仕掛けられた罠
書籍版の表紙イラスト公開しました!
目次ページ下部に掲載したので、是非見てください!!!
聖剣使いの聖騎士アウローラは、聖騎士団副団長のルーナに連れられて、山中の獣道を登っていた。
昨日の雨で地面は多少ぬかるんでいるが、二人の足取りはしっかりとしたものだ。
朝露を落とす木々の合間をかいくぐり、落ち葉を踏みしめながら、聖騎士たちは山道を進んでいく。
「ルーナ様、この先に『鞭使い』の本拠地があるんですの?」
「そうですね。──もう疲れましたか、聖騎士アウローラ?」
「い、いえ。大丈夫ですわ」
「結構です。もう少しですから、あまり大きな声を上げないようにしてください」
「分かりましたわ」
アウローラはごくりと唾を飲み、ルーナの後を追う。
この先に、聖騎士ルーナを含む五十名からなる部隊を屠ったという「鞭使い」の本拠地があるのだという。
アウローラは自問する。
自分にそいつが倒せるだろうか、と。
だがすぐに、その考えを振り捨てる。
倒せるかどうかではなく、倒さなければならないのだ。
(おじさまが別の任務に行ってしまったのは、少し不安だけど──ううん、違う。おじさまに頼り切ってはダメですわ。私がおじさまのように強く優しく、人を守れるようにならないと)
アウローラは不安を振り切るように、首をぶんぶんと振る。
自分の頭を優しくなでてくれて、自分を受け入れて優しく抱きしめてくれるダグラスおじさま。
でもあの甘美な優しさと包容力に、どこまでも甘えていてはダメだ。
自分自身があの人のように、強く優しくならないと。
聖剣使いとして、あの人の隣に胸を張って並び立てるように。
それに聖騎士ルーナも、聖剣使いアウローラとルーナ自身がいれば、「鞭使い」の討伐は十分に可能だと言っていた。
だからこそダグラスも、安心して別の任務に向かっていった。
今頃は、別の地で苦しんでいる人々を救っていることだろう。
ならば自分がするべきことは、自分自身の実力を十全に発揮できるようにすること。
聖剣使いとして、そして聖騎士として、立派に勤めを果たすことだ。
「──止まってください」
前を歩いていたルーナが茂みにしゃがみ込んで、アウローラに制止をかける。
アウローラはルーナの真似をしてしゃがみ、近くまで寄った。
ルーナは口元に人差し指を立てつつ、ルーナに伝える。
「敵の本拠地は、このすぐ先です。──聖騎士アウローラ、先に行ってもらえますか?」
「えっ……? 私が先に、ですの?」
ルーナの言葉に、アウローラは首を傾げる。
なぜここで自分が先に出るべきなのか、見当がつかなかった。
ルーナはなぜか視線をさまよわせつつ答える。
「え、ええ。この先には少し開けた、戦いに適した場所があります。そこには、えぇっと……そう、一軒の小屋が立っていますが、その中に『鞭使い』がいるはずです。聖騎士アウローラはそこに突入して奇襲をかけてください。私がそれを援護します」
「は、はい。分かりましたわ」
アウローラには腑に落ちないことがいくつかあったが、ひとまず納得してうなずいた。
ルーナが言うのだから、戦術に間違いはないのだろう。
問題は、その「奇襲」を自分がうまくやれるかだ。
アウローラは再びごくりと唾を飲み、聖剣の柄に手をかけてぎゅっと握る。
大丈夫、聖剣が力を貸してくれる。
怖気づくな、前に出て最善を尽くせ。
「それじゃあルーナ様──聖剣使いアウローラ、出ますわ」
「はい。私もすぐに追いかけます」
そう言ったルーナが、懐からこっそりと怪しい小瓶を取り出していたことに、アウローラは気付くことができなかった。
アウローラは意を決して、茂みから飛び出していく。
その先でアウローラが見たものは──
「えっ……?」
「あらあらまあまあ。よく来てくれたわねぇ、かわいらしい『聖剣使い』さん?」
「……まんまと釣られた。……ちょろい」
ルーナが言ったとおりに、少し開けた戦いに適した場所というのは、確かにあった。
だがそこに小屋などはなく、二つの人影が待ち受けていた。
