聖王国と聖剣使い
書籍化報告です!
本作が『斧使いのおっさん冒険者イチャエロハーレム英雄譚』(予定)として書籍化いたします!
ファミ通文庫様から5月末に発売予定、イラストは蔓木鋼音先生です!
よろしくお願いします。m(_ _)m
冬にしては暖かい、ある日のこと。
俺は嫁たちとともに、夕焼け空の下の街道を歩いていた。
「にゃあダグラス。そろそろ次の国が見えてくる頃かにゃ?」
獣人の少女ミィナは、俺の右手と手をつないでおり。
「野宿をするのも疲れてきたし、宿のベッドとお風呂と温かい料理が恋しいよね~」
剣士のエレンは、俺の斜め前方を奔放にぷらぷらと歩いている。
「先ほどあった道標によれば、聖王国ディヴァルディ領内の最初の村が、もう少しで見えてくるはず。もうひと踏ん張りです──そうですよね、ダグラス様?」
賢者にして王女のセラフィーナは、俺の左腕に寄り添うように抱きついており。
『我も化身姿で、風呂には浸かりたいものじゃ。やれやれ、この聖斧ロンバルディアともあろうものが、すっかり人間の文化と快楽に嵌まってしまったものよ』
聖斧ロンバルディアは、斧の姿で俺の肩に担がれている。
「ああ、村まではもう少しのはずだ。できれば今日は、ゆっくりと宿で休みたいもんだな」
嫁たちの中心にいるのは俺、冒険者ダグラス。
四十歳のしがないおっさん冒険者だが、最高にかわいい嫁たちになぜかべた惚れされ慕われているという、夢のような日常に置かれている世界一の幸せ者である。
そんな俺と嫁たちは、他愛もない話をしながら、次なる国へと向かって旅路を進めている最中だった。
次なる目的地は、聖王国ディヴァルディ。
献身と正義をつかさどる神、至高神ミリシアへの信仰が厚い国だ。
この聖王国の事実上の最高権力者は、ミリシア教会の教皇だという話である。
しかも現在の教皇は、かつて聖女と崇められた人物らしく、国民からの信も厚いのだとか。
国王もいるにはいるが、ほとんどお飾りのようなものらしい。
俺はこの聖王国に来るのは初めてだし、嫁たちもみんなそうだと言う。
さて、国教の教義が厳格すぎて、スケベなことをできる場所がどこにもない──なんてことがなければいいのだが。
「あ、ダグラス! 村が見えてきたにゃ!」
そのとき、ミィナが前方を指さす。
獣人の少女が指さした先を見ると、緩やかな丘を下った先に、青々とした小麦畑が広がる集落が姿を現していた。
だが──
「あれ……? ねぇダグラス、何か様子がおかしくない? 村に人の姿が見えないような……」
エレンが首をかしげる。
たしかに、まだそれほど遅い時間でもないのに、村には出歩いている人の姿がほとんど見当たらなかった。
さらに──
「見てくださいダグラス様! あそこ、誰かが戦っています!」
セラフィーナが慌てた声で、俺に訴えかけてくる。
彼女が指さす先を見れば、村の中の一角に、戦闘らしき光景がたしかに見受けられた。
戦っているのは、剣を手にした一人の少女と、三体のモンスターのようだ。
ここからでは詳細はよく分からないが、モンスターは巨大な人型で、一体一体が少女の倍近くもの背丈がある。
「あれは……トロールか?」
俺はつぶやく。
遠目で見た特徴からは、三体の怪物はいずれもトロールという種類のモンスターに見えた。
だが、だとしたらヤバい。
相当の手練れでも、一対一で勝つのは難しい相手だ。
まして一対三の多勢に無勢で戦うなど、常人であれば正気の沙汰ではない。
もっとも、対する少女のほうもとんでもない実力者のようで、人間離れした敏捷性と身のこなしで、おそるべきモンスターの群れを相手にどうにか立ち回っているようにも見える。
だが、それにしても──
「どういう状況か分からないが、あれはまずいな。俺が手助けをしてくる。セラフィーナ、援護を頼む」
「はい、ダグラス様! 猛き勇者に、さらなる俊敏さを与えよ──ヘイスト!」
俺がタイミングを見計らって駆け出すと、一拍遅れてセラフィーナの魔法の効果が俺に与えられた。
短時間だが敏捷性を大幅強化する魔法だ。
俺はさらに──
「──【神速】!」
ロンバルディアのスキルも使って、追加の加速をかける。
俺は急降下する猛禽類のごとき豪速で、村へと続く緩やかな丘を駆け下りていった。
***
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」
聖騎士アウローラは、三体の巨大モンスターを前に聖剣を構え、荒く息をついていた。
モンスターたちはそんなアウローラを取り囲むように、じわじわと包囲網を狭めてくる。
「あ、はは……まったく……こんなか弱い乙女一人に、殿方が三人がかりで襲い掛かろうなんて……恥ずかしくは、ありませんの……?」
言葉が通じないのは分かっていながら、聖騎士アウローラはそんな軽口をたたく。
だが少女の顔に、余裕はない。
顔は赤く、呼吸も苦しげで、額や首筋には脂汗がだらだらとにじんでいた。
対するモンスターのほうは、少女を追い詰めたとばかりに、じりじりとアウローラに迫ってくる。
