少女たち
「放せ! 放せっつってんだろこのブスども!」
「はいはい。キミは負けたんだから静かにしてようね、マルクトちゃん」
神装姿のエレンがそう言って、槍使いマルクトをロープでぐるぐる巻きに縛って拘束していく。
夜闇に篝火が焚かれた、森の中の広場。
エレンのほかミィナ、セラフィーナが、拘束された槍使いマルクトを囲むように立っていた。
三人の戦乙女のごとき衣装は、今やあちこちがボロボロに切り裂かれたり、破かれたりしている。
負傷そのものは、セラフィーナの治癒魔法によってすでに癒されている。
だが彼女らのその姿は、槍使いマルクトやグールの群れとの戦いがいかに激しかったかを、如実に物語っていた。
エレンがそんな自分たちの姿を見て、ふと感想を漏らす。
「それにしても、結構やられたよね。マルクトちゃん強いんだもんなぁ。この姿になったボクたちが三人がかりで苦戦するとか、大したもんだよ」
「グールたちも地味に厄介だったにゃ。麻痺毒がある爪はずるいにゃよ」
「まったくです。おかげで私も、ほとんど治癒魔法だけで手一杯でしたからね」
三人の少女たちは、思い思いの感想を口にする。
ミィナ、エレン、セラフィーナの三人と、槍使いマルクトおよびグールの群れとの戦いは、前者が勝利する結果となった。
最初は押されていたのだが、ダグラスからスキル【重圧】による援護が入り、そこで形勢が一気に逆転。
今やグールはすべて倒され、槍使いマルクトも打ち倒されて拘束される形となっていた。
だが芋虫のようにロープでぐるぐる巻きにされたマルクトは、くくくっと笑う。
「まあいいよ。どうせお前たちは、あのクソ人間のおっさんともども、全員がコクマーに食われる運命にあるんだ。今のうちにせいぜい勝った気でいるんだな!」
負け惜しみのようにそう言うマルクトだが──
その前にエレンがしゃがみ込み、拘束された少女の頭をよしよしとなでる。
「なっ、何すんだよ、このバカ女!」
「んふふっ、いざ捕まえてみると、その必死に反抗する態度がかわいいなーと思って。──でもボクたちがあのお爺ちゃんに食われるって、それはないと思うなぁ」
「は……? な、なんでだよ! あの【竜化】したコクマーの姿が見えねぇのかよ!?」
「もちろん見えるよ。でもさ──」
エレンはそう言って、彼女らがいる広場から少し離れた森の中、樹上に頭を出して暴れているドラゴンの姿を見上げる。
そのドラゴンの姿は、彼女らが以前にエルフの里近く、滝の裏の洞窟で戦ったグリーンドラゴンと比べると、まるで子供のようなサイズだった。
もちろんそれは、あのとき戦ったグリーンドラゴンが古竜という伝説級の魔獣であったからであり、比較する対象がおかしいだけなのだが。
だとしても──
エレンの言葉を継いだのは、ミィナとセラフィーナだった。
「見た感じ、あのサイズに見合った強さってだけみたいだしにゃあ」
「そうですね。私たちも『あれ』を覚悟しておく必要はあるでしょうが──少なくとも、ダグラス様が負けることはないでしょうね」
そう言って、落ち着き払った様子を見せる三人の戦乙女。
一方でわけが分からないという様子なのは、芋虫状態の少女だ。
「はあっ……!? お前らバカじゃないのか!? あのおっさんは確かにムカつくぐらい強いけど、でも【竜化】したコクマーは壮竜にも匹敵する強さなんだぞ!? それでもあのおっさんが勝つってのか!?」
「うん、勝つよ」
エレンはそう断言する。
それを聞いたマルクトは、言葉を失って口をパクパクとさせる。
だがそのあとに、エレンは一言を付け加えた。
「ただね──ボクたちは別のことを心配しなきゃいけない。ボクたちが頑張って、ダグラスを止めなきゃいけないんだ」
「あのおっさんを、止める……? ど、どういう意味だよ」
「ふふっ、すぐに分かるよ。あとマルクトちゃん、そのときにはキミにも『獲物』になってもらうよ。ずいぶん悪事を働いたんだ。そのぐらいの報いは受けてもいいよね?」
「だ、だから何言ってんだよ!? 何の話だか分かんねぇよ……!」
マルクトはそう言いながらも、真に迫る様子の三人の少女たちを見て、怯えた表情を見せていた。
そのとき──
