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神には届かない  作者: 空野
ウェルロッドの憂鬱
78/93

12

 

 けれど。

 いつだって。

 ラーグハルトは、ショウを、心の底から親友とは思えなかったのだ。


 試験の後に。


『サンダース、さすがだね、また首位だ!』


 無邪気に賞賛するその声を、時に耳に痛く感じていた。


 首位など、当たり前なのだ、サンダースにとって。

 あのクリスマスの夜、深夜まで机に向かっていた背中を、ラーグハルトは覚えている。


 長期休暇の迫る頃に。


『サンダースの父さん、新聞に載ってたね。今、南米なんだって?休暇は一緒に過ごすの?』


 どうしてそんなことを訊くのだと、本当は止めたかった。


 頭を撫でられたこともない。

 広い屋敷には誰もいないのだと、冬の日、淡々と戦略図を描いていたのを見ていたから。


 ショウは知らないのだから、仕方ない。

 サンダース自身が、ショウには言わなかったのだから、仕方ない。


 そう思って、はじめは、それが嬉しくもあった。


 あの背中を知っているのは、あの言葉を聞いたのは、それは、ただ自分だけだという優越。


 それは最初は誇らしくて。

 けれど、やがて気付いたのだ。


 サンダースの中では、ショウもラーグハルトも、同列に等しく〝親友〟という存在だったと。


 ただ、その方向性が違うだけなのだ。


 ある時、冒険映画を見た後の帰り道に、ぽつりとサンダースは言った。


『ラーグには背中を任せられるが、ショウには無理だなぁ』


『出し抜けにひどくないかな!?どうせ僕は凡人ですよぉ!』


 記憶の中。

 ぴぃぴぃと抗議して項垂れるショウに、青い目は細くなって一歩前を歩きながら振り向く。


 季節は覚えていないけれど。

 おそらく、秋の初めだった気がする。

 天は高く、振り向いた目と同じくらいに、青かった。


『お前が頼りないって話じゃない』


『じゃぁどういう話なのさぁ』


『お前に背中は任せられないけどな、お前に、心臓は預けられる、俺は』


 気負いなく笑って言ったその言葉に、ショウはどういう意味だとポカンとしたけれど。


 そう言う事なのだと、後になってラーグハルトには良くわかった。


 ヒーローと呼ばれて、何もかも持っていて、誰からも慕われていて。

 でも本当は、必死で、孤独に、人並みに足掻いている。


 そんなサンダースにとって、唯一、そんな不完全な姿を晒したのがラーグハルトなのだ。


 本当は隙だらけで、時々折れてしまいそうになる背中を晒して。

 その背中を預けたのが、ラーグハルトなのだ。


 それに対して、疲れ果てた時、ふと聞こえる声援の主が、きっとショウなのである。


 サンダースが戦う時に頼りにする戦友はラーグハルトだった。

 けれど、戦うための意志になるのは、止まりかけた足を再び動かそうと思うきっかけになるのは、きっと、ショウからの真っ直ぐで凡庸で、裏表も打算もない、称賛、信頼、労いだった。


 だからサンダースはショウに語らないのだ。

 たったひとり、挑み続けている数々の戦いを。


 語らないことが友情の証。

 ショウからサンダースに向けられている、真っ直ぐな信頼への応え方。


 そこには、ラーグハルトとの間にあるのと同じだけの、確かな友情があった。


 それが、もどかしくてたまらない。


 自分だけが、という優越を失った事はもちろん、それが2者の間の友情の形だとはいえ、サンダースの苦労を知らぬショウの、ふとした時の言葉が、行動が。


『さすがだね、僕らのヒーロー!』


 やめてくれと、いつも心のどこかで叫んでいた。

 その真っ直ぐな称賛を聞くたびに。


 やめてくれ。

 これ以上、そいつを戦わせないでやってくれ。

 そいつを、自由にしてやってくれ、と。


 けれど。

 その一方で、心の、別のどこかは思う。


 それでいい。

 そうして戦わせてくれていい。


 だって、戦って疲れ切れば、俺を頼ってくれるから。

 だから、ヒーローと、呼べばいい。


 おそらくは、そんな自分の二面性への嫌悪感も引け目になって、ついに最後までラーグハルトはショウを、純粋な親友というカテゴリに入れることは出来なかった。


 しかし、それでも。


 試験が終わった後、解放感のまま校舎から駆け出した時の記憶。


『試験終わったぁああぁ!』


『おい、ショウ待て、そこは段差が』


『こけんぞー』


『ああああああ!?』


『……言わんこっちゃない』


 もんどりうって倒れた小柄な友人に、苦笑いして手を差し出す姿を見ながら。


『おーい、ケガしてねぇ?』


『うん、ありがとう、二人とも』


 同じように手を差し出してやって、照れ臭そうに両方の手を取って起き上がる背中を叩いて。


『なぁ、飯食いにいこうぜ』


 笑いながら誘った時のように。


 日々の中、そこに確かに喜びはあった。幸せは、あった。

 どうしようもなく単純なくせに難しい一つの感情を抱えたまま。

 それでも、3人で過ごした日々はいつまでも鮮やかに麗しく、永劫に続けば良いと思うほどに幸せだったのだ。


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