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1964年、春。
ざわつく教室。
黒板には、目前まで来た夏季休暇を前に、今期最後の試験結果が張り出されていた。
「うっわ、グース!お前、また狙撃演習1位かよ!」
黒板前に群がる士官候補生達の中、頭一つひょろりとはみ出たノッポのアランが叫ぶ。
「相変わらずだなぁ。狙撃についちゃ敵ナシだよなぁ」
そうして更に背伸びをして、ぎゅっと目を凝らし、ああ、と、また続けて叫ぶ。
「ていうか、お前、戦略演習Bも2位じゃん!?」
「語学は壊滅してるけど」
横で精一杯背伸びをして、何とか自分の各教科成績を確認したグースは、ウウムと眉を寄せた。
科目によってムラがあるのは自覚していたが、今回は特に顕著だ。
「俺は可もなく不可もなしだなぁ」
横のアランは確かにその通り。大きく抜きんでた科目もないが、そのかわり、大きくへこんだ科目もない。
人込みから頭ひとつ抜けて目立っている体躯とは、対照的な成績だった。
「お!グースハウザー!狙撃首位おめでとさん!」
「つか、お前、語学はやばいな!なんだあれ!?」
通りすがりに別の同期達が囃し立てていくのに、それぞれ軽く手を振ったり睨んだりとグースが対応していると。
「おう、どけよ」
すぐ近くで横柄な声。同時に、アランの横にいた生徒が、誰かに押されたようによろけた。
「ひぇ、ブラッディ……!」
「ちょ、詰めるなよ、いたい」
アランが後ずさり、その襟足の高さに顔のあるグースは、固い毛質のそれに顔を突かれて呻いた。
「わ、わるい、でも、ほら、ブラッディ・ギャスパーが……」
「それにしてもビビり過ぎ。チキン」
「ええ!?」
言い訳をバッサリと切り捨てるグースに、ワタワタとアランは何か反論しかける。
ところが。
ガシャン、と。
唐突に響いた乱暴な音に、ざわついていたその場は、水を打ったようにシンと静まり返った。
「……気に入らねぇな、畜生……」
ポツリ、と呟いたギャスパーは、蹴り倒した机をそのままに、のしのしと廊下に出て行った。
人込みは、ギャスパーが歩く方向だけサッと、モーセの海が如く開く。
のしのしという足音が廊下に出て、そして、完全に聞こえなくなるまで遠ざかってから。
「こっわ……」
アランが一言漏らすのとほぼ同時に、教室にはざわめきが戻って来た。
「なんだったんだ、あれ……?」
「アラン、ちょっと肩かりる」
「え?……あ、いたい!ちょ、いたいです!いたい、グースさん!?」
びくびくとしたままギャスパーが出て行った廊下の方を見詰めるアランを支えに、グースは今度こそ限界まで爪先立ちして再度黒板の成績表を確認する。
「いたいいたい!襟足!襟足抑えてる!ぬける!はげちゃう!はげちゃうよぉ!」
「なるほど」
アランの悲鳴を聞き流して、グースは納得するとその肩を放した。
「いたかった……」
「近接戦闘A、ギャスパーは2位だ」
ホッとするアランに、成績表から得た情報を伝える。
「ルイが1位」
「あ、そういうこと!?」
途端に、アランは納得したらしかった。
「今期は、ギャスパーが負けたわけね」
士官学校において、実技における花形は、まず狙撃だ。
銃火器を扱う戦闘というのは、一般的にも華々しいイメージであるし、狙撃手となれば映画や小説の中でも重要な描かれ方をしたりと目立つポジションにある。
士官候補生達の関心を引くのは当然と言えば当然だった。
そして、その狙撃科目で不動の首位王者と言えば、グースハウザー・ラインス。
これもう、回りが嫉妬やら対抗心やら燃やすのも馬鹿らしくなるくらいに飛び抜けていたから、生徒はもちろん、教官達でさえ、この科目については成績を付ける前からだいたい1位は確定だろうと、いつもさして心配や、ある意味で関心もない。
しかし、もう一つの花形。
近接戦闘Aは、少々、特殊だった。
剣術や銃剣術、その他にボクシングなど。諸々の技術科目はあるが、それらを全てひっくるめた総合格闘技のような、まさに〝近接戦闘〟の科目である。
この科目の首位は、常に2人の人物の間で動いていた。
即ち、ブラッディ・ギャスパーことギャスパー・ラッセルと、ルイ・バーグの2名である。
狂暴で好戦的なギャスパーに、斜に構えた皮肉屋のルイ。
教官達の間では、よりにもよって問題児2人が首位争いという、前代未聞の事態と言われている争いである。
「前回はギャスパーだったのにな」
アランは肩を竦めて、当のギャスパーが蹴倒した机をチラリと見た。
「ギャスパーはこの前の訓練でやり過ぎたんだろ。バズの腕の骨、折れてたらしい」
グースはヒラリと、教室の隅に立つバズの方を示す。
右腕の痛々しいギプスを見て、ひええ、とアランが情けない声を上げた。
「バズ……お気の毒に……。俺、絶対にギャスパーとは訓練したくない……」
「俺も嫌だね。片腕だと照準合わせにくいし」
「え、グースさん、片腕で狙撃演習出る気なの……?」
アランは何とも言い難い顔で振り向いたけれど、グースは振り向かずに教室を見回していた。
ギャスパーが不機嫌だったのは、おそらく首位の座をルイに明け渡したせいだ。
ならば逆に、ルイの方は上機嫌だろうと、その当人の姿を探していたのだけれど。
「あれ、そういや、ルイいないな」
アランも、グースと同時に気付いたらしかった。
「前回はさ、成績なんか知らねぇ、とか言いつつ、めっちゃ悔しそうに鬼の形相だったじゃん?だから、今回は大喜びでドヤしてると思ったんだけど」
「うん。俺もそう思う」
ドヤ顔のルイに、仕方ないから今夜はこっそり取っておいたクッキー缶でも開けて振舞ってやろうかと思っていたグースは、軽く小首を傾げる。
「でも、いないね……」
教室のどこにも、その姿はなかった。
「この時間に張り出されるのは知ってるよな、あいつ」
「うん。さっき会った時は、見に行くって張り切ってたんだけど」
どうしたんだろうと、教室をもう一度見回す。
「入れ違いだったのかなぁ?」
のんびりと呟くアランの言葉にも一理あると思いつつ。
「……ちょっとその辺、探して来るよ」
何となく胸騒ぎがして、グースは教室を足早に出た。
「え。おーい!」
取り残されたアランは、一瞬キョトンとしたけれど。
「うわぁあぁぁああ!?赤点が3つもあるぅぅううううう!」
背後で悲鳴を上げる〝食い意地のスタローン〟こと、小太りのマーク・スタローンに気付き、ニマニマ、からかいに行くことにした。




