エピローグ
夜もだいぶ更けた頃。
俺たちは王都へと帰還した。
クロエを連れて王国騎士団の詰所へと向かうと、その敷地内の庭では大捕物が決着したあとの様子を目撃することになった。
「えぇい、私を誰だと思っている! 大臣のアウグストだぞ! こんなことをして、どうなるのか分かっているんだろうな! 貴様ら全員不敬罪だぞ!」
兵士たちに取り押さえられながら暴れていたのは、竜神教徒として犯罪幇助をしていたと思しき人物、大臣のアウグストだった。
それを呆れた様子で見ているのは、騎士団長のカルロスだ。
「アウグスト、お前には国家転覆を企んでいた疑いがある。申し開きがあるなら、明日に国王陛下の前で訴えるがいい。もっとも、お前の屋敷を家宅捜索した結果、すでに決定的な証拠がいくつも出てきているがな」
「おのれカルロス、貴様も私を見下すのか……! ──ふんっ、まあいい。貴様らはこれで勝ったつもりかもしれんが、最後に勝つのはこの私だ。私は絶対的な強者の庇護の傘の下にあるのだからな。くくくっ、貴様らがほえ面をかく姿が、今から楽しみだ!」
「絶対的な強者──それは竜人族のことか?」
「ああそうだ! 竜神器を手にしたあの方々は、一人で五十の兵──いや、百の兵にも勝る力を持つのだ。あの方々が本気になれば、こんな人間の国などすぐに瓦解して血の海に染まるだろう。この世の支配者たるべき竜族を称えぬ愚か者どもめ、後悔するがいい!」
「そうか。確かに、単身で百の兵に匹敵するような戦力に暗躍されれば、国防は至難だろうな。その点はアウグスト、お前の言うとおりかもしれん。だが──」
そう言って騎士団長カルロスは、ちらりと俺のほうを見てきた。
なんだ、気付いていたか。
カルロスは取り押さえられたアウグストに向かって、こう伝える。
「そいつらが絶対的な強者だというお前の認識は、どうやら間違っているようだ」
「なんだと……?」
「人間の中には少なくとも一人、それを凌駕しうる男がいるらしい」
そう言ってカルロスは、今度はしっかりと俺のほうに視線を向ける。
アウグストもそれにつられ、俺のほうを見た。
そして驚愕に目を見開く。
「なっ……く、クロエが、なぜここに……!? 事が終われば私の好きにしていいと、コクマー様はそうおっしゃっていたはずなのに……!?」
俺の背には今、ぐったりとして意識を失った騎士クロエが担がれている。
アウグストが驚いたのは、それを見たからだろう。
俺はアウグストを無視して、騎士団長カルロスに声をかける。
「よう、カルロス。約束どおりにクロエは救い出してきたぜ。だが半日ほど嬲られていたらしくて、かなり消耗している。どこかでしっかりと休ませてやりたいんだが」
「ふっ……。ダグラス殿、貴殿はおそるべき偉業を果たしたというのに、それを喧伝しないばかりか偉ぶることもせず、ただ一人の騎士の心配をするのだな。まったくもって大した男だ。──詰所の建物内に医務室がある。ひとまずそこのベッドに寝かせよう」
「分かった、案内してくれ。あと世辞はよしてくれ。むず痒い」
「世辞ではなく、本心からの称賛と驚嘆なのだがな」
そうして俺はカルロスの案内で、クロエを背負って詰所の建物へと向かっていく。
だがそこで、背後から声が掛かった。
「お、おい……! 冒険者、貴様──コクマー様とマルクト様はどうしたのだ!? なぜ貴様がクロエとともに無事に帰還してくる!? そんなはずはないだろう!」
無視していた大臣アウグストだ。
数人の兵士に取り押さえられて暴れながら、俺に向かって怒鳴りつけてくる。
俺は振り向いて、答えてやる。
「なぜってそりゃあ、俺たちのほうが強かったからだ。ほかに理由は必要ないだろ?」
「そ、そんな……バカな……」
アウグストは絶望した顔で、がくりと膝をついた。
──なお後に聞いた話によると、大臣アウグストは国家転覆罪によって、極刑に処されたとのことである。
***
そして翌日。
