山中の追跡行
翌朝。
俺たちは聖騎士ルーナから与えられた任務に向かったふりをして、ルーナとアウローラのあとを尾行した。
見つかると面倒なので、まず隠密行動が得意なミィナが先行して二人を追跡し、俺とエレン、セラフィーナがそれをさらに後方から追う形だ。
都市の市門を出たルーナとアウローラは、森林地帯に入り、やがて山中へと歩を進めていく。
俺たちは先行するミィナの合図を受けて、それを追跡する。
道中、俺の隣を歩くセラフィーナが聞いてくる。
「山に入ったということは、ひと気のない山中で敵が待ち構えているということでしょうか、ダグラス様?」
「ああ、その可能性が高いな。人のいる街中で暴れられるよりは万倍いいが。向こうさんも『聖剣使い』の相手をするのに、余計な邪魔が入ってほしくないんだろうな」
「あー、あのさダグラス。ボクまだ状況がよく呑み込めてないんだけど、これってどういうこと?」
一方でエレンが、そんなぽやっとした質問を投げかけてくる。
それに困った様子で返事をするのはセラフィーナだ。
「もう、エレン。そういうことはせめて昨日のうちに聞いておいてください」
「あはは、ごめんごめん。──聖騎士ルーナが嘘をついてたっぽいのはボクにも分かったんだけど……結局のところ、これって一体何がどうなってるわけ?」
エレンは率直にそう聞いてくる。
彼女が知りたいのは、事の真相だろう。
俺はエレンに、俺が推測している内容を説明してやる。
「エレン、棍使いネツァフが『鞭使い』の能力について話していたのは覚えているか?」
「ああ、うん。たしかダグラスが使う【奴隷化】と似た能力を持ってる、みたいなことを言ってたよね?」
「そうだ。その能力が『何らかの条件を満たした他者』を、自在に操ることが可能になるスキルであると仮定しよう。ロンバルディアの【奴隷化】であれば、『俺が肉体関係を持った相手』というのが、その『何らかの条件を満たした他者』に該当するわけだが」
「ふんふん。つまり『鞭使い』は、他人を自在に操れる能力を持っていると。……え、それって怖くない?」
「今そこですか……」
セラフィーナが大きくため息をつく。
エレンは「あはは、面目ない」と恥ずかしそうに笑った。
俺はそれに苦笑しながら、説明を続ける。
「ああ、本当にそうなのだとしたら、非常に厄介な能力だ。──そして、もう一つ。聖騎士ルーナの話によると、『鞭使い』と遭遇した彼女の部隊は全滅したが、指揮官の自分だけは逃げ延びて帰ってきたという。……何か変だと思わないか?」
「あ、それはボクも違和感あると思ってた。部下がみんな殺されたのに自分だけ逃げ帰ってくるとか、献身とか正義を大事にするミリシア教徒の聖騎士とはイメージが合わないよね。強敵相手だったら、部下の前に自分が真っ先に突撃しそうなもんなのに」
「俺もそう思った。まあマルコみたいな聖騎士もいるから一括りにもできないんだろうが、聖騎士ルーナはあのアウローラが憧れているような聖騎士だ。本来は比較的、高潔な人物なのであろうと推測できる」
「なのに部下が全員殺されて、指揮官の聖騎士ルーナだけが逃げ帰ってきた……変だよね。でもそれって、どういうこと?」
エレンは首を傾げる。
それにはセラフィーナが答える。
「そうなれば、答えは一つでしょう。『鞭使い』は他者を自在に操る能力を持っている想定なのですから──」
「──そうか! 聖騎士ルーナは、『鞭使い』に操られている!」
エレンが我が意を得たりと声をあげる。
俺がその剣士の少女の頭をなでてやると、エレンは「えへへっ」と嬉しそうにはにかんだ。
それを見たセラフィーナが「いいなぁ……」とつぶやいて指を咥えていたので、俺は苦笑しつつ、セラフィーナの頭もなでてやる。
セラフィーナもまた幸せそうに微笑んで、俺に抱きついてきた。
すると一方では、エレンが何かに気付いたようで、再びはてと首を傾げる。
「あれ……? でもだとしたら、アウローラの身が危なくない? 聖騎士ルーナは敵に操られてるんだよね?」
「そうですよ。だからこうして、何かあったらいつでも助けに入れるように、私たちが追跡しているんじゃないですか」
「あ、そっか、そういうことか。……あれ? でもそれなら、こんな回りくどいことをしなくても、最初からボクたちもアウローラと一緒について行けばよかったんじゃ……?」
「ルーナが俺たちを、アウローラから引き離したがっていたからな。Aランク冒険者の俺がアウローラの隣にずっといたら、敵さんが計画そのものを断念する可能性が高い。それじゃあ俺たちが困る。影で暗躍する“竜神器十将”には、表舞台に出てきてもらわねぇとな」
俺がそう説明すると、エレンはとても納得したという様子でぽんと手を叩く。