一人は鞭を手にした女性で、もう一人は短剣を携えた小柄な少女。
短剣の少女のほうには、アウローラは見覚えがあった。
聖剣を手に入れたあのときの、恐怖の殺戮者。
アウローラは驚き、自身の背後にいるはずの聖騎士ルーナに向けて叫ぶ。
「──ルーナ様、待ち伏せですわ! こちらの行動が、敵にバレていますの!」
仲間に対する警告のつもりだった。
だがアウローラのすぐ背後に来ていた聖騎士ルーナは──
「いいえ、これでいいのですよ、聖剣使いアウローラ。……んっ」
「んむっ……!?」
怪しい小瓶の中身を自らの口に含むと、聖剣使いの動きを封じるように素早く抱きついて、その湿った唇をアウローラの唇に重ねてきた。
アウローラは謎の液体を、無理やりに飲み込まされる。
甘ったるくて花の香りがする、甘美な液体。
アウローラは慌てて、ルーナを振りほどく。
その際、ルーナが身に着けていたマフラーがはらりと落ちた。
「けほっ、けほっ……! ル、ルーナ様、何を……!?」
「ふふっ……。まだ気付きませんか、聖剣使いアウローラ。いかに聖剣から力を与えられていようとも、そう迂闊では人々は守れませんよ」
「な、何を言っていますの……ルーナ様……!?」
「もっとも、人々を守る聖騎士であることよりも、『鞭使い』イェソド様のメス奴隷になるほうを選んだ私に言えたことではありませんが」
銀髪ショートカットのクールビューティーは、アウローラの前でそう言って、自身の聖騎士衣装の下半身の布地をまくり上げてみせる。
それを目の当たりにして、顔を真っ赤にするアウローラ。
そして、マフラーが剥がれて露わになったルーナの首には、銀の首輪が嵌まっていた。
奴隷の象徴のような首輪。
「なっ……ルーナ、様……これはいったい、何が……!?」
「あらあらまあまあ。ずいぶんと鈍いんですねぇ、聖剣使いのお嬢さんは」
背後の鞭を手にした女性から声が上がり、慌ててそちらを向いて聖剣を構えるアウローラ。
だがそこで、鞭使いの女性の隣にいた短剣使いの少女が、ぴくりと何かに反応した。
短剣使いの少女は、鞭使いの女性に伝える。
「……イェソド、ネズミがいる。……今、逃げていった」
「あら、ネズミ……? 聖騎士団に勘付かれたのかしら」
「……分からない。……でも、私が気付くのが遅れるぐらい隠密行動が得意なやつだから、聖騎士や普通の兵士ではないはず。……私が追いかけて、仕留めてくる?」
「そうねぇ、お願いしようかしら。聖剣使いちゃんに薬を飲ませるのも成功したし、こっちはきっと大丈夫だもの」
「……承知。……できるだけすぐに戻ってくる」
そう言うと、短剣使いの少女は風のような速度で駆け出した。
アウローラの横手を抜けて、山を駆け下りていこうとする。
「ま、待ちなさ──えっ……!?」
アウローラは混乱しながらも、短剣使いの少女を制止しようとする。
だがその聖剣使いの少女を、背後からもう一人の聖騎士が羽交い絞めにした。
「ダメですよ、聖騎士アウローラ。あなたはここでたっぷりと、イェソド様に調教してもらうんです」
「ル、ルーナ様……!? 放してくださいルーナ様! どうしてしまったんですの!?」
そう言いながらも、アウローラもさすがに、この段に至れば気付いていた。
聖騎士ルーナが、自分を陥れたのだということに。
だからアウローラは、ルーナによる羽交い絞めを振りほどこうとした。
ルーナも実力ある聖騎士だが、聖剣から力を与えられているアウローラには、それが可能なはずだった。
だが──
「えっ……?」
力がまったく入らなかった。
アウローラの全身を思いがけない感覚が駆け巡り、聖剣使いの少女の体と心を蝕んでいく。
少女の膝はがくがくと震え、ルーナに羽交い絞めで支えられていなければ、立っているのも危ういほどだ。
そして──
そんなアウローラへと、鞭を手にした女性がにこやかに歩み寄ってくる。
「あらあらまあまあ、ようやく効いてきたみたいですね~。──さて、アウローラちゃんだったかしらぁ? さっそく調教を始めましょうか~」





