人間と竜人族
俺が理性を取り戻したとき、目の前に横たわる半竜半人姿の少女マルクトは、大変なことになっていた
「ふぁああああっ……僕……もう、おかひくなりゅ……」
そううわ言のようにつぶやくマルクトの姿は、見るも無残である。
何がどうとは言わないが、とてもひどい。
無論、その凄惨な事件の犯人はほかでもない、俺なのだが。
「……あー、やっちまった。そうだよな、マルクトにも手を出しちまうよなそりゃあ」
俺はつぶやきつつ、バリバリと頭をかいた。
俺の中に、このクソガキをぐちゃぐちゃにして泣かせてやりたいという気持ちがあったのは事実だ。
そんな俺が理性を失って欲望が増幅したら、こうなるに決まっている。
だがこう言ってしまうのもなんだが、これはこれで都合がいいとも言える。
現にこうなったなら、この状況を利用させてもらうことにしよう。
「ロンバルディア、【奴隷化】だ。……って、そうか」
俺は相棒に声をかけようとして、自分の手に聖斧ロンバルディアがないことに気付く。
化身姿になったロンバルディアもまた、近くの地面にぐったりと横たわっていた。
ロンバルディアは億劫そうに上半身だけを起こし、俺に訴えてくる。
「ううっ……わが主よ、ようやく戻ってきたか……と、それはいいんじゃが、ちっと休ませてくれんか……我も【鬼神化】で暴走したおぬしの相手でくたくたなんじゃ」
「悪い悪い。落ち着いてからでいい」
「そう願いたいぞ。……はぁあああっ、また我をこんなにしおって。わが主は本当にケダモノじゃのぅ」
褐色肌の全裸少女は、そう言って再び地面にくたっと横たわる。
周囲を見れば、ミィナ、エレン、セラフィーナの三人も、同じような状態で力尽きて倒れていた。
「にゃあああっ……だ、ダグラスが戻ってきたにゃ……」
「ふぇぇっ……今回もハードだったぁ……」
「ううっ……。ダグラス様ぁ……ぐすっ……よかったぁ……」
相変わらず、うちの嫁たちには迷惑かけっぱなしである。
正直申し訳ない。
そんなわけで、しばらく時間を置いて、ロンバルディアの体力が回復するのを待つ。
しかる後に、俺はロンバルディアの力を使って、マルクトに【奴隷化】を仕掛けた。
ビナーの時と同じようにあれな光景が繰り広げられたあと、その少女の首には【奴隷化】のしるしとして、金の首輪が嵌まっていた。
「はぁっ……はぁっ……ご、ご主人様……僕に、何をしたんですか……?」
マルクトは俺に、そう聞いてくる。
俺に対する態度が変だ。
【鬼神化】によって理性を失っている間のぼんやりとした記憶によれば、マルクトは途中から俺のことをご主人様呼びしていたように思う。
彼女の中で何があったのか知らないが、俺に対してはすっかり従順になってしまったようだ。
俺はそんな竜人族の少女の疑問に答える。
「スキル【奴隷化】だ。お前は今後、俺の命令には絶対服従の奴隷になった」
「ふぇっ……? ぼ、僕が、ご主人様の奴隷に……? やっぱり、その……メス奴隷ですか……?」
「あ、いや、そこまでではないんだが」
何かを期待するような、あるいはねだるような目で俺を見てくるマルクト。
うぅむ、どうしてこうなった。
俺はひとまず、マルクトに専守防衛以外での殺人や人を傷つけることを禁じるなど、いくつかの「命令」を与えた。
命令内容は、ビナーよりも手厚くだ。
やむを得ず人を殺していたビナーとは違って、こいつには相当しっかりと縛りをかけておかないと危険だ。
と、そこに──
森の奥から、当の弓使いの少女が現れる。
「どうやら全部が終わったみたいですね。……でも何だったんですかあれ。ダグラスさんがまるで別人のようでしたけど」
騎士クロエに肩を貸しながら現れたビナー。
これまでどこかに隠れていたのだろう。
その姿を見たエレンが叫ぶ。
「あーっ、ビナーずるい! 今までどこに隠れてたんだよ!」
「ず、ずるくないですよ! 私は関係ないじゃないですか!」
「ちぇっ、ビナーのケチ! 手伝ってくれたっていいじゃん」
「ケチって何ですか! よくないですよ! 怖いですよ! 全員ダグラスさんにめちゃくちゃにされてたじゃないですか!」
よく分からない言い争いを始める二人である。
全部俺が原因だから、何も言えねぇ……。
一方で命令を受け終えたマルクトはというと、つぶらな瞳で俺を見上げ、こんなことを聞いてくる。
「あの、ご主人様……? 命令は分かったけど……ご主人様、僕のことメス奴隷として飼ってくれないんですか……?」
今にもくぅーんと鳴きそうな勢いで、捨てられる仔犬のような眼差しで俺を見つめてくる竜人族の少女。
だからどうしてこうなった。
まいったな、これは……。
俺が困って頭を掻いていると、セラフィーナが俺に笑顔を向けてくる。
「本人が望んでいるんです。ダグラス様さえよろしければ、飼ってあげればよいのではないでしょうか?」
「いや、飼うってお前な」
さらにミィナやエレンも口を出してくる。
「そうにゃね。戦力にもなるし、ダグラスさえよければ連れていくのはありだとミィナも思うにゃ」
「うーん、でもスタメンにボクっ娘が二人になるのはどうだろう。ボクの地位が脅かされるような気も」
ミィナも乗り気で、一方のエレンは腕を組んでよく分からないことをつぶやいていた。
まあ、そのあたりのことはあとで時間をかけて考えるか。
それよりも──
「とにかく、今日はもう帰ろうぜ。疲れたし、風呂も浴びないとな」
「「「はぁーい」」」
嫁たちが元気に返事をする。
一方でビナーは、俺にクロエを引き渡しつつ、こんなことを言ってきた。
「私はやることがありますので、ここで。──マルクトちゃん、立てる?」
「あ、ああ。……でも何だよ、ビナー?」
「行こう?」
ビナーがマルクトに指し示したのは、森の奥──
俺がもう一人の竜人族を打ち倒した、その場所だった。
あっちはマルクトと違って、命は残っていない。
【鬼神化】状態の俺は、そんな細かな機微は持ち合わせていなかった。
そもそも、あのグールの群れ。
あれは俺たちが立ち寄った村の人々が「材料」であろうという話だ。
そんなことを俺が考える一方で、マルクトはハッとして、神妙な顔になった。
「……そっか、そうだな。──ご主人様、ごめんなさい。僕やっぱり、ご主人様に飼われたらダメだ。ビナーと一緒に行きます。……そう言ったら、たくさん折檻される?」
「しねぇよ。お前らが今後人間に危害を加えないなら、俺からそれ以上にどうこうは言わない。本当は敵同士じゃなく会いたかったよ。じゃあな」
俺はそう言って、二人と別れた。
人間と竜人族。
互いに相争う運命にあるのなら、命の奪い合いになるのは必定だ。
だが必要最低限、人類にとって大きな危害となる要素は排除した。
それで十分だ。
そうして敵対する竜人族どもを打ち倒し、人質となっていた騎士クロエを救出した俺は、嫁たちとともに街へと帰還したのだった。





