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神には届かない  作者: 空野
ウェルロッドの憂鬱
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21

 

 静かな夜だった。

 木々の間を風が抜けていく音も、どこか遠い世界の出来事のようだった。


 10年以上も、愛していて。


 けれど、その想いは、結局、彼を救いはしなかったのだ。


 そろそろ、潮時なのだと思った。

 そもそも、あの夜に、本当はそうすべきだったのかもしれない。

 きっと、この想いは、彼を救わない。


 特別であることを幸福と感じてしまうこの想いは、いつも、本当に大切な叫びを封じてしまう。


 10年以上も想い続けて、辿り着いた結論。



『俺は、お前の〝右腕〟になるよ』



 それ以上なんて幻想は、もう、やめよう。



 夜明けの数時間前。西の空は真っ暗。

 木々の影下から見上げるそこには、チカチカと、金色の小さな星屑が瞬いている。


 けれど、東の空には薄らと青が差していた。

 今日が始まる気配がする。


 ふぅ、と長い息を吐きながら煙草をくわえた。

 士官学校の頃から愛飲している、さして旨いとも思わない安っぽい煙の味を、ジッポで火を付けて、ぼんやりと吸い込む。


 黒と紫の中間をした薄闇の中に、細い細い白い筋が漂った。


「すくえねぇなぁ」


 ぽつりと。知らず知らず。呟いた。


 くしゅん、と。

 離れたところで夜番の誰かがくしゃみをする。

 けれど、まだぼんやりと曇る薄闇が、その姿を隠してしまっていた。

 かわりに、きっとその誰かが灯しているのだろう黄色い灯りだけが、靄のように霞みながら少し先に浮かんでいる。


 夜でもない、朝でもない狭間の時間。

 清浄な空気が辺りを覆う、秋の闇の中。

 ふぅ、と呼吸した。


「……ほんとうに、すくえねぇ」


 煙草の端は、蛍のように明滅を繰り返している。

 瞬いて、瞬くたびに、灰になっていく。


 音もなく。

 じわりと落ちて消えていく灰の最期は、いったい誰が送ってくれるのだろう。


 闇の中、ひとりだった。

 はてしなく穏やかで、はてしなく物寂しいひとりだった。



 すきだったよ。



 闇の中、声に出さずに呟いた。



 すきだったよ。

 だいすきだったよ。

 この世の何よりも。比べようもなく。

 ずっと、きみだけが、すべてだったんだ。



 けれど、それは、今日にはなくなる。

 この清浄な秋の闇が晴れたら。

 音もない灰の葬列が過ぎ去ったら。

 東の地平から、今日が、始まったら。


 全部、しまってしまうから。


 捨ててしまうには、あまりに大きくて大切過ぎるけれど。

 それなら、もう二度と、取り出せない場所にしまってしまうから。


 だから、あと一瞬でも、長い間。

 闇よ続け、煙よ登れ、今日の手前で、微睡ませて。



 あいしてるよ。



 あと一回だけ、そう、声もないまま、呟かせて。



 君の幸せを、ずっと、ずっと、祈っているから。


次回投稿予定:明日13時

『ペッパーボックスの黎明』

→この『ペッパーボックス』で完結します。

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