AM 08:31(2)
(……銃声)
すぐ、近くだった。
ビクリと心臓は跳ね上がり、顔を上げてその物音の方向を咄嗟に睨む。
すると、そちらの方角に近い位置に、光が下から差し込んでいた。
どうやらそこは鉄格子になっていて、下の様子が伺えるらしい。
(……なにが、起きてるんだ?)
暫く動けなかった。バクバクと心臓が早鐘を打っている。
すぐ下、流れ弾が天井を突き破れば、自分にも突き刺さるかもしれない位置で、銃声がした。
下からは何か人声が聞こえた気がしたけれど、その瞬間、焦燥と恐怖と驚きで真っ白な頭は、それを言語として認識しなかった。
ただ何となく、音が流れて行ったような感覚。
けれど丸々数分以上あって、ようやく、その金縛りは融ける。
(……音を、立てないように)
何かして危険に突っ込む恐怖より、見えない恐怖の方が勝った。結局、慎重に、慎重に、グースは這い進んで、その光を見下ろした。
「10秒以内に、そこから廊下に出て来い」
グースが覗き込んだ鉄格子の隙間より後方、匍匐姿勢のグースの足がある方から、声がした。
そうして、グースが頭を向けている方向、鉄格子越しに見えている、廊下に。
「せめて身支度に1分はくれても良いんじゃないか?」
教室の中から、静かに出て来たのは、サンダースだった。
(少将……!?)
サンダースの肩越しに、銃を構えるテロリストの男が1人見える。更に奥の方の階段では、他に2人、テロリストが物置の方を向いて構えているのも確認できた。
「貴様は少し慌てる事を覚えた方が良いな」
グースの足元のあたり、こちら側の階段と推測される位置で、声がする。
(こいつも、きっと独裁軍だ)
挟み撃ちにあっているのだ、と状況を悟る。悟って、ビクリと肩を揺らした。
(どう、しよう……?)
しかし、青くなるグースと裏腹に、サンダースは平然と腕組みして顎を上げる。
「余裕の無い男もモテないぞ?」
「減らず口か。こんな時に焦る様な人間性は、とっくに悪魔に売り払ったようだな、〝英雄〟」
ゾッとするほど、憎悪のこもった嗤い声がした。
「あの炎の中で。仲間を焼き殺した時に、自分の命と名誉のため、魂を悪魔に売ったんだろうよ」
その憎悪と侮蔑を向けられている対象ではないはずのグースが、思わず怯むような。肺を冷たい手で握り締められたような気分になるような、煮詰めに煮詰めた暗い感情のこもった声。
けれど眼下、その暗いもの全部を真っ直ぐに浴びているはずのサンダースは、怯んでいない。
ただ、微かに眉間に皺を寄せる。
「私は人として、誰にも、何にも、魂は売っていない」
「それは許されないぞ、サンダース・クレイガン!」
暗い嗤いが廊下に響いた。
その煮詰めに煮詰めて、ドロドロになった何かの感情の強さとおぞましさに、グースは知らず鳥肌が浮かぶ。
(……こいつは、何なんだ……?)
息を詰める、その間に。
「お前に〝人として〟の生など許されるものか。お前が何にも魂を売らぬなど、欺瞞も良いところだ」
吐き捨てるように、姿の見えない男は唸る。
「ああ、そうだろう?お前は、焼き払った仲間の為にも、永劫、魂も人生も捧げねばならない。〝英雄〟としての存在しか、許されはしない」
血を吐くような、怒りの唸りだった。
「ただの人間であることなど、許されない」
それに、数秒沈黙してから。
「カーン・ハーウェン」
サンダースは、静かに問い掛けた。
「お前、あの日、議事堂で、どうやって、生き残った?




