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閉鎖的な全寮制の場所で、数百人単位が生活すれば、必ず起こる事がある。
対人トラブルだ。
そして、それが一定の長期化と、特定の人物への標的化を帯びれば、いわゆる〝いじめ〟となる。
特に上下関係の厳しい軍事機関である士官学校では、それは特に、上級生から下級生へとベクトルが向き易かった。
『こういう時は呼べよ!』
クリスマスにケーキを大盤振る舞いしたのは、さすがに目立ち過ぎたらしかった。
元々、金持ちの息子、容姿も良くて街に出れば女の子からは好かれ、成績優秀で教官の覚えも良く、同期にすら慕われている、と、役満だった。
同期達の中にこそ逆恨みや嫉妬を向ける者はいなかったが、上級生から見れば相当に生意気で、目障りな存在だったのかもしれない。
あと数日で新年を迎え、それから更に数日で休暇が終わるという頃。
朝から姿が見えないな、と思っていれば、派手にやらかしていたようだった。
『お前なぁ!呼び出されたなら一言、相談を』
『問題ない。全員返り討ちだ』
校舎裏の花壇の横。
頭からホースで水を掛けられた顔を、びしょ濡れの袖で拭い、サンダースはケラケラ笑った。
上級生3人掛かりで押さえ付けられて、この寒空の下で嫌がらせを受けたようだったけれど。
それで大人しくされるがまま泣くようなタマではなくて、よくもやったなと、盛大な殴り合いをしたらしかった。
水浸しに加えて、組み合って転げた地面で付けた砂埃やら、返り血なのか自分の血なのか血痕まで付けて。
ほうほうの体で逃げ出した上級生を見送りながら得意げな顔に、駆け付けたラーグハルトは頭を抱える。
『お前……、喧嘩騒ぎなんて、教官に滅茶苦茶シバかれんぞ……』
『まさか、大丈夫だろ』
服までびしょ濡れの相手に、焼け石に水だろうと知りつつハンカチを差し出して呆れると、当人は飄々と肩を竦める。
『俺が黙ってれば教官の耳には入らないさ。まさか3対1で下級生イジメようとして、見事に返り討ちにされたなんて、相手にとっちゃカッコ悪くて誰にも言えんだろうし』
ざまぁみろ、と楽しそうに笑ったかと思えば、次の瞬間、しかし寒いな、と顔を顰めて腕を擦った。
『……お前なぁ……。そりゃ寒ぃだろうよ……』
呆れて、ラーグハルトは上着を脱いだ。
『ほら、それ着てろ!さっさと寮に戻って、あっついシャワー浴びろよ!』
バサッ、と、頭から上着を乱暴に被せて、その腕を引く。
『え、あ……わるい……』
慌てたように、そこで少しだけ碧眼は瞬いた。
『でも、これ、お前の上着が濡れるから』
『気にするんだったら、次からやらかす前に相談しろ』
引いていた腕を放して、被せたままの上着越しに頭をガシガシ掻き回すと、今度こそポカンと、学年首席は声を失って大人しくなった。
『ほら、俺もさみぃからとっとと行くぞ!』
手招いて歩き出して。
『……はは』
横に並んで漏らされた満足げな笑い声に振り向くと、この国では珍しい黒と青の配色は、心から楽しそうに笑っていた。
『なんだよ?』
片方の眉を上げて問い掛けると、サンダースは頭に被っていた上着を肩まで下ろして愉快げに笑った。
『頭なんて、撫でられた事なったよ』
思わずと、一瞬黙り込んだラーグハルトに。
『あれくらい1人で何とでもなるさ』
軽い調子で、心底、愉快そうに。
『だがラーグがいれば、確かに心強そうだ』
年の瀬の冷えて澄んだ風が吹いていた。
その風に取られた前髪を整え直す仕草で一瞬を稼ぐ。
『……そうだよ、頼れよ、相棒』
どうにか取り戻した声で軽く答えて。
その瞬間に抱いた例えようもない幸福に似た何かは、やがて友情と一緒に、強く、強くなっていくものだった。




