庇護欲
翌朝。
昨日助けた少女の様子を見るため、部屋の扉の前まで行ってノックをする。
扉の向こう側からは、こんな声が聞こえてきた。
「は、はいっ! ちょ、ちょっと待ってくださいですの。今、着替えているところですわ」
「お、すまん。様子を見にきたんだが、どんな具合だ?」
「おかげさまで、だいぶよくなりましたの。今、開けますわね」
しばらく中でドタバタと音がしてから、やがて部屋の扉が開く。
扉の向こうに現れたのは、だいぶ顔色が良くなった少女の姿だった。
少女は俺の姿を見るなり、ぺこっと勢いよく頭を下げる。
「このたびは、本当にありが──っとと」
そうしたらまた、ふらついて俺のほうに倒れ込んできた。
俺はそれを、昨日と同じように抱きとめる。
「あのなぁ……。無理はするなって言ったよな?」
「ううっ……す、すみません、またご迷惑をおかけして……。おかしいですわね……こんなはずは……」
「迷惑とかはいい。今は自分の体調を第一に考えろ。いいな」
「はい……」
小動物のようにしゅんとして、身を小さくする少女。
その姿がかわいらしくて、俺は腕の中に収まった少女の頭をよしよしとなでる。
と、そこまでやってから、俺ははたと気付く。
またつい頭なでなでをやってしまった。
俺は慌てて少女を解放する。
「っと、悪い。初対面の女性相手にやることじゃなかったな。そういや昨日もやっちまってたよな。どうも癖で、かわいいなと思うとやっちまう」
「い、いえ……。むしろ嬉しい気持ちになるというか、何というか……」
少女は頬を赤らめて、もじもじとしていた。
俺の後ろについてきていた嫁たちのうち、エレンが「ははーん?」と思わせぶりな言葉を発する。
一方でセラフィーナは、少女に向かってこう忠告する。
「ダメですよ。安眠魔法を使ったって、一晩で回復するわけじゃないんですから。少なくとも三日間は安静にしていてください」
「で、ですけど、それはさすがに……。私はこの国の人々を守る聖騎士ですわ。私がこうして安穏としている間にも、命の危険にさらされている人々がいるかもしれないんですの!」
少女はそう言って、俺に懇願するような目を向けてくる。
俺は一つ、ため息をついた。
「名前をまだ聞いていなかったな。俺はダグラス、旅の冒険者だ」
「あっ……し、失礼を。私はアウローラ・マルリアーニ。聖騎士ですわ」
「分かった。──で、アウローラ。この国には、お前さん以外の騎士はいないのか? 騎士以外にも兵士だっているだろう。国の治安維持や防衛はお前さん一人の仕事じゃない。違うか?」
俺がそう問うと、アウローラは視線を逸らし、その手で自分の衣服の胸のあたりをぎゅっと掴む。
「そ、それはそうですけど……。でも今は、国内全土で防衛の人手が足りていないという話ですの。大量虐殺事件とか、街の兵舎襲撃事件とか、国内各地でいろいろと問題が起こっていると聞きますし……それに……」
「それに?」
そう聞き返すと、アウローラは自らの剣を差し出して、俺に見せてくる。
「それに私は、こうして聖剣の力を与えられた、選ばれた人間なんですの。だから私が頑張らないと。力を与えられた私には、それなりの責任がある──そう思うんですの」
少女は真摯な瞳とともに、俺に向かってそう言ってきた。
……困ったなこれは。
アウローラの言うことにも、一理はあるようだが──
それはさておき、ひとつ気になることがある。
「アウローラ。お前さんのその剣も、知性を持っていたり、人の姿になれたりするのか?」
「……? 知性とか人の姿って、この聖剣がですの……?」
首を傾げるアウローラ。
どうも俺の話の意味がよく分かっていないようだ。
ということは、アウローラが持っている聖剣とやらは、知性ある剣であったり、化身の姿を持っていたりはしないのだろう。
「ロンバルディアとはまた違うんだな。──なあロンバルディア、この剣のことは何か分かるか?」
『さてのぅ……。ただ鍛冶神ディルムンドが鍛えた武器が我だけということはなかろうから、姉妹品があってもおかしくはないのではないか? あとディルムンドが我のことを、自らの最高傑作と呼んではしゃいでおったのは覚えておる』
「なるほどな。となると──」
アウローラが持っている聖剣は、ロンバルディアの姉妹品として神が作ったものだが、ロンバルディアほどの力は持っていない──といったあたりか。
