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けれど。
いつだって。
ラーグハルトは、ショウを、心の底から親友とは思えなかったのだ。
試験の後に。
『サンダース、さすがだね、また首位だ!』
無邪気に賞賛するその声を、時に耳に痛く感じていた。
首位など、当たり前なのだ、サンダースにとって。
あのクリスマスの夜、深夜まで机に向かっていた背中を、ラーグハルトは覚えている。
長期休暇の迫る頃に。
『サンダースの父さん、新聞に載ってたね。今、南米なんだって?休暇は一緒に過ごすの?』
どうしてそんなことを訊くのだと、本当は止めたかった。
頭を撫でられたこともない。
広い屋敷には誰もいないのだと、冬の日、淡々と戦略図を描いていたのを見ていたから。
ショウは知らないのだから、仕方ない。
サンダース自身が、ショウには言わなかったのだから、仕方ない。
そう思って、はじめは、それが嬉しくもあった。
あの背中を知っているのは、あの言葉を聞いたのは、それは、ただ自分だけだという優越。
それは最初は誇らしくて。
けれど、やがて気付いたのだ。
サンダースの中では、ショウもラーグハルトも、同列に等しく〝親友〟という存在だったと。
ただ、その方向性が違うだけなのだ。
ある時、冒険映画を見た後の帰り道に、ぽつりとサンダースは言った。
『ラーグには背中を任せられるが、ショウには無理だなぁ』
『出し抜けにひどくないかな!?どうせ僕は凡人ですよぉ!』
記憶の中。
ぴぃぴぃと抗議して項垂れるショウに、青い目は細くなって一歩前を歩きながら振り向く。
季節は覚えていないけれど。
おそらく、秋の初めだった気がする。
天は高く、振り向いた目と同じくらいに、青かった。
『お前が頼りないって話じゃない』
『じゃぁどういう話なのさぁ』
『お前に背中は任せられないけどな、お前に、心臓は預けられる、俺は』
気負いなく笑って言ったその言葉に、ショウはどういう意味だとポカンとしたけれど。
そう言う事なのだと、後になってラーグハルトには良くわかった。
ヒーローと呼ばれて、何もかも持っていて、誰からも慕われていて。
でも本当は、必死で、孤独に、人並みに足掻いている。
そんなサンダースにとって、唯一、そんな不完全な姿を晒したのがラーグハルトなのだ。
本当は隙だらけで、時々折れてしまいそうになる背中を晒して。
その背中を預けたのが、ラーグハルトなのだ。
それに対して、疲れ果てた時、ふと聞こえる声援の主が、きっとショウなのである。
サンダースが戦う時に頼りにする戦友はラーグハルトだった。
けれど、戦うための意志になるのは、止まりかけた足を再び動かそうと思うきっかけになるのは、きっと、ショウからの真っ直ぐで凡庸で、裏表も打算もない、称賛、信頼、労いだった。
だからサンダースはショウに語らないのだ。
たったひとり、挑み続けている数々の戦いを。
語らないことが友情の証。
ショウからサンダースに向けられている、真っ直ぐな信頼への応え方。
そこには、ラーグハルトとの間にあるのと同じだけの、確かな友情があった。
それが、もどかしくてたまらない。
自分だけが、という優越を失った事はもちろん、それが2者の間の友情の形だとはいえ、サンダースの苦労を知らぬショウの、ふとした時の言葉が、行動が。
『さすがだね、僕らのヒーロー!』
やめてくれと、いつも心のどこかで叫んでいた。
その真っ直ぐな称賛を聞くたびに。
やめてくれ。
これ以上、そいつを戦わせないでやってくれ。
そいつを、自由にしてやってくれ、と。
けれど。
その一方で、心の、別のどこかは思う。
それでいい。
そうして戦わせてくれていい。
だって、戦って疲れ切れば、俺を頼ってくれるから。
だから、ヒーローと、呼べばいい。
おそらくは、そんな自分の二面性への嫌悪感も引け目になって、ついに最後までラーグハルトはショウを、純粋な親友というカテゴリに入れることは出来なかった。
しかし、それでも。
試験が終わった後、解放感のまま校舎から駆け出した時の記憶。
『試験終わったぁああぁ!』
『おい、ショウ待て、そこは段差が』
『こけんぞー』
『ああああああ!?』
『……言わんこっちゃない』
もんどりうって倒れた小柄な友人に、苦笑いして手を差し出す姿を見ながら。
『おーい、ケガしてねぇ?』
『うん、ありがとう、二人とも』
同じように手を差し出してやって、照れ臭そうに両方の手を取って起き上がる背中を叩いて。
『なぁ、飯食いにいこうぜ』
笑いながら誘った時のように。
日々の中、そこに確かに喜びはあった。幸せは、あった。
どうしようもなく単純なくせに難しい一つの感情を抱えたまま。
それでも、3人で過ごした日々はいつまでも鮮やかに麗しく、永劫に続けば良いと思うほどに幸せだったのだ。




