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印象が第二に改まる頃には、既にラーグハルトは、サンダースの最も親しい友人だった。
寮の同室であったことに加え、単純に、性格の相性が良かったのだろう。
あるいは、そもそもで性格の相性がある程度良くないと、寮の相部屋など上手くいかない。
そんな日々の中、士官学校に入って最初の年の、クリスマスが近い頃の事だった。
『クリスマス、実家に帰らねぇの?』
秋に新学期の始まる士官学校にとって、入学して最初の長期休暇は、クリスマスの休暇となる。
他の同期達がウキウキと帰省ムードに入って荷物を纏め始める中、一向に何の支度をする気配もないサンダースに、ある日、ふと問い掛けた。
『そろそろ他の奴等は土産とか買い込んで浮き足立ってるぜ?』
2段ベッドの下段、自分のスペースで音楽雑誌をパラパラと捲りながら問い掛けるラーグハルト自身は、適当な理由を付けて、今年は帰れないと手紙を送っていた。
故郷に置いて逃げて来た、ふたつの恋の思い出は、まだ消化しきれてはいなかった。
ラーグハルトに背を向けて机に向かっているサンダースは、その時、ああ、と気のない返事を返した。
机にノートを広げたまま。
椅子の背もたれに軽く寄りかかった背中。
『帰っても、誰もいないから』
ぽん、と。
何の抑揚もなく落ちた声だった。
裕福な家系の出身者が言うには、なんだが意外なセリフに思えた。
『豪華なパーティーとかするのかと思った』
『父さんがいればな』
思わず素直に漏れた感想に、変わらず気のない返事が帰る。
『父さんがいれば、取引先を呼んだり呼ばれたり、パーティーがあるけどな』
『つまり、今年は親父さんいねぇの?』
『何年か前から、ずっとアメリカにいる』
それはつまり半ば亡命なのだろうと、その時、何となくラーグハルトは察した。
国内有数の軍需産業の有力者であるサンダースの父は、アメリカの官僚と親しく、アメリカ嫌いの独裁者には目を付けられていると、世間一般的にも知られていたから。
『母さんもフランスにいる。祖父母はインドだ。何年か前の……ほら、あの国内企業の重役が、次々逮捕された時に、丁度向こうにいて』
独裁者がいよいよ国内の規制を強化し、自分に政治的不満を持つ富裕層を逮捕し始めたのが、数年前。あの時、偶然、取引で海外にいたサンダースの家族は、そのまま帰国しない事を選んだらしかった。
実際に、もし帰国していれば、少なくとも当主である父親は何らかの罪で死刑にすらなっていたかもしれない。
そして国内でも有数の軍需企業は国……独裁者へと回収され、益々その強権化を促した事だろう。
帰国しないという選択肢は、当人達の安全上も、独裁権力の強大化を防ぐという政治的観点からも、きっと正しい。
ただ、当時まだ幼少で国内に残っていた跡取り息子だけは、国外に逃げる事が出来なかったのだ。
故にこそ当主はアメリカにいながら、いまだ一族の持つ資産の多くはこの国にあり、その企業としての本社も、名目上はこの国に置かれているのだろう。
見捨てられたわけでも、置いていかれたわけでもないのだ。
跡取り息子がいるからこそ、当主は資産も、会社の本拠地も、この国から移そうとしない。そうする事で最低限、独裁者に対して従属を示して、息子の身を守っている。
けれど。
寒々しいなと、ラーグハルトは思った。
たったひとり取り残されて。
『屋敷に帰っても、誰もいない。俺のお守りをしなきゃならない使用人の、休暇が減るだけだ』
気のない声だった。
それを寂しいとも悲しいとも何とも思っていないような。
気のない声で言いながら。
クリスマス休暇後に提出の課題を、殊更丁寧に、ゆっくりとこなしていた背中は。
ひどく、寒そうに、見えたのだ。




