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神には届かない  作者: 空野
神には届かない
52/93

AM08:03


「どうなってるんだよ……!」


 教官仮眠室で、グースは小声で唸った。

 スコープで見ている食堂は、しかし異様な風体の突入隊が入ってからは、内部の様子が殆ど伺えていない。煙が充満したことに加え、それが晴れてからも内部の人間が激しく動き回る為に、限られた視界の中では事の成り行きを正確に捉えきれなかった。


(埒が開かない……!)


 とうとう、限られたスコープの視界に焦れたグースは肉眼で窓の外を覗き込んだ。食堂側の人間に気付かれないギリギリまでカーテンに隙間を作り、目を凝らす。


(ルイは、どこにいる?生きてるよな?)


 ルイやその他、知った顔に何か起きてはいまいかと、何もできない状態では嫌な想像ばかりが膨らんで。ハラハラと外を見下ろしているうちに、ふと、それは起きた。


「あ!」


 思わず掠れた声が出たのは、食堂から飛び出してくる人影を見たからだ。

 6人の男が、食堂の奥の方、教官用の個室がある位置、その窓から飛び出して来る。腕に嵌めた腕章は、遠目にもテロリスト達がしていたタインズの紋章入りの物だと確認できて、グースは彼らがテロリスト達だと気付いた。


(逃げる気か……!)


 思わず身を乗り出しそうになるのを押えて男達を目で追うこと数秒の後、逃げる6人を追って、突入隊が数人食堂から走り出る。

 最初に出て来た1人を見て、あ、と、再び目を丸くした。


(あの人だ)


 この国では珍しい黒髪に、鮮やかなナイトブルーの双眸。この国では珍しい配色で、けれど、この国で最も有名な人間の持つ配色だった。

 遠目だが間違いない。その人は、ついさっきまで受話器越しに会話していた相手、サンダース・クレイガンに違いなかった。


(現場に、出て来ていたのか)


 彼ほどの立場になれば、作戦指示だけでもおかしくないと思っていたけれど。


(でも、そうだよな。後々、〝英雄〟自ら出ていたと言った方が、色々とやりやすいか)


 その方が軍部として外聞が良いだろう。あるいは、突入隊の士気も断然違うと考えられる。

 心強いと思う一方で、やはり彼はいつでも〝英雄〟であることに縛られているのかと、ふと複雑なものはあった。

 その間に、突入隊は逃げるテロリスト達に追いつこうとしていて。


「よし!捕まえろ!」


 思わず、拳を握って、押し殺した歓声を上げたが。



 パン、と、乾いた音が響いた。



 どきっ、と、握った拳が驚きに大きく震える。

 テロリストを追いかける軍人達の足元に、どこかから銃弾が突き刺さった。

 連続する銃声の出所に気付いて、グースはギョッと部屋の右隣を見た。


(隣だ……!隣の部屋に、いる!)


 銃声は、隣室から響いていた。

 食堂で人質を監視していたのではなく、定期の見回りに出ていたテロリストがいたらしい。どうやら外の出来事に気付いて、仲間を援護しているようだ。

 再び窓の外に視線を移すと、逃げるテロリスト達はそのまま仲間のいるこの西棟に駆け込んで。上から降り注ぐ銃弾を避けた軍人達も退避する形で否応なく同じ建物に、違う入り口から入り込む。


(隣は、どう動く……?)


 瞬時に、足音を立てず壁に寄ったグースは、耳を押し当てて隣室の物音を伺った。

 少し早くなりだした心音が邪魔で、一瞬、それ以外の物音が聞こえない。


(落ち着け……!)


 深呼吸して、意識を壁の向こうに全て向ける。どきん、どきん、と、早い鼓動の音が数回聞こえた後、遠ざかっていった。

 やがて、隣室の音が聞こえてきて。


『……無線……リー……指示を……』


 ぼそぼそと、しかし、早口だと分かる声が聞こえる。認識したその音に、グッと、息を殺して更に神経を集中していると。


『リーダーと、その他5人だ』


『無線で連絡が取れたぞ』


『突入隊も入って来たようだったが』


『南側から入ったようだ』


 人数は、声が聞こえる限り3人。どうやら彼等3人も逃げて来た6人も、無線を所持しているらしい。更に、逃げて来た6人の内の1人はリーダー、つまり主犯ということになる。


(俺は、どう、動けば良い……?)


 グースは、微かに凹凸のある壁紙に頬と耳を当てたまま、目をゆっくりと瞬いた。

 出されている指示は、全て終わるまで現在地で待機しろ、というものだけれど。それは、全てが食堂で完結することを前提とした指示だった。

 グースが隠れている西棟に、主犯格を含むテロリストが逃げ込んだというのは、明らかに想定外の事態である。


(……場合によっては、ここを離れる決断もしないとならないかもしれない)


 そう思った時、踏ん張れ、と言ったサンダースの言葉が蘇る。

 出された指示は待機だが、その本質はすなわち、迎えに行くまでは自力で持ちこたえろということだったから。踏ん張れ、という言葉には、きっと、生き残れ、という意味が含まれていた。

 それはたぶん、なにもかも支えようとして、背負おうとして、足掻いていた人が、おそらく本当に久しぶりに発した、誰かに、何かを託す、激励の言葉だったのだ。


(最良の判断を。自力で、どうにかしないと)


 焦るでも恐れるでもなく、静かに、確かに、そう思った。見捨てられたのではなくて、それはただ、託されたのだという、穏やかな誇らしさと心地良いプレッシャーがある。


(……どう動くのが最良だ?現状、待機が最もローリスクなのは変わらないか……?)


 少なくともここにグースが隠れているのが割れていない限り、たとえ西棟に主犯達が入り込んで来たとしても、無暗に動くのはデメリットの方が大きい。

 まだ早い心臓を落ち着かせようとしながら、確実に最良の方法を探して思考していると。


 ドン、と、爆破音が、響いた。


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