化かし合い
聖王国第二の都市、都市フェオラーノ。
乗合馬車が到着したのは、暗雲立ち込める雨空の下だった。
セラフィーナの雨傘の魔法によって守られながら、俺たちは聖騎士団の駐屯地へと向かう。
やがて駐屯地にたどり着き、支部長室へ。
そこでは聖騎士の制服を身に着けた、一人の美女が待っていた。
銀髪をショートカットにした、二十代中頃ぐらいの女性だ。
パッと見で凛とした印象を受ける。
首には赤いマフラーを巻いている。
暖炉で温められている屋内では珍しいが、彼女一流のファッションだろうか。
女性は微笑むこともなく、淡々とした様子で語り掛けてくる。
「よく来てくれました、『聖剣使い』の聖騎士アウローラ。この駐屯地の支部長を務める聖騎士ルーナです」
「せ、聖騎士アウローラですわ! お会いできて光栄です、ルーナ様!」
ぺこっと大きく頭を下げるアウローラ。
聖剣使いの聖騎士は、ガチガチに緊張していた。
聖騎士ルーナは、女性の聖騎士の模範として、アウローラにとっては憧れの存在らしい。
その様子を見て、聖騎士ルーナは硬い表情を少しだけ崩してわずかに微笑む。
「こちらが救援をお願いしてお呼びだてしたのに、そんなに畏まられても困りますよ。──ところで、あなたがたは?」
聖騎士ルーナが、俺たちのほうを見てくる。
その瞳には、わずかに警戒の色が見えた。
俺は彼女の前まで歩み寄って、手を差し出す。
「俺はダグラス、旅の冒険者をしている。あっちの三人は俺の仲間だ。俺たちは今、わけあってアウローラの手伝いをしている。よろしく頼む」
「……そうですか。聖騎士のルーナです」
ルーナは少し考える仕草を見せてから、そう返してきた。
だが俺と握手はせず、すぐにこう付け加える。
「失礼ですが今回の任務、並みの冒険者が太刀打ちできるものではありません。私が救援を要請したのは『聖剣使い』の聖騎士アウローラです。どうかお引き取りを」
どうやら歓迎されていない雰囲気だった。
五十もの兵を失ったばかりとなれば、猫の手も借りたいところだろうに。
俺は少し腑に落ちないものを感じながら、ルーナに言葉を返す。
「いや、こっちもこの通り、並みの冒険者じゃないから安心してくれ」
俺は首から下げた金の冒険者証を見せてやる。
ルーナの目が、驚きに見開かれる。
「Aランク冒険者……!? ……まずい、それでは……」
「まずい……? 何がだ?」
「い、いえ、何でもありません。確かにAランク冒険者であれば、並みの冒険者とは言えませんね……」
そう言ってルーナは、また考え込むような仕草を見せる。
どうも様子が妙だ。
何かを隠しているような気配がある。
(いったい何を隠している……?)
俺はこれまでに得ている情報を、頭の中で整理してみる。
目の前にいる聖騎士ルーナは、「鞭使い」と交戦し、部隊が全滅してただ一人逃げ帰ってきたという。
部隊が全滅したのに、指揮官である聖騎士ルーナだけが逃げ延びたという点には、わずかに違和感を覚える。
一方、“竜神器十将”の棍使いネツァフからの情報によれば、「鞭使い」はロンバルディアの【奴隷化】と似た能力を使うとのことだ。
それはつまり──
(──そういうことか)
俺の中で、ぴたりと符号が一致した。
だが──だとしたら目的は何だ?
聖騎士ルーナが「聖剣使い」アウローラに救援要請を出した目的は──
となると……どうなる?