ドラゴンから断末魔の咆哮があがり、その巨体が木々をメキメキとへし折りながら倒れていった。
地響きが鳴り、やがてあたりが静まり返る。
「ん、終わったみたいにゃね」
「そうですね。となれば、私たちもいよいよ覚悟を決めないといけませんか」
「う、嘘だろ……!? 【竜化】を使ったコクマーが……やられたのか……!? ──ていうか、何なんだよその『覚悟』って!?」
そう芋虫状態で怯えるマルクト。
エレンがその耳元に近づいて、ささやきかける。
「──ダグラスにどこまでも乱暴にされる覚悟、だよ」
それを聞いたマルクトは、ぽかんと呆けたようになった。
だがすぐに我を取り戻し、頬をさっと赤らめる。
「はぁっ……!? な、何を言って……」
「ふふっ、心配しなくても大丈夫だよマルクトちゃん。キミは自分のことを『S』だと思っているかもしれないけど、ボクの見立てでは本当は立派な『ドM』さんだ」
「な……何を言ってんだよお前ら……おかしいよ……。──そ、そうか! お前ら僕を脅してるんだろ? ハハッ、バーカ! そんなのに僕が引っかかると──」
そこまで言ったとき、マルクトがびくっと震えた。
ガタガタと歯を震わせながら、竜人族の少女がその身を転がして後ろを見ると──
「──おう、いたいた。さあ女ども、俺の前に並べ。全員まとめて食ってやるからよぉ」
森の奥から、斧使いのたくましい男が現れる。
男の全身からはおそろしいまでの闘気が立ち昇り、その闘気がマルクトに怖気を与えていた。
「なっ……あ、あれ……誰だよ……あんなの……全然別人じゃないか……」
ガタガタと震えが止まらないマルクト。
彼女が王都の夜道で最初に会ったときとも、先ほどまでコクマーと戦っていたときとも、まるで違う。
マルクトは直観する。
仮に拘束されていなかったとしても、あいつには確実に食われる。
逃げても追いつかれる。
竜人の槍の力で立ち向かっても、まるで敵わずに力でねじ伏せられるだろう。
しかもまとっている雰囲気からして、さっきまでとは全然違う。
あの人間のおっさんは、もっと甘くて優しくて、敵であり殺戮者でもあるマルクトのことさえも理解しようとするような大甘野郎だったはずだ。
それが──何だあれは。
女を自らの欲望のはけ口にすることを当然のように言う、あの言い草。
それにあの、暴力と欲望の権化のような表情。
ダメだ、あれは。
少しでも逆らったら、どこまでも酷い目に遭わされるに違いない──
そうして怯えるマルクトに、剣士の少女が再びささやきかける。
「別人じゃないよ。あれがあのダグラスっていうオスの本性なんだ。普段は理性とか優しさとかで覆われていて見えにくいけどね。──さあ、マルクトちゃん。ボクたちと一緒に、あの欲望の獣にめちゃくちゃにされようか」
「い、嫌だ……何言ってんだよお前ら……バカなのかよ……逃げようよ……散らばって逃げたら、何人かは助かるかも……」
「だーめ。そうしたら近くの集落の人たちが襲われちゃう。ああなるまでダグラスを追い詰めたのはキミたちなんだから、責任はとってよね。ボクたちも手伝うからさ」
そう言って剣士の少女は、芋虫状態のマルクトを両腕でよっこらせっと抱えると、斧使いの男の前まで歩み出る。
「ダグラス、今日はこの子から食べちゃったら? すっごく生意気でおいしそうだよ」
「そんな、待ってよ……ごめんなさい……僕……僕が悪かったから……許して……」
泣いて懇願する竜人族の少女マルクト。
だがそんなマルクトの願いもむなしく、剣士の少女は芋虫少女を、斧使いの男の前の地面に下ろして自身は数歩後退する。
斧使いの男はニィと笑った。
「ああ、そうするか。このクソ生意気なメスガキは、一度分からせてやる必要があると思っていたんだ」
「あ……あっ、あ……待って……助けてください……お願いします……」
「あぁん? ずいぶん元気がなくなっちまったなぁ。あの反抗的な態度はどうした? ──まあいい。どっち道、答えはノーだ。お前はこれから、俺にたっぷりと食われるんだよ!」
斧使いの男は、マルクトを拘束していたロープを腕力だけで引きちぎると、竜人族の少女に容赦なく襲い掛かるのだった。