「な・る・ほ・ど。さすがダグラス、そんなことまで考えてたんだ。……でもそういうのって、どこで習うの?」
「二十五年も平凡な冒険者をやっていたら、この手の小細工を覚える機会もあるんだよ。そうでもしなきゃ生き残れねぇっつーか」
「長い下積みの期間があったからこそ、今の偉大なダグラス様がいらっしゃるのですよ。分かりましたかエレン?」
セラフィーナがなぜか、わが事のように誇らしげに語っていた。
隙あらばどんなことでも俺の偉大さに繋げてしまう、わが嫁である。
セラフィーナ、恐ろしい子……。
と、俺たちはそんな話をしながら、山を登っていたのだが──
しばらくした頃、先行してアウローラたちを尾行していたミィナが、慌てた様子で俺たちのもとまで駆け下りてきた。
「ダグラス、敵が動いたにゃ!」
「来たか。ミィナ、『鞭使い』は姿を現したか?」
俺は気を引き締め直して、獣人の少女に問う。
ミィナは焦りを見せながら、こう答えた。
「そ、それが──二人現れたにゃ! 鞭を持ってる女と、もう一人、短剣使いっぽい女の子にゃ!」
「なんだと……!?」
さらに、俺の驚きの声から一歩遅れて──「そいつ」が現れた。
山の上から駆け下りてきたミィナを追うようにして、一人の小柄な少女が姿を現す。
「……ネズミ、見つけた。……四匹もいるとは思わなかった」
その少女の見た目の姿は、かなり幼い。
化身姿になったロンバルディアほどの外見年齢で、背丈は俺の胸までしかない。
だがあれが見た目どおりの子供でないことは、その雰囲気からも明らかだ。
只者ではない強者のオーラが、バリバリに放たれている。
「なっ……!? ミィナが、逆に尾けられたにゃ……!?」
「……恥じなくていい。……お前はうまくやっていた。……私には通じなかった、それだけ。……それに──」
少女は言って、腰の鞘から二振りの短剣を引き抜く。
そして──
「……どうせこれからすぐに死ぬんだから、後悔しても意味がない」
スッと、少女が動いた。
瞬く間にミィナに肉薄し、獣人の少女がろくに反応できずにいるところを、短剣で斬りつけようとして──
「なっ……!?」
短剣使いの少女が、慌てて退く。
──ブンッ!
俺が振るった聖斧ロンバルディアが、少女が踏み入ろうとしていた空間を薙いでいた。
俺はさらにロンバルディアをもう一振りし、短剣使いの少女に追撃をかける。
短剣使いの少女は素早く、そして小柄を活かしたアクロバティックな動きで跳躍して後退、俺から距離をとった。
俺はミィナを守るように前に立つと、ロンバルディアを肩に担ぎなおして、短剣使いの少女に向かって言う。
「おい、お嬢ちゃん。ミィナは俺の大事な嫁の一人なんだ。勝手に殺そうとしないでくれよ」
「……お前、何者」
短剣の少女の表情が険しくなる。
本気になった様子で腰を落とし、両手の短剣を構えて俺を睨みつけてくる。
俺はそれをひとまず置いて、スキル【守護乙女の祝福】を使用する。
「ミィナ、エレン、セラフィーナ──アウローラの援護に行ってくれ。俺はこいつを片付けてから追いかける」
「「「了解っ!」」」
三人の嫁たちが俺に寄って、キスをする。
少女たちの全身が光り輝き、衣服が光の粒となって消え去り、新たな光の衣装をまとって光が弾け飛んだ。
神装姿に変身を遂げた三人の少女は、短剣使いの少女の脇を抜けて、山を駆け上がっていこうとする。
「……っ!? ……待て、逃がさな──っ!?」
神装姿の少女たちを止めようとした短剣使いの少女だが、無論そんなものは俺が許さない。
俺が短剣使いの少女に駆け寄り斧を振るうと、少女はそれを慌てて回避し、また俺から距離をとる。
その間に、ミィナ、エレン、セラフィーナの三人は短剣の少女をかわして、山を駆け上がっていった。
それを見逃さざるを得なかった短剣の少女は、苦虫を噛みつぶしたような顔になって、俺を睨みつける。
「……よくも。……お前はいったい何者。……ただの人間じゃない」
「相手の名を問うときは、まず自分から名乗れって、ママから教わらなかったか?」
「……小癪。……私は“竜神器十将”が一人、短剣使いのホッド」
「そうかい。こっちの称号は“竜殺し”ぐらいしかないが──この聖斧ロンバルディアの使い手、斧使いのダグラスだ。見ての通りの、しがないおっさん冒険者だよ」
「……まさか、また神器使い!? ……聖剣使いだけでも厄介なのに」
「厄介なのはお互い様だが──悪いがあとがつかえてるんでな。お前さんに時間をかけていられねぇんだ。さっさと始めようぜ」
「……調子に乗るな、人間。……でも、確かにお互い様。……お前をさっさと片付けて、あいつらを追って殺す」
俺と短剣使いの少女は互いに睨み合うと、次の瞬間、同時に地面を蹴った。





