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幕間1:第二天使

木造の、小さな部屋。暖炉の炎が揺らめき、ぱちぱちと小気味いい音を立てている。

部屋の中央には、年季の入った椅子が置かれていて、柔らかな微笑みをたたえた中年の女性が座っている。


「それでは、第七天使リザベル。報告をお願いします」


その向かいに立つ、薄手のローブを身にまとった痩身の女性が答える。


「はい。第二天使アグリエル。サンプル番号12899、対象個体『多良木伸彦』について――」

「その前に」


中年の女性――アグリエルは悪戯っぽい笑顔を浮かべ、リザベルに向けて手を上げた。


「今回の報告、できるだけ数式を使わず、あなたの言葉――あなたが自然だと感じる言葉で話してください。私も、あなたが自然だと感じる言葉で話します」


その言葉を聞いて、リザベルの目が大きく見開かれた。

それから、あたりを観察するように視線を動かす。


「この部屋の変化は――」

「そう。あなたが自然だと感じる姿にしてあります」


リザベルは少し戸惑った様子を見せたが、小さく息を吐き、話し始めた。


「分かりました。それでは――」



◇   ◇   ◇   ◇   ◇



リザベルの話が終わると、アグリエルは背もたれに身を預け、満足げな表情を浮かべた。


「もう一つ、聞きたいことがあります」

「それは――」

「あなたから見た、多良木伸彦さんの印象です」


リザベルは、アグリエルの視線から逃げるように顔を下げた。


「必要……なのでしょうか?」

「もちろんです。むしろ、一番大切なことですよ」


リザベルは再び困惑したが、しばらく間を置いて、ゆっくりと口を開いた。


「私は……彼を心配しています」

「心配、とは?」


「必死なのは分かるのですが、少し頑張りすぎではないかと――」

「例えば、どのようなことについて、そう感じているのですか?」


「その……彼は、私が中断の指示を出さない限り、トレーニングをやめようとしないのです。あのままでは、体が――」

「それはおかしいですね。あの部屋の中では、彼に休息は必要ありません。それは、あなたも知っていることでしょう?」


俯いたまま、リザベルは何も答えなかった。

アグリエルは間を置かず、畳みかけるように言葉を重ねる。


「私の許可を得ずに、山吹丈と接触させたのも、彼が心配だったからですか?」


リザベルははっと顔を上げた。

頬は紅潮し、目には涙が浮かんでいる。


「も、申し訳ありません。処罰を受ける覚悟は――」


リザベルの言葉をさえぎるように、アグリエルは声を出して笑った。


「そのことについて、あなたを責めるつもりはありませんよ。私はただ、知りたいだけなのです。あなたがなぜ、そのような――」

「お待ちください!」


そのとき、入り口のドアが勢いよく開き、パンツスーツ姿の、銀縁眼鏡を掛けた女性が入ってきた。


「第二天使アグリエル! そのような規律違反を許しては――」

「第四天使シェリル。その前に、自分の姿を見てみなさい」

「え? 私の姿がどうかして――って、なんだ! この服は!」


シェリルと呼ばれた女性は、自分の身を包むネイビーのスーツを引っ張った。しかし、体の一部であるかのように、皮膚に貼り付いて離れない。


その様子を見たアグリエルは、今度は大声を出して、楽しそうに笑った。


「諦めなさい。この部屋は現在、中にいる者をリザベルがイメージする姿に変化させる設定にしているのです」

「で……では、この姿が、リザベルがイメージする私……ということですか?」

「ええ。さしずめ、怖くて口うるさい上司……ってところかしら」


シェリルは眼鏡の奥の目を吊り上げ、リザベルを睨んだ。

その様子を見て、アグリエルはさらに笑い声を大きくする。


「邪魔が入りましたね。リザベル。今日はここまでにしておきましょう。あなたには、もう少し自分の気持ちを整理する時間が必要です」



◇   ◇   ◇   ◇   ◇



リザベルが退出し、室内はアグリエルとシェリルの二人だけになった。

スーツ姿がよほど気に入らないのか、シェリルは憮然とした表情を崩さない。


「この設定、いつまで続けるおつもりですか?」

「ふふふ……しばらく、とだけ答えておきましょう。ところで、何か言いたいことがあるのですね?」


アグリエルの問いに、シェリルの顔が引き締まった。


「リザベルには再調整が必要です」

「あら? どうして?」

「揺らぎが大き過ぎます。このままでは、研究の結果に影響しかねません」


シェリルとは対照的に、アグリエルは柔らかな表情を崩さない。


「貴女の言う通り、彼女の変化速度は、私の想定を大きく超えています」

「だったら――」

「だからいいんですよ」


アグリエルは立ち上がり、カーテンを開けた。

窓の外には、白い雪がちらちらと舞っている。


「結果が予測できないからこそ、研究は面白いのです」


その景色を見ながら、アグリエルは独り言のように呟いた。

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