AM07:32(2)
視界が揺れるのが先だったか。
轟音が轟くのが、先だったか。
どちらにせよ、全て、その場の誰もが、全て、一度、凍り付いた。
何が起きたのか把握しかねた1秒のあと、人質の幾人かが思い出したように悲鳴を上げて。
「黙れ!落ち着け!」
ハッと、我に返ったテロリストの1人が天井に向けて発砲した。
「爆破音だ、すぐに、門の奴等に連絡を……!」
「敵の突入があるぞ!」
再び凍り付いて沈黙した人質達に構わず、テロリスト達が早口に叫ぶ。
(爆撃の音に、似てる)
ルイは目を見開いたまま、反射的に内戦当時に耳に覚えた音を連想していた。
(もしくは、戦車の砲撃が、壁に当たるような……)
そこまで60秒ほど。
そして、そこから1つの結論が導き出される刹那に、更に、事態は動いた。
いち早く反応し、茫然とする人質達を立たせ、窓際に並ばせて盾にしようとしていたテロリスト数人が、飛びのくように、窓から身を放して伏せる。
カシャン、と、窓が割れ。
ゴッ、カラン、と。
銀色の筒のような物体が、室内にいくつか転がった。
「あ、やべ」
理屈も何もすっ飛ばして、ルイは勘に従った。
反応の早かったテロリスト達と同じように身を投げ出して、腕で顔を庇い、息を止めて目を閉じる。
同時に、筒から、もうもうと、煙が溢れだした。
瞬間、食堂中が阿鼻叫喚に包まれた。
噴き出した煙に反応した天井の防災スプリンクラーからシャワーのように水が溢れ出してジャージャーと耳障りな音を立て、ルイと違い、咄嗟の反応が出遅れたテロリストや人質達の断末魔のような悲鳴が響き渡る。
(催涙ガスだ!)
救助の突入があったのだと、目をつぶったまま、悲痛の声を拾う聴覚から把握。
助けであるはずの彼等の投げ込んだ筒は、敵味方関係なく猛威を振るっているらしい。人質を考慮して後遺症の出ないガスではあろうが、それでも、それが瞬間的に人体に与えるショックは相当だ。
バタバタと誰もが混乱し、悶絶してめちゃくちゃに動き回り、部屋の隅で伏せたルイは数度、誰かに蹴られることになった。
(畜生が!)
身を丸めて堪えること少し、スプリンクラーの水が煙を洗い流した事を確認して、跳ね起きる。
「くっそ!ずぶ濡れじゃねぇか!」
濡れた前髪を乱暴に掻き上げると、その視線の先で起きていた事を確認した。
「やっと救助か……!」
聴覚情報からの予想通り、阿鼻叫喚の内に侵入してきた救助の突入隊が、次々にテロリストを拘束していた。
ガスマスクをしたその姿は、正義の味方というよりもものものしい、まるで中世の甲冑の軍団のようで。
悪魔だと呟いたのは、おそらくテロリストの誰かか。異形の部隊に、体勢を整えきれないまま襲撃されたテロリスト達は、精神的にも驚愕で総崩れらしかった。
「さっきの爆発って……」
ひとまず視覚を取り戻したところで頭を過ったのは、テロリストを狼狽えさせた第一撃、轟音と揺れ。
(……見張りから無線が入ることもなく、急に現れたってことは)
おそらく、間違いない。
「……門ごと、壁、ふっ飛ばしたのか、こいつら」
行き着いた結論に、思わず、ヒューと口笛が漏れた。
「思い切ったな、考えたの誰だよ!俺、そいつ好きだわ!」
はは、と、笑って額を押え、辺りを見回した。
既に殆どのテロリストが拘束されている。
水浸しの室内、蹲って茫然とする人質達の多くも、少しずつ状況を把握して落ち着き出していて。
もうすぐ、全て終わると、ルイは安堵した。
けれど、視界の端、窓の外に。
「主犯が逃げる!」
気付いた瞬間、ルイは叫んでいた。
「外だ!主犯が、奥の部屋から逃げたぞ!」
視界に映ったのは、主犯である男と、数人のテロリスト達。
駆け出して行く姿を見て、突入隊に大きく手を振った。
「B班7名、行くぞ!」
瞬時に、ドアに近い所にいた軍人が1人、部下を呼びながら飛び出して行く。ガスマスクを放り出した後姿、この国では珍しい漆黒の髪をしていた。
「ラーグ!ここは任せた!」
続けて、誰かに向けて振り向かないまま叫んだ彼を、部下が7人、追いかけて走り出すのを見届け。
今度こそ、ルイはホッと息を吐こうとするが。
視界の端、誰かテロリストが落とした銃を拾う手が目に入った。
「今度は何だよ!」
睨むように振り向くと、そこには、知った顔。
「ギャスパー、何してんだ!?」
ギャスパー・ラッセル、ブラッディ・ギャスパーとも呼ばれる同期は、銃を握って、外へ走り出そうとしていた。
「おい!どこ行く気だ!」
咄嗟に肩を掴むと、乱暴に振り払われて。
「うるせぇ!やられっぱなしでいられるか!」
太い声で、ギャスパーは叫んだ。
「あの主犯は、俺が殺してやる!」
「無茶言うなよ!大人しくしてろって!」
「腰抜けは黙ってろ!」
「な!」
左拳の一撃を、反射で回避して目を見開いたルイは、一瞬、停止した。
よく、斜に構えて飄々としていると評されるルイだが、それは意図的にそうしているだけで。
元来、気性は激しい方だ。
人質状態で知らず知らず擦り減っていた神経が、ここへきて、とうとう苛立ちを爆発させる。
「誰が腰抜けだ、この脳筋野郎!」
ガツン、と、気付いた時には、右ストレートが炸裂していた。
「……てめぇ……この……!」
ふらり、と、一歩よろけたものの、長身で筋肉質な偉丈夫のギャスパーは瞬時に持ち直して、憤怒の形相を取る。
「やんのかチビが!」
「るせぇんだよチンピラ!」
銃を投げ出し、手近の机を蹴り倒すや殴り掛かるギャスパーに、ルイも拳を握って応戦の構えを取った。
内戦前はキックボクシングの少年王者だったギャスパーの蹴りは、驚くほど一撃一撃が重い。もろに食らえば卒倒ものだ。
重さより素早さ、トリッキーな技術が長じるルイは、しゃがみ、飛びのき、回避しつつ、合間に反撃を狙うことになる。
油断なく睨みをきかせたルイに、殴り掛かったギャスパーは、唸った。
「ふざけんなよ!マークも!グレアムも……!皆、あの主犯共に殺されたんだぞ!」
鋭い蹴りを飛び退いて交わしたルイの耳に飛び込んだのは、知った名前達。
「バズも、ジムも……!せっかく、せっかく、内戦は、終わったのに!やっと、生き残ったってのに……!」
ハッと、思わず、動きが鈍った。
ルイは、目を丸くして、ギャスパーを、見た。
「許せるかよ!許せるかよ!アイツ等の分まで、俺がぶっ殺してやる!」
手負いの猛犬のような叫びに、出遅れた。
動きを鈍らせたままのルイの眼前に、顎を狙ったギャスパーの、鋭い蹴りが向かってきている。
(やべ!)
これは間違いなく当たれば意識を持っていかれる一撃だ、と、脳は人生最速で判断を下し、体に回避を命じるけれど。
その体が、命令に付いてこない、瞬きの合間。




