Time in(side:g_2)
「この国は、我々が思う以上にまだ戦える」
サンダースの声が、パキン、と真っ白になっていた頭の中に入り込む。
「確かに、〝英雄〟が失われれば、大きな混乱が生まれるかもしれない。政治的な混乱からの、民衆の心理的な動揺によるデモや、暴動すらあるかもしれない。東西陣営の介入も、有り得るだろう」
だがな、とサンダースは一瞬、一瞬だけ、絞り出すような間を置いてから、これ以上ないほど不遜に笑ったのだ。
「そうなるなら、なれば良いんだ」
秋の朝の、澄み渡る空を映した窓の並ぶ廊下。
青く透き通った空気の中に、その突き放すような、晴れ晴れしく誇らしい宣言は響く。
「たとえそうなっても、この国は死なない。この国の人々は、それでも、きっと、生きていく。この国は本当は、我々が思うより……彼等彼女等自身が思うよりも、ずっと……ずっと、強かなんだ」
それは今にも震えそうなくらい虚勢を張った、今にも笑いだしそうなくらい優しい。
「この国は、俺達の祖国なのだから」
トスリと、胸に刺さるような、人間の叫びだった。
「何百、何千、何万もの人の屍の上にあるとしても。その何百、何千、何万もの悲劇を越えて、今ここに至った祖国だ」
たとえ病んでいても、死にかけていても。
まだ立ち上がっている、まだ進めているのなら。
「1人の人間が、背負う必要はない。背負えるほどに、軽くてたまるものか」
吼え上げた虚勢と誇りは、どこまでも晴れ晴れしく不遜で。
2秒の間があった。
それから、慟哭のような引き攣る声が、その宣言を否定する。
「それは冒涜だ!それは……それは、貴様を生かす為にあの日死んだ者達への、俺を生かす為にあの日死んだ同志達への、この上もない最大の背信、冒涜だぞ、クレイガン!」
ビリビリと肌に突き刺さるほどの怒号に、けれどサンダースは引かなかった。
「死人に口はない。あの日に死んだ誰も、俺のことやお前のことを責めたりはしない、できやしない」
ぴしゃりと、刺すように鋭い声。
「な、に……」
怯んだように上擦った声を上げるカーンの方を見たまま、青い双眸は、少しだけ、泣きそうに笑う。
「もう、誰も責めはしない。許してはくれない。俺のことも、お前のことも」
刺すような鋭さはないのに。それは深い、深い場所まで抉り込むような、真実だった。
「俺やお前が、どれだけ〝英雄〟であろうとしたところで。……それでいい、よくやった、そこまでしたなら許されていいはずだ、なんて、誰も言ってはくれない」
何故なら、と、振り絞るような、こぼれ落ちるような。
「皆、死んだんだ。皆、もう二度と話せないのだから、たったの一度でさえ……俺達を責めたりしていない。責めてもいないのに、どうして許してくれるんだ?」
カーンが後ずさるような、微かな階段の軋みが聞こえる。
「俺達を責めているのは俺達だけだ。どんなに足掻いても、俺達は一人芝居にしかなれない。誰も許してはくれない。だから、許されるには、自分で許すしかない。許す覚悟を、前に進む覚悟を、決めなければならないんだ」
グースは、呆然と自分の手を見下ろした。
(だれも、ゆるして、くれない)
この手が撃ち抜いたものがなにかを、グースは知っている。
撃ち抜いた人々は、もう二度と、グースに話しかけてくることはない。
だから、決してグースは許されないのだ。
けれど同時に、だから決して、グースは彼等から責められたことなど、本当はないのだ。
墓石の下の愛しい人々はもはや弾劾もせず、そして許しも与えてはくれない。
ただひとり、もしグースにそのどちらも与えられるものがいるなら、それはグース自身だけなのだ。
「この国の人々……俺やお前も……自分で立ち上がることに慣れていない」
サンダースの声だけが響いていた。
「けれど、本当はちゃんと立ち上がれる。〝英雄〟や〝指導者〟なんかに縋らなくても、その役柄を背骨にしなくても、ちゃんと、自分で自分を責めて、悪夢を見て……それでも、いつか、ちゃんと自分で自分を許してやれる」
そういうものなんだ、と。そうであるべきだ、と。
墓石の下の死者でもなく。
圧倒的な強さをもつ一人の〝英雄〟でもなく。
天上の高みに座しているという偉大なものでも、なく。
「人を救うのは、いつだって人だ、カーン・ハーウェン」
人間の声は、手は、心は、全て、人間のためにあるから。
ひとりひとりが、自分で立ち上がれるからこそ、人間は、ここまで歩いて来れたのだから。
(……俺は)
グースは大きく深呼吸した。
ボロリと溜まり切っていた熱が目尻から頬を伝う。
(……俺は許されたい……許したい)
ギュッと、ドラグノフを握り直す。
スコープを覗いて、もう一度、深呼吸する。
(だから……)
この背中に乗ったものの重さのためではなくて。
自分自身を、許してやれる明日のために。
ならば撃てる。撃ってみせると、虚勢も誇りも絞り出せる。
(いつも通りだ、大丈夫)
照準を合わせる、呼吸は深く、ゆっくりと。
(ぜったい、失敗するもんか)
スコープの先、一瞬だけ、サンダースがこちらを見て笑った。
(……気付いてたんだ)
悟った。サンダースは、グースがそこにいることを気付いていて、話していたのだと。
「我々の贖罪も祈りも、神には届かない」
不遜に、誇らしげに、グースを認識している声は、笑った。
「ならば奇跡があるとするなら、それは全て人間が起こすものだ。人間は、きっと案外、奇跡すら簡単に起こしてしまえる生き物なんだ」
少なくとも、と余裕を込めて、その目は片方閉じられる。
「俺は、人間の起こす奇跡を、信じている」
ああ、とほんの少しだけ、グースも笑った。
(……大丈夫)
あの日に引き金を引いた時から、ずっとずっと続いていた隠れんぼ。
(終わせないと)
今度は灰色の世界に隠れるためではなく、七色の世界に出て行くために。
(俺は俺を許すために、撃って、終わらせるんだ)
きっとグースの生涯で2度目。
生き様を変える照準は、そうして定まった。




