AM 08:12
「アレックス!」
「ご心配なく、生きてます!」
サンダースが咄嗟に振り向いた先で、金髪の部下はヘラリと笑って片手を上げたけれど。
「……まぁでも、めっちゃ痛てぇっス」
その腹部には飛散した金属片が幾つも突き刺さり、ジワジワと血が滲んでいた。
西棟正面玄関近くの生物室。
少し先の一般教室に逃げ込んだテロリスト達は、追い掛けるこちらの部隊に向け、手榴弾を投げ付けたのだ。
咄嗟に生物室に転がり込んで回避したものの、最良のタイミングで回避出来た者と、間一髪、致命傷は避けたという者で、現状には大きな違いが出来てしまった。
生物室の出口から少しだけ顔を出して、一般教室のテロリスト達が、すぐに動く気配はないのを確かめてから。
「……他の者は」
サンダースは連れて来た部隊のメンバーを見回し、眉間に皺を寄せる。
「スタフォード、お前、生きてるか?」
「まだ死にたくないです、勝手に殺さんで下さいよ、少将」
パッと見回した際、アレックスより重傷と思しきスタフォードは肩を竦めながらゼェゼェと笑った。
「とはいえ、このままだと出血多量でお陀仏でしょうね。命削られてる感ありまさぁ。俺、そこの骸骨と似てきてません?」
右肩から下が血塗れのスタフォードが指さした先、骨格標本は沈黙したままジッとこちらを見詰めている。
「お前は奴より筋肉質で男前だよ。……ひとりで歩けそうか?」
「そりゃ、マッチョ目指して筋トレしてた甲斐があった。あと5分くらいは歩けます」
流石に精鋭部隊なだけはあって、大怪我をしていても取り乱さず冷静なのが幸いだった。
(作戦続行不能は2名)
スタフォードとアレックス以外のメンバーは比較的軽傷ないし無傷であると確認し、ではどうする、と次の行動を想定する。
「重傷2人とその介助役2名を食堂、医療班の元まで離脱させる。ルーカス、パース、介助役を頼む」
「承知しました」
「あいあい!」
指示を受けた2人は即座に怪我人を支える体制に入る。
「どうせならカワイイ女の子に支えられたかったなぁ」
ボヤくスタフォードを見て、割と元気そうだなと少し安心しながら、サンダースは再びテロリスト達の方を伺った。
「迂闊に出れば奴等に蜂の巣にされますね」
リンドマンが横で同じように状況を見て眉を寄せる。
「怪我人を離脱させるにしても、このままでは……」
「……しかも、このままだと挟み撃ちにされますぜ」
赤毛のマーシャルは、チッと舌打ちをして、テロリスト達の籠る一般教室とは逆側を見た。
「さっき、上から撃ってきた奴等……西棟の見回り組のテロリスト共が、下りて来るかもしれない」
一般教室とは逆側、生物室の後方には、階段があった。そこから見回り組のテロリストが下りてくれば、確かにマーシャルの言う通り、挟み撃ちになるのだ。
「猶予は無いな」
ふむ、と顎に片手を当てつつ、サンダースは取るべき道を決める。
「食堂で使わなかった閃光弾があったな」
「ああ、それなら何秒か相手の動きを奪えますね」
瞬時に理解したマーシャルが手を打って、残る作戦続行組のリンドマンとトマスもハッと目を瞬く。
「これを投げて目眩しを行う。その隙に、離脱班4名は建物外に出ろ。少し遠回りになるが、西棟窓側のルートは通らず食堂に戻れ。窓下はさっきのように撃たれる可能性がある」
「了解です」
「最善を尽くします」
指示を出すサンダースに、離脱班はコクンと素早く頷いた。
「作戦続行班は、更に2組に別れるぞ。リンドマンとマーシャル、それから、私とトマスの組だ」
「役割の割り振りとしてはどのように?」
「ここに籠城して一般教室のテロリスト達を見張る監視班と、後方の階段から上階へ進み、見回り組のテロリストを鎮圧する攻略班だ」
一般教室に潜むテロリスト達に対し、閃光弾で目眩しをしたとしても、おそかく一時凌ぎに過ぎない。元々が非殺傷目的の閃光弾では、相手も視力や爆音による動揺が回復すれば再び動き出す。
あるいは生物室後方の階段から、見回り組のテロリストが降りてくる可能性があることも変わりはないのだ。
ならば離脱班を確実に無事に建物外へ離脱させ、こちらが勝利するためには。
「挟み撃ちされない為にも、二手に別れるしかあるまい。リンドマン、マーシャル、籠城班を頼む」
おそらく、それが現時点で最も妥当な解答だった。
ただし。
「……一般教室の奥にも階段があります」
解答の穴に気付いたリンドマンが、ピクリと眉を揺らす。
「一般教室に立て籠っているテロリスト達も2組に別れるかもしれません。その結果、片方の組があちらの階段に向かった場合は、少将とトーラスが挟み撃ちになる可能性がありますが……」
西棟の南北にはそれぞれ1つずつ階段があった。そのうち1つは生物室の後方にあり、もう1つは、テロリスト達のいる一般教室の向こうにある。
閃光弾の衝撃から立ち直ったテロリスト達が2組に別れ、生物室と睨み合いを続けるチームと、奥の階段を上り、見回り組との合流を目指すチームに別れる可能性は確かにあった。
「だが、ここで睨み合っていても同じだ」
サンダースは肩を竦めて後方の階段を片手で示す。
「こちらが怪我人を抱えて立て籠っている間に挟み撃ちされるのは、最悪の展開だろ?」
負傷した2名のダメージは出血により深まる一方。つまり、彼等が自力で移動できる、比較的スムーズに退避できるタイムリミットも刻一刻と減って来ていた。同時に、見回り組が後方の階段から下りて来る可能性も高まり続ける。
食堂にいる本隊からの応援は期待できるだろうが、それが間に合うまで粘る時間はないと見た方が良い。
ならば今、やはり完全ではなくとも最善は、作戦続行班を二手に分けるという手なのだ。
「……確かに、やるしかなさそうですね」
トマスがフムと顎を摩る。
「多少のリスクは飲まなきゃ、メリットもないでしょう」
「タイガーホー厶に入らなきゃタイガーベビーを得ず、敵はホンノージにあり、ってやつだな」
頷いたアレックスに、なんだそれ、とルーカスが聞き返した。
「ホンノージ?イタリア人かスイス人の名前?」
「日本語ですし、タイガーの格言とは全く別物ですよ。……怪我の割に元気そうで安心しました」
はぁ、とリンドマンも溜息をついて、わかりました、と小さく頷く。
「確かに、現状ではやるしかなさそうですね。その作戦で行きましょう」
その言葉に、念の為とサンダースが一同を見回せば、全員がそれぞれ肯定を示して頷いて。
「よし」
かちゃりと、閃光弾を手に取った。
「では各自、準備を」
サッと全員が、自分の役割に合わせて動き出しやすい体勢に入る。
そうして、それぞれ同じ班のメンバーと各々の動きを軽く確認し合ったのを見てから、片手を上げた。
「三秒後に投げる」
その言葉に、全員が頷いて。
「さん」
静かに、カウントを開始した。
「に」