今ここで、すぐさま潰しにいっていいものなのかどうか。
「あの……ルーナ様もおじさまも、どうなさいましたの? 二人とも黙り込んで」
後ろでアウローラが首を傾げている。
聖騎士ルーナが、慌てて取り繕う。
「い、いえ、なんでもありません。少し考え事をしていました」
「俺もだ。すまない、聖騎士ルーナ。話を続けてくれ」
「分かりました。ではあらためて、状況の説明をします」
ここはひとまず泳がせよう。
俺はそう決めていた。
おそらくこちらのほうが、向こうよりも情報の枚数が一枚上手だ。
互いに腹芸をするなら、こちらが有利のはず。
面白くないのは、“竜神器十将”に「暗躍」を続けられることだ。
敵が棍使いネツァフみたいな脳筋で、おそろしく単純な動きをしてくれるならいいのだが、そうでなければ──
何とかして向こうの尻尾を掴む必要がある。
となれば、ここは向こうの出方をまず見るべきだろう。
俺は聖騎士ルーナの説明に耳を傾けることにする。
ルーナはそんな俺の思惑には気付かない様子で、説明を続けていく。
「私が率いたおよそ五十人からなる部隊が、おそるべき『鞭使い』との交戦で全滅した旨は、書状ですでにお伝えした通りです。ですがその犠牲により、私は敵の本拠地を見つけ出すことに成功しました。敵はそのことに気付いていないはずです。今こそ邪悪な殺戮者を討伐するとき──『聖剣使い』の聖騎士アウローラ、あなたの力が必要なのです」
ルーナはそう言って、アウローラに視線を向ける。
一応だが、ルーナの語るストーリーの筋は通っているようだ。
細部を突っ込めばボロは出るかもしれないが、それはしないほうがいいだろう。
一方でアウローラは、聖剣を手に宣誓する。
「分かりましたわ、ルーナ様。──この聖騎士アウローラ、聖剣の力をもって邪悪な殺戮者の討伐を成し遂げてみせますわ!」
まっすぐな瞳の聖騎士の少女。
この純粋まっすぐな娘に腹芸をさせても高確率でボロが出るだろうし、ここはそのまま踊っておいてもらったほうがいいだろう。
ルーナはアウローラにうなずくと、次に俺のほうを向いてこう伝えてくる。
「ぼ、冒険者ダグラス。あなたには、その……別の任務に就いていただきます。たくさんの兵たちが失われ、このフェオラーノの駐屯地も防衛の手が足りていないのです」
聖騎士ルーナは、嘘があまり上手ではないようだ。
声が少し震え、上擦っている。
一度は断っておかないと不自然だろうか?
いや、おそらくは大丈夫だろうな。
俺はルーナに問い返す。
「その『鞭使い』を討伐するには、アウローラだけで大丈夫なのか?」
「え、えっと……だ、大丈夫です。一度交戦したので、向こうの戦力は私が把握しています。私と『聖剣使い』アウローラの二人で、問題なく討伐できるはずです」
「分かった。じゃあその『別の任務』の内容を教えてくれ」
「「「えっ……?」」」
うちの嫁たちから、驚きの声が聞こえてくる。
まあ俺のこれまでの言動を見ていたら、ここで折れるのは疑問に思うよな。
一方で聖騎士ルーナは、あからさまにホッとした様子で、「別の任務」の内容を伝えてくる。
「分かりました。えぇっと、ですね……ここから西に半日ほど向かった先に、テルニという村があるのですが──」
俺は聖騎士ルーナが口から出任せにでっち上げているのであろう「偽の任務」の内容を、適当に聞き流していく。
敵の目的は、まず間違いなく「聖剣使い」アウローラそのものだろう。
目的のための最大障害を排除しようと思ったのか、あるいは──
いずれにせよ、これは敵の仕掛けに違いない。
アウローラは「鞭使い」討伐の任務を装って、何らかの罠に嵌められるはずだ。
だがAランク冒険者である俺が隣にいては、敵が仕掛けてこなくなる可能性が高い。
そうなれば、敵の居場所は闇の中のままだ。
それでは困る。
ならばアウローラには悪いが、彼女には釣り餌になってもらうのが最善だろう。
陰で暗躍する「鞭使い」を、一本釣りで釣りあげて、叩く。
(──さぁて、狐と狸の化かし合いだ)
俺は一人、口角を上げてニヤリと笑っていた。





