PM13:12
「でさぁ、その元米兵の主人公は、戦地での悲惨な経験がトラウマ化してるわけよ」
金色の落葉が絨毯になった雑木林の中をザワザワと騒がせながら、ルイは来月公開の映画について語る。その頭上、金色の屋根の隙間からは、高く高く、落ちてきそうに鮮烈に青く、空が覗いていた。
「監督は、さっき見た映画と同じ人なんだけど、原作は結構有名な作家の書いた小説でさ、その原作ってのが、またリアルで怖いんだわ」
金と青の境界で両手を広げ、綱渡りでもするように秋の道を歩いて。
「戦地での経験がフラッシュバックして、パニックになってさ、最愛の奥さん殺しかけちゃったりするわけよ」
「……それって、ホラーってこと?」
グースはボンヤリ、ヤジロベエのように広げられたルイの両腕を視線でなぞりつつ、応答した。
「ホラーって言うか、サイコサスペンス?」
ルイはクルリと振り返る。そして、そんな後ろ向きの体勢のまま、また、ザワザワと歩き続けた。
「一応、主人公が連続殺人事件を追うって形式。でも、その過程で、主人公のトラウマが鍵になるんだよ」
「やけに詳しいな」
グースはゆっくり、ルイの3歩後を行く。ザワザワと、グースの足元も、騒がしい。
「原作読んでんだよ」
少し得意げなルイに、思わず笑った。
「へぇ、意外。グラビアと音楽系の雑誌しか見ないと思ってた」
「なんとでも言えよ」
からかいに、ルイは開き直ったようにフンと鼻を鳴らす。
「それで原作のファンだから、映画見たいってこと?また来月、一緒に行こうってわけか?」
ごく当然に、グースがそう言葉を繋げると。
「あー……うん、これは、見なくてもいいや」
ルイは、取って来た予告宣伝用の映画パンフレットを見下ろし、半端な声を出した。
「だって、戦争のトラウマがテーマだぜ?」
はん、と鼻で笑って、いつもの皮肉げな顔で呟く。
「よりにもよってさ、この国に、よく、そんな作品輸出するよな、ハリウッド……アメリカも」
洒落になんねぇだろ、と微かに呟いたルイの顔を、グースは視界に捉える。
「……うん」
少し喉が渇いた気がして、短く、頷いた。
目覚ましく復興を遂げつつあるこの国の、けれど、復興できやしないものは、どうなっているのだと、誰かどこかで叫んでいる気がした。
ボロを纏い、泣き叫んでいた人が、綺麗に着飾って笑っていても、その人がなくしたものは、なくさなかったことには、ならない。その人が、くらい夜に、つめたいベッドの中で見る、望まぬ夢は、まだ、覚めない。
この国は、本当はまだ、あの日々の夢の中、悪い夢の中なのだ。
「……こんな国だから、こそ、だろ」
乾いた気がした喉を通して、ボソリと、唐突に呟いた。
そのまま、グースは空を見上げる。丁度、金色の絨毯の一部が、風に巻き上げられて宙に舞っていた。そういえば、その金色の葉は、鳥のような形にも見える。
「こんな国だから輸出するんだろ、そんな映画を、さ。戦争は怖いな、嫌だな、我々アメリカは断固反対だ、ってアピールのつもりなんじゃないの?西側は、こんなに正義感溢れてて、平和です、って」
ルイとの距離を大股に詰めて、その手からパンフレットを抜き取って。
「ほら、これ、どうせ敵役は東側……ソ連の工作員とかなんだろ?」
時は1965年だった。ソ連とアメリカ、二大国の睨み合い、東西冷戦の、最中。つい3年前のキューバ危機は今も記憶に鮮明で、ベトナムでは現在進行形で戦争が続いている時代。
そんな時代に、この国は独自路線を歩んでいる。
経済的には西側、資本主義ではあるけれど、民族的にはソ連にルーツを持つスラブ系やノルマン系が人口の15パーセントを占める。そういったことや、内戦後の復興のためには東西陣営に関係なく、国益第一に外交展開するべきだという世論から。
この国は、良く言えば中立、悪く言うなら、どっちつかずの蝙蝠状態にある。
ともすれば両陣営から敵視され、孤立しかねないこの状態が許されるのは、ひとえにセウェス議会国というこの国が、武器の国だから。
この国は古くから鉄や鋼を中心とした鉱山資源が豊富であり、また、その為に古代から中世、近代までを通して製鉄や鍛冶の技術が盛んに発達してきた国柄だ。耕作に適さない土壌が多い国土であることもあって、ローマ帝国の時代にまで遡る頃から、武器、甲冑の輸出が、この地の生命線、財政基盤だった。
そうした国民性というべきか、伝統産業は今なお残り、近現代においては、銃、戦闘機、戦車等、近代兵器の開発、製造業が国を挙げて奨励される主要産業である。ゆえに、この国は〝戦争支援国家〟とすらも呼ばれていた。
それは少なくとも、内戦を経験して戦争の悲惨さを生々しく思い知った現在のセウェス国民達に対しては、非常に皮肉な呼び名ではあるけれど。
けれど、だからこそ、世界の武器庫と時に悪名高く知られるセウェスだからこそ、内戦を終えたばかりの心許無いこの時期に、冷戦最中の世界で中途半端な態度が許されているのが実情。
東西陣営どちらも、この国を、世界の武器庫として名高い、兵器の高い開発技術と洗練された製造ノウハウを持ち合せた戦争支援国家を、自陣営に抱き込んでおきたいのだ。
ゆえに、両者は自陣営のイデオロギーを、正統性を、映画や小説、様々な物に込めて輸出し、売り込む。
「正義感、ね」
ルイは呟いて、足もとに重なっている、死んで金色に変わったの葉の山を蹴り上げた。すると、そのまま秋風に浚われていく金色は、けれど、すぐに地に墜ちて、また積もる。
やがて微生物に分解されて消えるのだと、不意になんとなく、グースは思った。
「色々、今更だよな」
ルイはふっと笑う。内戦中、アメリカもソ連も、軍事、人道、両面において一切の支援、介入無く、不干渉を貫いた。
「正義感、ね」
ルイは皮肉げに、もう一度口の中で転がしてから、その言葉を飲み下した。
「……うん」
グースはただ肩を竦める。
気付けば士官学校は間近、鉄条網の綻びた抜け道に戻って来ていた。
「ルイ、先に行って、教官いないか偵察してきてよ」
鉄条網の穴を指差したグースに、ルイは少しだけ抗議したけれど。結局、誘った方の責任ということで、渋々ながら身軽に、隙間を摺り抜けて行った。
それに続けてグースも、鉄の棘に気を配りながら進む。仕官候補生のサンドベージュの制服の上、羽織った灰色のコートが、少しだけ、棘を掠めた。
「おう、怪我ねぇよな?」
学校の敷地内に戻ったところで、先に抜けていたルイが一応のように確認してくる。
幸い、教官に待ち伏せされたりはしていない。
「そこまで運動神経ニブくないし」
屈めていた身を起こしてコクリと頷くと、グースは寮の方角を向いた。もう、今日の講義に出る気は起きない。このままフケて、映画の余韻に浸れば良いだろう。
同じ見解だったらしいルイと並んで、歩き出そうとして。