俺がそんなことを考えていると、アウローラがおずおずと聞いてくる。
「あ、あの、ダグラスさん。誰とお話ししていますの……?」
「ああ。これはな──ロンバルディア、見せてやってくれ」
『ほいきた、わが主よ』
俺が要求すると、聖斧ロンバルディアは光り輝いてその姿を変える。
褐色肌で小柄な、メイド服姿の少女がその場に姿を現した。
少女の姿になったロンバルディアが寄り添ってくるので、俺はそれを軽く抱き寄せる。
それを見たアウローラは、呆然とした様子だ。
「え……? 斧が、女の子に……変わった……?」
「おう。こいつは聖斧ロンバルディア。俺の相棒だ」
「そこな剣もそれなりの力を持っておるようじゃが──ま、我ほどではなかろ」
「ってわけで、神に選ばれたのか何だか分からんが、力を与えられているのはお前さんだけじゃないってことだ。あまり気張りすぎるな」
「は、はぁ……」
アウローラは依然、何かに化かされたという様子でぽかんとしていた。
俺はそんな少女の頭に手を置いて、よしよしとなでる。
また頬を染めて、うつむいてしまうアウローラ。
さて──
俺の気持ちは現在、この頑張りすぎるぐらい頑張り屋の聖騎士の少女を、一時だけでも助けてやりたいという方向に傾いていた。
体調を崩したまま、なおも頑張って戦い続ける彼女を放っていくのは、どうにも忍びない。
根本的には、彼女自身が考えを変えないと解決しない案件だろう。
だがそれは彼女自身が考えるべき問題で、俺がどうこう考えを押し付けるものじゃない。
俺が決めていいのは、俺の行動だけだ。
俺は嫁たち──ミィナ、エレン、セラフィーナのほうを見る。
俺の視線を受けた三人は、みんな笑顔でうなずいた。
それを確認した俺は、アウローラにこう伝える。
「分かった。お前さんがどうしても無理をやめられないっていうなら、俺にも考えがある。せめてお前さんの体力が回復するまで、手伝わせてもらうぞ。──アウローラ、俺はお前のことが心配だ」
「えっ……?」
俺の言葉に驚いたのか、アウローラは呆けたように俺を見つめてくる。
「手伝うって……何をですの……?」
「アウローラの任務をだよ。お前さんがちゃんと元気になるまでは見届けたい」
「え……でも、どうして……」
アウローラはわけが分からないという様子だ。
確かに一介の旅の冒険者が、依頼があったでもなくその国の騎士に協力して国防を担うというのは、普通に考えればおかしな話かもしれない。
だが──
「どうしてって、それは今言っただろ。アウローラ、お前のことが心配だからだ。こうして出会ったばかりだが、俺はお前さんのことが気になってしょうがないんだよ」
俺はそう言って、再びアウローラの頭をなでた。
少女は「ふみゅっ」と鳴いて、それを心地よさそうに受け入れる。
今の俺は「冒険者」というよりも、「自由人」とでも呼んだほうが適切かもしれない。
金は十分にあるのだから、仕事に縛られる必要もない。
俺がやりたいからやる。
理由はそれだけで十分だ。
「ううっ……そ、それは……ありがとうございますですの……。でも、申し訳ないですわ……」
「そう思うんなら、しっかり休んで、少しでも早く元気になってくれ」
「わ、分かりましたわ……。でも街の駐屯地に戻って、指示を仰がないと。私の独断で勝手をやっては、聖騎士団全体に迷惑がかかってしまいますわ」
つくづく義務感の強い娘だ。
自分の身を粉にしてでも人々を守ろうという心掛けは立派だが、立派すぎるのも考えものだな。
「分かったよ。じゃあ街に行って駐屯地で指示を仰ぐ。それに俺たちも同行させてもらう。それでいいか?」
俺たちは部外者だが、アウローラの命を救ったと言えば無碍にはできないだろう。
そもそもこんな状態の娘を働かせ続けるなど、騎士団そのものにも問題がありそうだ。
団員の命を救った者として、一言文句ぐらいは言ってやりたい。
「は、はい……。でも、本当に何から何まで……いいのかな……」
「いいんだ。アウローラ、お前さんはちっとは自分を甘やかせ。『救うべき人々』の中に、ちゃんと自分も入れておけよ。あとお前さんを幸せにできるのは、お前さん自身だけだからな。何より自分を大事にしてやれ」
「自分を……大事に……」
アウローラは呆けたように、そうつぶやいていた。





