頑張りすぎ
「悪いな、血をかぶらせちまって。ギリギリだったんで、ああするしかなかった。立てるか?」
俺が手を差し出すと、少女は呆然とした様子でその手を取った。
「は、はい、ですわ……。ありがとうございます……」
ショートカットの金髪と、青い瞳を持った少女で、年の頃はうちの嫁たちと同じぐらいか。
今は血まみれの姿だが、洗い流せば相当の美人だろうと思う。
純白の鎧と、白を基調としたデザインのサーコートを身に着けている。
聖騎士というやつだろうか。
聖王国では、他国の騎士に相当する地位の者を、そう呼ぶのだと聞いたことがある。
少女が手にした剣は、意匠が凝らされた立派なバスタードソードだ。
どこかロンバルディアと似た雰囲気を感じる。
俺は手を引いて、少女を立ち上がらせてやったが──
「痛たっ……!」
腹部の負傷が響いたようだ。
少女は苦しげに身をかがませる。
「おっと悪い、大丈夫か? 待ってろ、すぐに治療させる。──セラフィーナ。この子の怪我を治してやってほしいんだが」
「はい、ダグラス様。今行きます」
俺の呼びかけを受けて、こちらに向かってきていたセラフィーナが、ぱたぱたと駆け寄ってくる。
ミィナとエレンも一緒に駆けてきた。
だが負傷した少女は、俺に向かって気怠げに首を横に振る。
「い、いえ、大丈夫ですわ……。傷はすぐに、治りますから……」
「治る……?」
見れば少女の脇腹の負傷した部分が、淡い輝きを帯びていた。
これは──
「【治癒能力】……!? お前さんまさか、竜神器十将か?」
「竜神器十将、ですの……?」
少女はぼんやりとした様子で首を傾げた。
おっと、違うのか。
少女は俺に、自らの剣を差し出して見せてくる。
その様子はどこか苦しげだ。
「この剣の、力ですわ……。この聖剣を……手にしたときから、私は……うっ……」
少女は眩暈を起こしたように、ふらりと倒れ込んできた。
俺はそれを、慌てて抱きとめる。
「おい、本当に大丈夫か」
「あっ……ご、ごめんなさい……ちょっと、疲れているだけですの……ここのところ、討伐任務続きで……」
少女は申し訳なさそうに俺から離れようとするが、またふらついて倒れかかってしまう。
俺は再び抱きとめて、少女の額に手を当てる。
かなり熱い。
「すごい熱じゃねぇか。こんな状態で戦ってたのかよ」
「ははっ……やっぱり、そうですの……おかしいですわね……街の神殿で、病気治療の魔法をかけてもらって、風邪は治りましたのに……」
すると、俺のもとまで到着してやり取りを聞いていたセラフィーナが、後ろから口を挟んでくる。
「神聖魔法の病気治療を使えば、たしかに病を癒すことはできます。でも患者の体力そのものが弱っていたら、またすぐに病気にかかってしまうだけです。そういうときは、数日はしっかり休んで体力回復に努めないとダメですよ」
だがそれを聞いた少女は、面倒そうに首を横に振る。
「そういうわけにも、いきませんわ……。私は聖騎士……この身を賭してでも、人々を守らないと……」
「何言ってんだ。それでお前自身が死んじまったら、元も子もねぇだろうが。──なあセラフィーナ、何かこいつを強制的に休ませる魔法とかないか?」
「体力回復に最適な安眠魔法ならあります。でもその前に、血を洗い流してあげたいですね」
「だ、ダメですわ、そんなの……私はすぐに、街に戻って……次の任務に、備えないと……」
なおも無理をしようとする聖騎士の少女。
俺はため息をついて、こう伝えた。
「それこそダメだ。──いいか、俺はお前の命の恩人だ。俺が助けなければお前さんは今頃命を落としていた、そうだな? だから今だけでもいい、命の恩人である俺の言うことを聞け。いいな」
「…………はい」
少女は俺の腕の中でしゅんとして、ようやくおとなしくなった。
「よし。いい子だ」
俺は安心させようと、少女の頭を優しくなでてやる。
すると少女は一度びくっと震えてから、恥ずかしそうに身を縮め、俺の胸に顔を埋めたのだった。