俺は王城に呼ばれて、国王から表彰と感謝の言葉、それに十分な額の謝礼金を受け取った。
なぜそうなったかと言えば、騎士団長カルロスと騎士クロエの口から、俺の為したことがどれだけ偉大なことであったのかが、とくとくと語られたらしい。
冒険者ダグラス一行の活躍がなければこの国の防衛戦力はガタガタになり、ひいては国が滅びていた可能性まであると騎士団長の口から語られれば、国王や重鎮たちは喧騒に包まれるしかなかったという。
表彰は王城の庭を解放し、王都の民を集めて大々的に行われた。
まず近頃起こっていた王都での殺人事件や、近隣の村の住人が消失してアンデッドの群れが現れた事件に関して、古の時代に姿を消した竜人族と呼ばれる者たちが犯人であることが語られた。
また彼らの所業により、勇敢な騎士や兵士が多数命を落としたことも説明された。
次いで、それらの説明によって不安に駆られた民衆の前で、ウェントワース王国から来たAランク冒険者ダグラスとその一行の活躍が語られた。
この森林王国ラクリースを襲っていた邪悪で強大な力を持つ竜人族たちは、冒険者ダグラス一行の手で見事打ち倒されたと、そう謳われた。
それを聞いた住民たちは熱狂し、王城のバルコニーに立つ、天使のごとき美少女たちを連れた一人のおっさん冒険者の名を叫んで讃えた。
──ダグラス! ダグラス! ダグラス!
──冒険者ダグラス、万歳!
──救国の英雄ダグラス、万歳!
まったく、ノリのいい住民たちである。
きっと明日になれば、こんな騒動のことは忘れているだろう──多分。おそらく。そうであってくれ。
そして俺がこの国を発つことを伝えると、王都の住民たちは市門の前に集まって、俺たちを見送ってきた
王都の住民たちの代表として俺の前に立つのは、騎士の少女クロエだ。
一晩休んで体力を回復した彼女は、旅立とうとする俺の前に立って、笑顔で手を差し出してくる。
「本当にありがとうございます、ダグラスさん。あなたからは、どれだけ感謝を尽くしても足りないほどの恩を受けてしまいました。もう、どうお礼を言っていいかも分からないほどです」
俺はそんなクロエの手を取って、しっかりと握手をする。
クロエの手は普段剣を握っているにも関わらず、やわらかくて女性的だ。
「気にしなくていいさ。通りがかったついでにやったことだし、俺がやりたくてやったことでもある。謝礼もしっかりもらったし、そんなに感謝をされても持て余すよ」
「ふふっ、そうですか。──ダグラスさん、あなたは太陽のような人です。その偉大な力の片鱗を、その恩恵を、惜しみなく私たちに分け与えてくれる。それなのに、偉ぶることもなくて──」
そう言ってクロエは、頬を赤く染め、もじもじとする。
それから──
クロエは思い切った仕草で「えいっ」と言って、俺に抱きついてきた。
「なっ……!? お、おい、クロエ……!?」
「……えへへっ、やっちゃいました」
クロエは戸惑う俺の耳元で、どこか高揚したような声で囁いてくる。
その光景を見ていた王都の民衆からは、「おおーっ!」と歓声が上がっていた。
一方で俺の背後からは、
「うわーっ、クロエってば大胆」
「でもあれ、放っといていいにゃ?」
「ええ。偉大なダグラス様に恋焦がれる気持ちは分かります。見守りましょう」
などという嫁たちの声が聞こえてきた。
そしてクロエはというと、こう付け加える。
「ダグラスさん、あなたはこの国を救った英雄で──そして何より、私の英雄です。大好きです。ですから今だけ……少しだけでも、こうしていていいですか……?」
「……ああ」
俺はクロエを抱き寄せて、その頭を優しくなでた。
クロエは俺の胸に顔をうずめて、さらにぎゅっと俺に抱きついてきた。
そんな時間が、どれだけ続いたのか。
すごく短い時間だったのか、長い時間だったのかも判然としなかったが──やがて俺とクロエは、互いに身を離した。
それからクロエは、頬を真っ赤に染めた顔で、俺に笑顔を向けてくる。