獣のごとき知性しか持たないモンスターだが、その顔はニタニタと笑っているようにも見えた。
モンスターは、トロールと呼ばれる種類のものだ。
いつも背中を丸めて歩いているが、直立すれば体長三メートルほどにもなる大型の人型モンスターで、肌の色はおぞましい緑色。
地面につきそうなほどの長い腕から伸びる鋭い爪と、肉食獣のごとき鋭い牙、その巨体から繰り出される剛腕が武器であるが──このモンスターの最大の特長は、もっと別のところにある。
アウローラは、近くの地面でビチビチと跳ねる「腕」へと、ちらりと視線を向ける。
それは彼女が先ほど切り落とした、一体のトロールの片腕だ。
だが当のトロールの腕は、すでに二本とも健在だ。
切り落としてからしばらくたつと、また「生えて」きたのだ。
異常なまでの生命力と、再生能力の高さ。
それこそが、トロールというモンスターの真髄だ。
冒険者ギルドが定めたモンスターランクは「C」。
その格付けは、一般冒険者が十人がかりでトロール一体を取り囲んでも、犠牲者なしには討伐が敵わないほどの相手であることを意味している。
しかもそのトロールが、三体だ。
たとえ正規の聖騎士であれ、それをたった一人で相手にするなどは、通常では到底考えられないことだ。
だがそれでも、普段のアウローラならば勝てるはずの相手だったのだ。
聖騎士アウローラが手にする聖剣の力は、それほどに圧倒的。
だというのに、誤算がもう一つ。
(迂闊でしたわ……まさか体調が、ここまで悪化するなんて……)
アウローラはぼーっとする頭の中で、そんなことをつぶやく。
単なる過労であり、少々重篤なだけの普通の風邪だろう。
少しでも多くの人々を守ろうと、この一ヶ月間、無理をしすぎた──それだけのこと。
だが強敵との戦闘の場面において、高熱にうなされ、今にも倒れそうな状態で戦わなければならないことは、何を意味するのか。
「──シギャアアアアアッ!」
「くっ……!」
ついにトロールたちが襲い掛かってくる。
アウローラは働かない頭を頼らずに、半ば本能だけで体を動かし、剣を振るう。
一体のトロールが振るう腕を回避し、聖剣でその両脚を一撃で斬り飛ばした。
太ももから寸断されたトロールは、上半身が地面にどちゃりと落下し、斬り飛ばされた両脚は地面に転がってびくびくと動く。
だが同時に、別のトロールが振るった爪による攻撃が、アウローラの胴を捉えていた。
「あっ……」
少女の体は軽々と吹き飛ばされ、地面を転がった。
アウローラが身に着けていた聖騎士の鎧は容易く引き裂かれ、彼女の脇腹を裂傷が襲っていた。
致命傷ではないが、浅くもないという傷。
血が衣服へとにじみ出し、腹部を襲う鈍い痛みが聖騎士の少女を苛む。
(あれ……? 私、ここで死ぬのかな……)
よろよろと立ち上がったアウローラの目の前で繰り広げられる、スローモーションのような光景。
二体のおぞましい巨体が、アウローラに掴みかかろうと襲い掛かってくる。
無理だ。
両方を回避しきることは不可能。
アウローラは半ば無意識に聖剣を振るう。
袈裟懸けの斬撃は、襲い掛かってきた二体のトロールのうち一体の腕を飛ばし、さらに胸部を深くえぐった。
そのトロールは悲鳴をあげて吹き飛び、地面に転がったが──
「あぐぅっ……!」
もう一体のトロールに体を掴まれ、少女は為すすべもなく地面に押し倒された。
しかも──
「なっ……!? 腕で這いずってきたんですの……!?」
先ほど両脚を切り落としたトロールの上半身が、その両手で押し倒されたアウローラの両足首を掴んできた。
ダメだ。
これでは逃げられない。
一方、アウローラの上半身を抑え込んだトロールは、そのおぞましい顔をにたぁっと歪ませる。
そして少女の頭部をかみ砕こうと、唾液滴る口をぐぱっと開き──
そのとき、目の前のトロールの首から上が、飛んだ。
「えっ……?」
アウローラの口から、疑問の声がこぼれる。
頭部を失ったトロールの首から、ぶしゅううううっと血が噴き出し、アウローラに向かって降り注ぐ。
だがその巨体を、何者かがつかみ、アウローラの体から引きはがした。
「ったく、とんでもねぇ生命力だな。首を飛ばしても死なねぇのかよ」
三メートルにも及ぶ巨体を片手で無造作に掴み、ゆうゆうと地面に放り捨てたのは、輝かしい斧を手にした一人の男だった。
男はさらに斧を振るい、重傷を負った三体のトロールを丹念に屠っていく。
ほとんど肉塊というレベルまで丁寧に潰して回れば、さすがのトロールもその生命力のすべてを失い、やがて三体とも活動を停止した。
「ふぅ、やれやれだ。──っと、悪いな、血をかぶらせちまって。ギリギリだったんで、ああするしかなかった。立てるか?」
男はアウローラに向かって、手を差し伸べてくる。
大きくて武骨な手。
「は、はい、ですわ……。ありがとうございます……」
アウローラはなぜ自分が助かったのか皆目見当もつかないまま、差し出された男の手に、自らの手を重ねたのだった。





