっかりで、味気ないなーって思ってたんだよ。
「美人ですか? ファンタジー世界のエルフみたいな感じ?」
「な、何を言って――」
「いやあ。美人なら会ってみたいなーなんて。駄目ですか?」
俺の提案に、リザベルさんは小さく深呼吸して、何やら意味深な――作ったような笑顔を浮かべる。
「いいですよ。彼女――ラムダさんはとびきりの美人ですので、ぜひ会ってみてください」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いつも通り、部屋の中央に光の柱が立ち、人の姿へと変わっていく。
お待ちかね、とびきりの美人が登場――
「え?」
いや。ちょっと違う。
『ある属性が好きな人』にとっての、とびきりの美人だ。
「あの……この人が、次の師匠ですか?」
褐色の肌に豊かな銀髪の女性……もとい、女の子だ。
だって、どう見ても中学生。身長はリザベルさんより10センチ、俺より20センチほど低い。
服装もおかしい。ピンクのノースリーブに、三段フリルが付いたミニスカート。
おまけに、絶対領域を強調するかのようなハイソックス。
「ラムダさんには日本語が通じないので、私が通訳をします」
リザベルさんが歩み寄り、何やら話を始める。
しかし、あの姿……日本の幼女と一部の成人男性に大人気の、日曜朝の変身ヒロインにしか見えない。
しばらくして、笑顔のリザベルさんが戻って来た。
「一度だけ立ち会ってみないか、と言っています」
「はあ? あんな小さな女の子と、立ち合い? 冗談でしょ?」
「まあまあ。せっかく来てもらったんですから」
俺はわざとらしく溜息をつき、ラムダさんとかいう可愛らしい女の子の前に立った。
世界最強の男が、フリフリの衣装を着た中学生くらいの女の子と戦う。
コントのワンシーンみたいな構図に、構えるのも馬鹿馬鹿しいと感じる。
と、愚痴ばかり言っても仕方ないな。とにかく、顔は殴らないようにしないと――
ん?
あれ?
なに……これ?
目の前にいるのは、確かに、可愛らしい女の子……だよな?
けど――
向かい合っているだけで、鼓動が速くなる。脳が、抵抗するなと喚いてる。排尿できる体だったら、膀胱の中のものを全部ぶちまけてる。まるで、40兆の細胞一つ一つが、戦うことを拒否しているような感覚。
彼女が全身から発している何かが、俺の体を押し潰そうとしている。
この人……何者なんだ?
「多良木さん! 地球最強の力、見せてあげてくださーい!」
待って。
この人、そういう次元じゃない。
「けど、相手は女の子ですから、手加減しないと駄目ですよー!」
て、手加減?
誰が、誰に対して?
地球最強ごときでイキってた自分が恥ずかしい。
この人に比べれば、俺なんてゾウリムシ以下だ。
どうする? どうする? どうする?
神様も仏様も、この人が相手では役に立ちそうもない。
そ、そうだ!
俺には、必殺技がある!
そいつを使えば、どんな強敵が相手でも、必ず生還できる!
それがこれだ!
いくぞ!
速攻土下――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……良木さん! 多良木さん!」
この声……リザベルさん?
そして、この状況は……膝枕?
「すいません! 私が、手加減なしで、思いっきりやってください、なんて言っちゃったから!」
確か俺、速攻土下座をしたはずなんだけど……
気を失っていたのか、その先のことは何も覚えていない。
そんなことよりリザベルさん、すごい取り乱してるな。
俺が気を失ってから、何かあったんだろうか。
「格下が相手だから、少しは手加減してくれると思ったんですけど!」
「えっと……何があったんですか?」
「人間の体があんな方向に曲がるなんて、想像もしていませんでした!」
「あの……その言い方、怖いんですけど」
「この部屋の中でなかったら、多良木さんは宇宙最強の連撃によって挽き肉のような姿に――」
「ちょ、ちょっと! 怖いです! やめてください!」
ん?
「あの人って……宇宙最強、なんですか?」
「はい。間違いなく」
「めちゃくちゃ星があるのに?」
「公式に記録されています。宇宙の歴史において、彼女以上の戦闘力をもつ生物は存在しません」
マジか。天使公認、宇宙最強。
そんな偉人レベルの人を、俺なんかのために呼び出すなんて。
その許可を得るまでには、いろんな苦労があったに違いない。
……そうか。リザベルさんが言っていた『頭を下げた』というのは、そういう意味だったんだ。
なのに俺、あんな態度をとってしまった。
そりゃ、リザベルさんが怒るのも当然だよな。
「リザベルさん。すいませんでした」
「え? どうして多良木さんが謝るんですか?」
「えっと……何ででしょうね?」
どうやら、宇宙最強によってボコボコにされる俺を見て、怒っていたことを忘れてしまったらしい。
「それと、お願いがあるんですけど」
「何でしょう?」
強さというものに段階があるのなら、その頂上にいるのが彼女。
対して俺は、その一段目にようやく足を掛けただけ。
「申し訳ないですけど……キャンセルをキャンセルしてもらえませんか?」
自分がどこまで行けるかなんて、自分にも分からない。
それでも、彼女の背中を、追ってみたい。
「ということは、多良木さん――」
リザベルさんの顔に、再び笑顔が戻る。
「はい。あの人に、指導してもらいたいです!」