「それではダグラスさん、お気をつけて。よければいずれまた、この国に寄ってください。いつでも歓迎します」
「ああ、クロエも達者でな」
俺はクロエに別れを告げる。
そしてエレン、ミィナ、セラフィーナの三人とともに街道を歩み、新たな旅路を進んでいく。
「いやー、それにしてもクロエ、頑張ったよね。もっと引っ込み思案なタイプだと思ったんだけどなぁ」
「オーレリアといいクロエといい、うちの旦那は各地に通い妻を作っていくにゃあ。……それとも、通われ妻にゃ?」
「クロエさんは、祖国を守る騎士であり続ける道を選んだのでしょうね。それもまた彼女の選択です。それはそれとして──」
そんなことを言いながら、三人の嫁たちは俺にひしっと抱きついてきた。
右腕にエレン、左腕にセラフィーナ、ミィナに至ってはおんぶ状態だ。
……女の子の甘い匂いとやわらかさと体温と幸福感とで、飽和しそうなんだが。
俺は照れ隠し交じりに言う。
「あのな、お前ら。さすがに歩きづらいんだが」
「だってー。クロエといちゃいちゃしてるの見てたら、ボクたちだって抱きつきたくなるじゃん」
「そうですよ、ダグラス様。私たちにももっと甘えさせてください。……というのは、さすがにダグラス様の優しさに甘えすぎでしょうか?」
「ごめんにゃ、ダグラス。今はミィナも、エレンやセラフィーナを止めようとする気が起きないにゃ。温かいダグラスの体温と匂いを、ずっと感じていたいにゃ」
「……まあ、いいけどな。飽きたら適当に離れてくれ」
「「「はぁーい」」」
相変わらず異常な日常だ。
なんで俺はこんな超絶美少女な嫁たちに抱きつかれて、離れるように要求しているのか、我ながら意味が分からない。
とまあ、そんなこんなのやり取りをしながら街道を進んでいくと──
やがて、「待ち合わせの場所」にたどり着く。
街からだいぶ離れたひと気のない街道で、二人の竜人族の少女が、街道脇にある木の幹に寄りかかって待っていた。
“竜神器十将”弓使いのビナーと、槍使いのマルクト。
あの戦いの後、セラフィーナの魔法を使って二人と短い連絡を取り、ここで待ち合わせるように言っておいたのだ。
俺がその場に現れたのを見て、マルクトは怯えるようにビナーの後ろに隠れる。
ビナーはそれに苦笑しつつ、俺に声をかけてくる。
「こんにちは、ダグラスさん。呼ばれたので来てみましたけど、いったい何でしょう? やっぱり私たちのことを奴隷として、意のままに隷属させる気にでもなりました? ……もっとも、私たちはあなたの命を奪おうとしたんです。それはそれで、私たちが文句を言える筋合いではないですけど……」
そう言ってビナーは、少し浮かない顔をする。
マルクトはビナーの後ろで、怯えつつも威嚇するような目で俺を見ていた。
俺は苦笑しつつ──
「違うよ。ほれ」
竜人族の少女たちに向かって、「あるもの」を投げ渡した。
それは魔法の布袋から取り出した、二着の衣装だ。
「えっ……? わわっ……!」
慌ててそれを受け取るビナーとマルクト。
ビナーは腕の中に収まった衣装を見て、ゆっくりと目を見開いた。
「これは……! ダグラスさん、どうして……!?」
「せっかく出会った証として、記念に渡しておこうと思ってな。で、わざわざ呼び出したのは、これを渡したかったってだけだ。──それじゃ、今度こそお別れだ。いつか機会があったら、また会おうぜ」
俺はそう言って、嫁たちとともに、竜人族の少女たちの横を通り過ぎていく。
ビナーは瞳に涙をため、その赤い布と白いモコモコでできた衣装をぎゅっと抱きしめた。
マルクトも首を傾げつつ、それでもその衣装は自分のものだというように嬉しそうに抱いていた。
そうして竜人族の少女たちとも別れた俺たちは、あらためて旅路を歩んでいく。
今日も見事な青い空と白い雲。
やや寒い空気でも、ぽかぽかの陽射しが照らしていれば、それなりに暖かいものだった。