***
村人の多くは、トロールの襲撃を受けて住居の中に隠れていたらしい。
被害はあったようだが、村の機能はおおむねすぐに回復した。
俺は村で宿をとって、少女を休ませた。
風呂で血を洗い流し、ベッドに寝かせると、セラフィーナの安眠魔法でぐっすりだ。
すぅすぅと穏やかに寝息をたてる少女の姿を見て、俺は嫁たちと顔を見合わせ、互いに苦笑する。
「やれやれ、手間のかかる娘だな」
「まったくにゃ。でも命を助けた上にここまでしてあげるなんて、ダグラスも大したお人好しにゃ」
「そりゃあダグラスだもん。ねー?」
「ダグラス様がお優しいのは、今に始まったことではありませんから」
ミィナ、エレン、セラフィーナが、思い思いに俺に抱きついてくる。
俺は一人ずつ頭をなで、優しく抱きしめていく。
それから少女のためにとった部屋を出て、自分たちの部屋へと向かいつつ、嫁たちに向かって内心を伝える。
「なんか昔の自分を見ているみたいでな。放っとけなくてよ」
「にゃ……? ダグラスも、昔は騎士だったにゃ?」
「そうじゃねぇんだが……冒険者って仕事を、正義の味方みたいに思っていた時期があったんだよ。村を襲うゴブリンを退治して、オークを退治して、邪悪なモンスターから人々を守る縁の下の力持ちってな。だから俺が頑張って頑張って、一人でも多くの人を救わないと──そんなつもりで、あの娘みたいに頑張りすぎた時期があった。……大した実力も持ってなかったってのにな」
俺は自分で言っていて恥ずかしくなって、ぽりぽりと頬をかく。
そんな俺の姿を見て、三人の嫁は互いに顔を見合わせ、みんな嬉しそうに笑った。
自分たちの部屋に到着する。
ベッドが四台ある、広めの四人部屋だ。
部屋に入ると、俺たちは各々、それぞれのベッドに向かう──
かと思いきや、嫁たちは三人とも俺にべったりだった。
俺がベッドによっこいせと腰を掛けると、右隣にミィナ、左隣にセラフィーナが座って、それぞれひっそりと身を寄せてくる。
またエレンに至っては、ベッドの上に乗って、俺の背後から抱きついてきた。
エレンは嬉しそうな声で、俺にこう伝えてくる。
「なんか分かるな、ダグラスが昔は正義の味方だったっていうの。──でもさ、それなら今は考えを変えたってこと? 今もだいぶ正義の味方な気はするけど」
少女のやわらかな腕や胸の感触、それに体温や甘い匂いが伝わってきて、いつものことながらドキドキする。
だが俺は夫の貫禄を守るため、努めて平静を装って返事をする。
「そうか……? ……まあ昔も今も、俺は正義の味方なんかじゃねぇな。そもそも正義の味方が、こんな風に日々スケベなことばっかり考えるかよ。こんな欲望は昔からあった。昔から俺は、わりとどうしようもない男だ」
「ですが、ダグラス様……正義の味方がエッチなことをしてはいけないという決まりも、ないと思いますよ……?」
今度はセラフィーナが俺の前面に回り込み、その腕で俺の頭を抱き寄せてきた。
布地越しの豊かな胸がふよんと押し当てられる。
とても気持ちがいいし、いい匂いがした。
さらに──
「同感にゃ。ダグラスはまあまあ正義の味方にゃ。でもまあまあどうしようもなくて、まあまあだらしない男でもあるかもにゃ。だけどミィナは、そんなダグラスのことが大好きにゃよ」
ミィナは俺の膝の上に、猫のようにごろにゃんと寝そべってくる。
俺が髪をなでてやると、「にゃあっ」と気持ちよさそうに鳴いた。
そうして──
「ボクもダグラスのこと、大好きだよ」
「私も、いつも愛しております、ダグラス様♪」
「ダグラス、大好きにゃ」
三人から徹底的に愛されて、俺はあっという間に幸福の絶頂へと昇らされていった。
なお俺も、それはこっちのセリフだ、お前たちのことがいつも好きで好きでたまらないと言いたかったのだが。
セラフィーナがさらにぎゅーっと俺の顔を抱きしめてきて、その立派な胸に顔が埋まっていたせいで、情けなくふがふが言うだけに終わってしまったのだった。





